四 箱根にて仏事の事
かくて別当は、「かの者どもの仏事、執り行はん。」とし給ふその隙に、虎にいよいよ教化し給ふは、「たまたま人身を受け、この度、浄土を願はずは、また三途に帰るべし。祐成を善知識と思ひ、浄土を願はんに、何の疑ひか候べき。既にかやうの法身と成り給へば、自他のため、未来永々有難き御事なり。法師とて、御導師に成るべきにあらず。只、心を以て師とする時は、いかでか往生の素懐、空しからん。又、五郎は寵愛馴染にて、御思ひどもに劣らねば、一しほ弔ひ奉るべし。」「誰かある。僧達を請じ申せ。」とて、「持仏堂の荘厳せよ。客殿の塵取れ。」と、さまざま下知し給ひけり。虎は、別当の教化を聴く身ながらも、嬉しくぞ思ひける。
その後、数の僧達、集まり給ふ。御経多しといへども、殊に勝れたる一乗妙典八巻を、同音に読誦し給ふ。五十展転の功力だにも有難し。誦持読誦の結縁、頼もしかりけり。御経やうやう過ぎしかば、別当、高座に上り、彼等が追善の鉦打ち鳴らし、施主の志を量り給へば、まづ御涙に咽びつつ、説法の御声も出し給はず。
ややあつて、別当、涙を押さへ、花房を捧げ、「それ生死の道は異にして、音信をいづれの処にか通ぜん。分段、境を隔つ。拝覲をいつの時にか期せん。二十余年の夢、暁の月と共に空に隠れぬ。千万端の愁へ、夕の嵐と共に一人吟ず。雲と成り雨と成る哀憐の涙、乾く事なし。朝を迎へ夕を送りて懐旧の腸、絶えなんとす。所作未だやまざるに、百日の忌景、既に満てり。悲しみの至りて猶悲しきは、老いて子に後れ、恨みの殊に恨めしきは、盛んにして夫に後るる程の愁へなし。老少不定を知るといへども、なほ前後の相違に迷ふ事、嘆けども叶はず、惜しめどもしるしなし。されば、仏も愛別離苦と説き給ふ。一生は夢の如し。誰か百年の齢を保たん。万事は皆空し。いづれか常住の思ひをなさん。命は水の上の泡の如し。魂は籠の内の鳥、開くを待ちて去るに同じ。消ゆる者は再び見えず、去る者は重ねて来らず。
「恨めしきかなや、釈迦大師の慇懃の教化を忘れ、悲しきかなや、閻魔法王の呵責の言葉を聴けば、名利は身を助くといへども、未だ北邙の屍を養はず。恩愛の心を悩ませども、誰か黄泉の責めを免れん。これによつて馳走す、所得、いくばくの利ぞや。これがために追求す。所作、多罪なり。暫く目を塞ぎて往時を思ふに、旧友みな空し。指を折りて後進を数ふれば、親疎多く隠れぬ。時移り事去りて、今何ぞ渺茫たらんや。人とどまりて我逝き、誰かまた残りやせん。三界無安猶如火宅と見れば、王宮もこれ夢なり。天子といふも四苦の身なり。いはんや下劣貧賤の輩、などかその罪、軽かるべき。苦に苦しみを増し、業に悲しみを添ふべし。思ひ悟らぬぞ愚かなる。まさに今、麟閣塵深くして、竹簡いくばく千巻ぞ。苔瀧雲静かにして松風只一声、苑中花月相伝ふるに主を失ふ。七月半ばの盂蘭盆の尊霊、誰にかあらん。」と、泣く泣く当座にぞ書きける。まことに理、極まりけり。
