歌謡 松の枝(他十)
松の枝
常磐なる、松の枝には雛鶴の、巣立つを見れば動き無き、巌の方に居る亀の、千代万代も限り無き、齢は君がためなれや。心も清き池水の、広き恵みぞ有難き。
(高野氏幸若安信本)
松の枝には雛鶴の、巣立つを見れば動き無き、巌の方に居る亀の、千代よろづ代も限り無き、齢は君がためなれや。心も清き池水の、広き恵みぞ有難き。
(三浦氏幸若安信本)
山科
山科の、山の岩根に松植ゑて、常磐堅磐に祈りけむ、言の葉添へしいにしへも、今この御代にや優るべき。君が千歳のためしには、子の日の松をまづぞ引く。夏は涼しき水鳥の、青葉の山の松の風。千年を草に聞くなるは、こや松虫の声ならん。年ふる雪の下にても、変はらぬは松の色とかや。
(三浦氏幸若安信本)
老人
老人は若く成り、若きはいつも老いもせず、富貴の家と成るとかや。長生殿の、内には春秋を富むなるも、かくやと思ひ知られたり。
(高野氏幸若安信本)
一天平
一天平らかにしては又、四海なほ無事なり。十日の雨、土くれを動かさず、五日の風、枝を鳴らさず、まことにめでたき時世かな。
(幸若長明本)
天下泰平
天下泰平、国土安穏の御代なれば、よろづ宝に飽き満ちて、寿命長遠、徳自在。寿命長遠、徳自在。
(幸若長明本)
長生殿
長生殿の内には、春秋を富めり。不老門の前には、日月遅し。
(幸若長明本)
時津風
時津風、治まる秋津嶋根こそ、堯舜無為の化を今に、八百よろづ代と仰ぐなる、民の竈も賑ひて、四季折々の貢ぎ物、運ぶ鄙路も道直ぐに、君々たれば臣も又、勇みある代の目出たさよ。
(幸若直良本)
敷嶋
敷嶋や、広き恵みに逢坂の、関も鎖ざさず千里まで、道ある今の御代久に、小家富職おのづから、かの郤城の老人が、巷の歌のためしなり。
(幸若直良本)
天下帰伏
天下皆、帰伏して嘉辰令月の、喜び際もましまさず。春は花見の歌の会。夏は涼しき流水に、盃も浮かぶなり。手まづ遮る朗詠し、秋は紅葉の色に染み、月に夜すがら嘯きて、巷に謡ひ舞ひ遊ぶ。げに治まれる君が代の、栄え久しき始めなり。
(幸若直良本)
四季の節
あら面白の谷々や。春はまづ咲く梅が谷、続きの里や匂ふらん。夏は涼しき扇の谷。秋は露草笹目が谷。冬はげにも雪の下、亀が谷こそ久しけれ。遥かの沖を見渡せば、舟に帆掛くる稲村が崎とかや。飯島江の嶋続いたり。蓬莱宮と申すとも、いかでこれにはまさるべき。かるが故に名付けて、歩みを運ぶ輩は、諸願必ず満足せり。ていとうの鼓の音、さつさつの鈴の声々に、千早の袖を振りかざす、神慮すずしめの、御神楽の音は暇も無し。
(高野氏幸若安信本)
都辺り(京入りの内)
八條殿、九條殿、皆御供と聞こえけり。都辺りの里々に、伏見、深草、鳥羽、八幡。淀、一口、竹田の里。松に花ある藤の森。稲荷、新熊野。六波羅、八坂、長楽寺。祇園、中山、北白河。賀茂のりうげ、雲林寺。さて舟岡、芹生、八瀬の里。鞍馬、静原、嵯峨、太秦。東寺、四塚、桂の里。古賀、山崎や、宝寺。その夜の内に京入りする、面々の灯し火松明は、都の内に隈も無し。粟田口より三條までは、隙間なうこそ見えにけれ。物によくよく譬ふれば、吉野龍田の花紅葉の、色めき合へる風情なり。
(曲節集一本)