江戸期版本を読む

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堀川の内

義経もうたれ給ふべし。たとひうたれたまわすと土佐をばつゐにうたるへし。土佐だにうたれて有ならば。ぎけいもほろひ給ふへし。両敵なからほろほして浮世の中にらくらくとすまはやなんとおもひけれはあんしすまして。かちはらはしやくとりなをし申けり。
(短中之部)

むねとの兵を八十三騎そろへつゝ。鎌倉内を忍ひ出。道にて出立けるやうわ。鎌倉殿の御代官に熊野へ参るとひろうして。かみから下にゐたるまて。じやうえひさふりたちきせ。いちめかさにしてつけさせ。鎧入たる長持に。おはけたてしめひかせ。引馬共の尾髪にも。ゆひして切てつけさせ。わたる瀬ことに垢離をかき。夜を日につゐてうつほとにかまくらを出て廿日にわ都入とぞ聞へける。
(短中之部)

弁慶承り。熊野の牛王一まいに。硯をそへてぞ出されたる。土佐わきこふる文者にて自筆にかうこそかひたりけれ。
  敬白天罰ト起請文ノ叓上ハ梵天帝尺下ワ四大天王閻魔法王ゴダウノ冥官下界ノ地ニワ伊勢天照大神ヲハジメ。奉リ熊野白山金峯山。王城ノ鎮守稲荷ギヲンカモ春日ヤワタワ。正八幡大菩薩松尾平野梅ノ宮ソウジテ。ヱンブダイノウチノ有声無声カウカウタンノマウリヤウキジン聞入ナウジウ。タレ給ヘ今度シヤウゾンガ君ノ討手ニマカリノホリタルコトサウラワスマタ。私ノシユクイサラニサウラワスモシ。偽申テサフラハ只今申ヲロス神罰冥罰ヲ。シヤウゾンガ四十四ノツギメ八十三ノワウワウゴトニ罷蒙リサウライテ今生ニテワ。正尊ガ弓箭ノ冥加。ナカクスタリ。来世ニテワ無間ノ底ニ堕罪シ永劫ウカム世サラニ候マシ。仍状如件文治元年卯月廿日藤原ノ正尊判ト書タルワサテミノケモヨタツハカリナリ。
(短中之部)

たまたま有合人とては。女房たちに。中居の人。さては諸職の者計。者計うたてかりける時分かな。
(短中之部)

あまりくたひれ。先暫。いや。やすまんと。のたまひてまたこそやすみ給ひけれ。
(短中之部)

やあこなたへこよやしつかとて。にしの小庭に。出給ふ。比はいつぞの比ぞとよ。文治元年。卯月廿日の夜のことなり。藤花は松にかゝりて。色々の草花のらんてんしたる有様はにしきをさらすことくなり。池の汀にのぞむ時。司土か姿ははなににていまた秋にわあらねとも女郎花かとうたかはる。
(短中之部)


四国落の内

十二人の北の方も御伴成とぞしたはれける。ぎけいきこしめされて。こはいかによしつねは。関東の頼朝より。不孝うの身にて候へば。いつくにてもよしつねが。うたれんことわちぢやうなり。
(短中之部)

十二人の北方わ。此よしを聞召し。たとひりうたつ山のおく。死出三途の川なり共。友にこかればうかるまじ。とゝまるましの都やとて。さきにぞ立せ玉ひける。
(短中之部)

誰を頼て松ら姫。都にとゝめ置ならは。道のさわりとなるへし。切ともきられぬあひよくの。うき身のさわりは是成とて。二百余騎の人々は。おこしを中に。とりこめて涙と友に。立出る。是やゑんきのせいたいに。家をはなれて三四月。おつる涙ははくせんかう。万事は皆夢のことしよりよりひさうをあふくと。ゑひし給ひしきうせきと。今の義経のはいるの旅姿はいつれ。かわるとも思ひはさなから一つなり。末は山崎たから寺。かうないかちおり過けれはしとろもとろに。らんもんしあら六惜やあくた川。て嶋せ川はんてうし。みのを山のこうように心のとまる折ふし。又打出れは西の宮。南宮の御前の。をきのあらゑひす。松原殿の御さんさう。むかし恋しと打なかめ。かすむ浦路は住吉の霧の。隙より松見えて。波にたゝよふあま小舟。心ほそしと。打なかめはや大もつのうらにつく。
(曲節集)