「されば、親の子を思ふ志の深き事は、父の恩を須弥に譬へ、母の恩を大海に同じと言へり。我、一劫の間説くとも、父母の恩、尽くる事なし、と見えたり。胎内に宿り、身を苦しめ心を尽くし、月を重ね日を送り、生まるる時は、桑の弓、蓬の矢を以て、天地四方を射、身体髪膚を父母に受け、あへてそこなひ破らざるを孝の始めとす。襁褓の袋に包まれしより今に至るまで、昼夜に安き事なし。人の親の習ひ、我が身の衰へるをば知らずして、子の成人を願ひしぞかし。この恩を捨て、未だ盛りにも満ちずして、母に先立ちぬ。されば、孝経に曰く、『君は尊くして親しからず。母は親しくして尊からず。尊親共にこれを兼ねたるは、父一人なりといへども、四つの恩の中には、二親なれば、母の嘆きも切なれども、当たる処を恥ぢ、父の敵に身を捨て、各々、命を失ふ。
「人の親の子を思ふ闇に迷ふ道、愚かなる子もいとほしく、片輪なるも悲しきに、この人々は弓馬の家に生まれ、武略共に賢し。名を後代にとどむる事、遠きも近きも知らぬ人なし。同じ兄弟といへども、仲の悪しきもあるぞかし。この殿ばらは、幼少竹馬の昔より、馴れ睦ぶる事、類なし。浄蔵浄眼のいにしへにも恥ぢず、早離速離の昔にも似たり。終に富士の裾野にして、同じ草葉の露と消え給へり。かの一條の摂政謙徳公の二人の御子、前の少将後の少将とておはしける、朝夕に失せ給へり。かかるためしもあれば、生死無常の理、初めて驚くべきにあらず。今、開眼供養の御経、人々の手跡の裏なり。かやうに書き置きしを、よそにて見るだにも悲しきに、まして御身に当て、御心中さぞ思し召すらめ。それは親子の別れの事。兄弟の契りのわりなきを、一言述べて候。
「又、夫に別るる嘆き、今一しほ色深き事なり。虚弓とどまりて閨に寄せ立つ。上弦の月、空に暮れぬ。三年の馴染、忽ち尽き、孤枕、床に残り、虞氏がいにしへにあらねども、数行の涙、袂を潤すらん。しやう蘭の匂ひ、空薫き物とぞなりにける。宵暁の鐘の声、枕を並べし程には似ず、起き居に見れば、馴れ来し人は、よも添はじ。山の端出づる月影を、心苦しく待ち得ても、見し面影には異ならず。これぞ慰み給ふ事あらじ。まこと、夫婦の別れ、忍び難けれども、昔も今も、力に及ばざる道なれば、思ひ慰み給ふべし。かの唐の玄宗の楊貴妃も、わづかに言葉を蓬莱宮の波に伝ふらん。穆公の弄玉を重んぜしも、いたづらに鳳凰台の月に寄す。かれを思ひ、これを思ふにつけても、昔を今になぞらへて、一仏浄土の縁を結び、願はくは九品往生の望みを遂げて、七世の父母、六親眷属成仏。」と、廻向の鉦打ち鳴らし、別当、高座を下り給ふとて。
定めなき憂世といとど思ひしに弔はるべき身の弔ふにつけても
と詠じ給ひければ、聴聞の貴賤、哀れを催し、袖を絞らぬは無かりけり。
供養もやうやう過ぎしかば、僧達も皆帰り給ひ、やや暫くありて、「急ぎ下りたく候へども、たまたま上りて候へば、五郎が幼くて住み候ひし方を見候はん。」と申されければ、別当、宣ひけるは、「男に成りて後、その形見と思へば、人をも置かず。わざと破れをも修理せず、昔に少しも違はず候。いざさせ給へ。墓所をも築きて候へば、御覧ぜよ。」とて連れて行き、立ち寄り見給へば、墓の上に草生ひけるを、別当、見給ひて、「君見ずや北邙の夕の雨、畳々たる青塚の色を。また見ずや東郊の秋の風、歴々たる白楊の声を。」といへる古き詩を思ひ出で給ふ。「これは、元の住みか。」と宣へば、軒の荵は紅葉して、思ひの色を顕はせり。嘆きはいづれも尽きせねば、茂る甲斐なき忘れ草、その名ばかりは由ぞなき。九月上旬の事なれば、四方の紅葉の色は、袖の涙を染むるかと見え、世にふる里は苦しきに、易くも過ぐる初時雨、羨ましくぞおぼえける。