二時はかりのことなるに。をとにきこえたるわたのみさきを。心ほそくもはしりすき。弓手を見れは絵嶋か磯。妻手はあかしの人丸の。雨のふる夜も。ふらぬ夜も。風のたつ夜もたゝぬ夜も。しまかくれ行あま小舟。こゝろほそしとうちなかめ。尾上高砂。過けれはむろの。沖にそつきにける。
(高野氏幸若安信本)

風にとられて舟ともか。思ひ思ひに落さるゝ。四国へおとす。舟もあり西国へ落す舟もあり。土佐の湊へおとすも有。あるひはもとの。明石なた。兵庫かおきへおとすもあり。八そうのふねともかみなちりちりになりにけり。
(曲節集)

あらいたはしや大将の御座舟にわ。十二人の北方。近習のひとひと卅人。あらき浪にわあてられつ。さなから前後もわきまへす。漸々残る人とてわ。義経弁慶たゝ二人。舟の前後をあつかひて風にまかせておとさるゝ。心さしこそ哀なれ。
(短中之部)

弁慶申けるやうは。それ風は龍王の。いたし給へる息として。時の不思儀をなし給ふに。宝をしつめて御覧せられ候へ。義経聞しめされて。さらは宝をしつめむとて。十二人の北のかたの。かさねの小袖くれなゐの。ちしほのはかま判官の。こかね作りの。御はかせ。海底にしつめ給ひけり。もとよりも此人々。てらそたちの学匠にて。ほけきやうの。一のまき時。うつるほとこそしゆせられけれ。まことに龍王も。こなうしうやましましけむ。浪風すこし。しつまれは舟は。小浪に。ゆりすゆる。
(彰考館幸若安信本)

翁承り御返事にをよはすし。船ほとほととをとつれて。一首わかうそきこえける。漁火の。もしほの煙風にきえて。吹あかしたる荻の一むら。
(短中之部)

されは荻にあまたの異名あり。よしとも申あしともいふ。村といふは里の名。其うへふるき歌にも。食求火といふことは。難波入江によせられたり。いかさま。此浦はつのくにのあしやの浦の。事やらんなう我。君と申けり。
(毛利家幸若安信本)

さては疑処なし。たつみの明神の。よしつねをあはれみて。をしへたまへる。たつとさよと。うしほててうづうかいしてそなたをらいし玉ひけり。
(短中之部)

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「堀川」の内

 義経も討たれ給ふべし。たとひ討たれ給はずと、土佐をば終に討たるべし。土佐だに討たれてあるならば、義経も滅び給ふべし。両敵ながら滅ぼして、浮世の中に楽々と、住まばやなんど思ひければ、案じ済まして梶原は、笏取り直し申しけり。
(短中之部)

 宗徒の兵を八十三騎揃へつつ、鎌倉内を忍び出づ。道にて出で立ちけるやうは、鎌倉殿の御代官に、熊野へ参ると披露して、上から下に至るまで、浄衣膝振裁ち着せ、市女笠に四手付けさせ、鎧入れたる長持に、おはけ立て標引かせ、引き馬どもの尾髪にも、木綿四手切つて付けさせ、渡る瀬毎に垢離をかき、夜を日に継いで打つ程に、鎌倉を出て二十日には、都入りとぞ聞こえける。
(短中之部)

 弁慶承り、熊野の牛王一枚に、硯を添へてぞ出されたる。土佐は聞こゆる文者にて、自筆にかうこそ書いたりけれ。
  敬つて白す、天罰を起請文の事。上は梵天帝釈、下は四大天王。閻魔法王五道の冥官。下界の地には、伊勢天照大神を始め奉り、熊野白山金峯山。王城の鎮守、稲荷祇園賀茂春日。八幡は正八幡大菩薩。松の尾平野梅の宮。惣じて閻浮提の内の有勢無勢。曠劫誕の魍魎鬼神。聞き入れ納受垂れ給へ。今度正尊が君の討手に、罷り上りたる事候はず。又私の宿意、更に候はず。もし偽り申して候はば、只今申し下ろす神罰冥罰を、正尊が四十四の継目、八十三のわうわう毎に、罷り蒙り候ひて、今生にては正尊が、弓矢の冥加長くすたり、来世にては無間の底に堕罪し、永劫浮かむ世更に候まじ。仍つて状、件の如し。文治元年卯月二十日。藤原の正尊判。
と書いたるはさて、身の毛もよだつばかりなり。
(短中之部)

 たまたまあり合ふ人とては、女房達に中居の人。さては諸職の者ばかり、者ばかり。うたてかりける時分かな。
(短中之部)

 あまりくたびれまづ暫く、いや休まんと宣ひて、又こそ休み給ひけれ。
(短中之部)

 やあ、こなたへ来よや静とて、西の小庭に出給ふ。頃はいつぞの頃ぞとよ。文治元年、卯月二十日の夜の事なり。藤花は松に懸かりて、色々の草花の、乱顛したる有様は、錦を晒す如くなり。池の汀に臨む時、静が姿は花に似て、いまだ秋にはあらねども、女郎花かと疑はる。
(短中之部)


「四国落」の内

 十二人の北の方も、御供なりとぞ慕はれける。義経聞こし召されて、こはいかに義経は、関東の頼朝より、不興の身にて候へば、いづくにても義経が、討たれん事は治定なり。
(短中之部)

 十二人の北の方は、この由を聞こし召し、たとひ龍立つ山の奥、死出三途の川なりとも、共にこがれば憂かるまじ。とどまるまじの都やとて、先にぞ立たせ給ひける。
(短中之部)

 誰を頼みて松浦姫、都にとどめ置くならば、道の障りと成るべし。切るとも切られぬ愛欲の、憂き身の障りはこれなりとて、二百余騎の人々は、御輿を中に取り籠めて、涙と共に立ち出づる。これや延喜の聖代に、家を離れて三四月。落つる涙は百千行。万事は皆夢の如し。よりより彼蒼を仰ぐと、詠じ給ひし旧跡と、今の義経の配流の旅。姿はいづれ変はるとも、思ひはさながら一つなり。末は山崎宝寺。神内楫折過ぎければ、しどろもどろに乱文し、あら難しや芥川。豊嶋瀬川万乗寺。箕面山の紅葉に、心の留まる折節、又うち出づれば西の宮。南宮の、御前の沖の荒夷。松原殿の御山荘。昔恋しとうち眺め、霞む浦路は住吉の、霧の隙より松見えて、浪に漂ふ海士小舟。心細しとうち眺め、はや大物の浦に着く。
(曲節集)

 二時ばかりの事なるに、音に聞こえたる和田の岬を、心細くも走り過ぎ、弓手を見れば絵嶋が磯。妻手は明石の人麿の、雨の降る夜も降らぬ夜も、風の立つ夜も立たぬ夜も、嶋隠れ行く海士小舟。心細しとうち眺め、尾上高砂過ぎければ、室の沖にぞ着きにける。
(高野氏幸若安信本)

 風に取られて舟どもが、思ひ思ひに落とさるる。四国へ落とす舟もあり。西国へ落とす舟もあり。土佐の湊へ落とすもあり。或いは元の明石灘。兵庫が沖へ落とすもあり。八艘の舟どもが、皆散り散りに成りにけり。
(曲節集)

 あらいたはしや。大将の御座舟には、十二人の北の方。近習の人々三十人。荒き浪には当てられつ。さながら前後も弁へず。やうやう残る人とては、義経弁慶只二人。舟の前後を扱ひて、風に任せて落とさるる。心ざしこそ哀れなれ。
(短中之部)