壁に書きたる筆のすさみを見れば。
出でて去なば心軽しと言ひやせん身のありさまを人の知らねば
といふ古き歌の端を、箱王丸とぞ書きたりける。師匠に暇をも乞はず、人に行き方をも知らせず、口一人出づる事、思ひ寄りて語り、幼かりし面影、只今の心地して、「由なき所へ来りける。」と、絶え焦がれければ、胸を焦がす焔は、咸陽宮の夕の煙に異ならず。袂に落つる涙の、龍門原上の草葉を染むる、面に落つる塵の海、かのちよれいとも言ひつべし。
さてしもあるべきにあらざれば、泣く泣く母は曽我に下りしが、虎は、「大磯に帰らん。」とす。別当も、五郎に別れし心地して、「御名残惜しうこそ候へ。さても、この度の御仏事、有難く候。過去幽霊、定めて正覚なり給ふべし。また、大磯の客人の御志こそ、世に勝れては候へ。構へて構へて怠らず弔ひ給へ。」と仰せられければ、虎も涙を押さへて、「仏事と承りし事、廻心発願の儀なりければ、飽かぬ別れの道、いつかは怠り候はん。」と申しければ、別当、重ねて申されけるは、「あまたの宝を積まむよりは、まことの心には如かず。」とこそは宣ひける。
底本頭注
四 箱根にて仏事の事
・北邙――洛陽の北方の山名。漢以来の墳墓のある所。
・虞氏――楚の項羽の妾。
・出でて去なば――伊勢物語の歌。五の句、人は知らねば。」とあり。
校訂者注
四 箱根にて仏事の事
・成り給へば、自他の――底本、「成り給へば、他の」。岩波文庫本(1939)本文に従い改めた。
・拝覲をいつの時にか――底本、「拝勤をいつの時にか」。岩波文庫本(1939)本文に従い改めた。
・二十余年の夢、暁の月と共に空に隠れぬ。千万端の愁へ、夕の嵐と共に一人吟ず――底本、「二十余年の夢、暁の月と空に隠れぬ。千万端の愁、夕の嵐ひとり吟じて」。岩波文庫本(1939)本文に従い改めた。
・四苦の身なり――底本、「しゝの身なり」。岩波文庫本(1939)本文に従い改めた。
・苦に苦しみを増し、業に悲しみを添ふべし――底本、「しに苦を増し、業に随つて悲を添ふべし」。岩波文庫本(1939)本文に従い改めた。
・麟閣塵深くして、竹簡いくばく千巻ぞ――底本、「ごんかく塵深くして、竹簡幾何の千巻ぞ」。岩波文庫本(1939)脚注に従い改めた。
・当たる処を恥ぢ、父の敵に――底本、「あたるところの恥、父の方に」。岩波文庫本(1939)本文に従い改めた。
・名を後代にとどむる事――底本、「後代にとどむ事」。岩波文庫本(1939)脚注に従い改めた。
・孤枕、床に残り――底本、「こしん床に上りて」。岩波文庫本(1939)脚注に従い改めた。
・住み候ひし方――底本、「住み給ひし方」。岩波文庫本(1939)本文に従い改めた。
・東郊の秋の風――底本、「東邙の秋の風」。岩波文庫本(1939)脚注に従い改めた。
・かのちよれいとも――底本、「かこちよれいとも」。岩波文庫本(1939)本文に従い改めた。
・廻心発願の儀――底本、「穢身発願の儀」。岩波文庫本(1939)本文に従い改めた。