 弁慶申しけるやうは、それ風は龍王の、出し給へる息として、時の不思議を成し給ふに、宝を沈めて御覧ぜられ候へ。義経聞こし召されて、さらば宝を沈めむとて、十二人の北の方の、襲の小袖紅の、千入の袴判官の、黄金造りの御佩刀。海底に沈め給ひけり。元よりもこの人々、寺育ちの学匠にて、法華経の一の巻、時移る程こそ誦せられけれ。まことに龍王も、御納受やましましけむ。浪風少し静まれば、舟は小浪に揺り据うる。
(彰考館幸若安信本)

 翁承り、御返事に及ばずし、舟ほとほとと音づれて、一首はかうぞ聞こえける。漁り火の、藻塩の煙風に消えて、吹き明かしたる荻の一叢。
(短中之部)

 されば、荻にあまたの異名あり。よしとも申しあしとも言ふ。村と言ふは里の名。その上古き歌にも、漁り火といふ事は、難波入江に寄せられたり。いかさまこの浦は津の国の、芦屋の浦の事やらん。なう我が君と申しけり。
(毛利家幸若安信本)

 さては疑ふ処無し。辰巳の明神の、義経を憐れみて、教へ給へる尊さよと、潮で手水うがひして、そなたを礼し給ひけり。
(短中之部)

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腰越の内

大内山を雲井のよそになかめこし。関のしみつに著玉ひ。大臣殿思ひつゝけてかくばかり。都をば。今日をかぎりのせきみつに。またあふさかのかけやうつさん。
(短中之部)

これや天智天皇の。大和の国岡本の京よりも此ところにうつり。みやつくりしたまひし其旧跡をふしおかみ。勢多のからはし打わたり。野路篠原の宿過てくもりかゝらぬ鏡山。そのかみならの翁の。鏡山いさたちよりて見てゆかむ。としへぬる身は老やしぬると。老をいとひてよみたりし。そのいにしへの。ことのはまておもひ。出しつゝあはれなり。ゑち川わたれは千鳥鳴。小野の細道すりはり山。はんはさめか井柏原。をちこちの。たつぎもしらぬ山中に。ふはの関屋のいたひさし。月もれとてや。まはらなる。垂井の宿を打過て。はやく熱田につきたまふ。かの明神と申は。かけまくもかたしけなや。天照大神のその。ひとつにておはします。尾張第三の。宮とは申なからも。凡は。日本第三の。御神にてましますと。其時こそ。大臣殿判官に。かたりたまひけれ。何となるみと。きくからに。磯辺の波に袖ぬらし。参河の国に入ぬれは。八橋にさしかゝり。橋の風情を見たまふに。いさこにねふるゑんわうは。夏をしらてさり。水にたてる。杜若は。ときをむかへてひらけゝり。花はむかしをわすれすして。同し色にそさきにける。橋もむかしの。名なれとも。幾度か。わたしかへつらん。すゑをいつくと遠江。はまなのはしを。見たまふに。南には海上。まんまんとして。きはもなし。北はまた湖水あり。人家岸に。つらなつて。松吹風波の音。いつれも。のりのたくひそと。うちなかめ。くたるほとに大井。川にもはや着ぬ。大臣殿御覧して。われ世かよにて。ありし時亀山の。御幸の御供し。紅葉みたれて流いてし。清瀧川や。大井川おもひいたしつゝしのはしや。うきしまか。はらよりも。富士の高根を。見あくれは。時しらぬ。雪の。色かのこま。たらにふりなして。ふもとには東西へなかく。みえたる沼もあり。あしわけふねに。さほさして。むれゐるかもめのこゝろのまゝに。かなたこなたへとひさるを。うらやましくやおもはれけん。大臣殿。父子ともにおもひ。つゝけてかくはかり。しほちより。たえすおもひを。するかなる。身は浮嶋に。名をはふしの根。御子右衛門ノ督も。われなれや。おもひにもゆるふしの。ねの。むなしき空のけふりはかりは。はらには。しほやのけふり。へんへんとし。風にまかせて。行衛もしらす。まよへり。伊豆の三嶋につきたまふ。かの明神と申は。むかしのういんか。なはしろ水とよみたりし。歌の道を。なふしゆしゑんかんの。天より雨くたり。かれたるいなはもたちまちに。みとりの色となりたりし。めてたき神にてましませは。たのもしく。おもひ申なり。来世にてはかならす。九品の蓮台に。むかへとらせ給へやと。きせいを申させたまひつゝ。さかみのくにゝ入ぬれは。義経のためによろこひを。きく川の宿と。打詠すゑは。さかはの。宿に着。
(幸若長明本)

義盛やがて立帰りさかわの宿にまいり此由かくと申しけれは。きけい聞しめされてこわ如何に木曽義中を。ちうりくせしよりこの方。平家を三年三月にほろほし。さんしゆの神祇ゆへなく。二たひてひとにおさめ申し。あまさへ平家の大将おほひとのふしいけとり。是まてくたりたるよしつねに如何にさひしん。ありとても。一度のたひめんはなとかはなふてあるへきそ。是もおもへは景時か。さんしんによるなれは頼朝に恨さらになし。
(曲節集)

弁慶承リ。墨スリ流シ筆ニソメ。サウアンマテモナク只一筆ニゾカイタリケル。
  源ノ義経乍恐申上候其意趣ワ。御代官ノ一ニ撰レ。勅宣ノ御使トシ。累代弓箭ノ芸ヲ顕シ。会稽ノ恥辱ヲ雪ム。忠賞行ルべキ処ニ。思ノ外ニ虎口ノ讒言ニ依テ。莫大ノ勲功ヲ黙セラル。義経犯シナウシテ咎ヲ蒙ル功ヲ以テ誤リナシトイヘト。御勘気ヲ蒙ル間空ク紅涙ニ沈ム。熟叓ノ意ヲ案スルニ讒者ノ実否ヲ糺サス。鎌倉ヘダモ入ラレザレハ素意ヲノフルニアタワス数日ヲ送ル。此時ニ当テ御顔ヲ拝シ申サズンハ骨肉同胞ノ儀絶。既ニ宿運究テ空キニ似タルカ将亦先世ノ業因ヲ感スルカ。悲哉此條故亡父尊霊再誕シタマワスンバ誰ノ人カ愚意ノ悲嘆ヲ申披カン。何ノ人カ。哀憐ヲ垂ラレンヤ。叓新キ申状。述懐ニ似タリト雖ト。ヨシツネ身体髪腐ヲ父母ニ受。莫大ノ時節ヲ経ズシテコカウノトノ。御他界ノ後孤子ト。成ハテゝ母ノ懐ニ抱カレ大和ノ国宇多ノ郡ニ趣シヨリ以来一日片時モ安堵ノ思ヒニ住セズ。甲斐ナキ命ワ存ストイヱド。京都ノ経廻難治ノ間諸国ヲ流行シ身ヲ在々所々ニ隠シ辺土。遠国ヲ栖トシテ土民。百姓等ニ伏仕セラル然ニ幸慶。忽ニ純熟シテ平家ノ一族。追討ノ為ニ上洛セシムル。手合ニ木曽義仲誅戮ノ後平氏。亡サン為ニ。有時ワ嶬々トアル。巌石ニ駿馬ニ策テ敵ノ為ニ命ヲ。ウシナワン叓ヲ顧ミスマタアル時ハ漫々タル海中ノ上ニシテ風波ノ難ヲ凌キ身ヲ。海底ニ沈ンコトヲ痛マス骸ヲ鯨鯢ノ鰓ニカク加之。甲冑ヲ。枕トシ。弓箭ヲ業トスル本意。併。亡魂ノ憤ヲヤスメ申シ。年来ノ宿望ヲ遂ント思フヨリ外他叓ナシ剰ワ義経五位ノ尉ニ補任ノ條。当家ノ重職。何叓カコレニシカン然トイヱト。今愁。深フシテ嘆切ナリ。仏神ノ助ニ。アラスヨリ外他叓ナシ。是ニ依テ諸神諸社ノ牛王。宝印ノウラヲ以テ野心ヲ更ニゾンゼヌ旨ヲ日本国中ノ大小ノ神祇冥道ヲ。驚シ奉リ数通ノ。起請文ヲ書進ストイヱド。ナヲ以宥免ナシ。此国ワ神国ナリ神ワ非礼ヲ。ウケ給フべカラズ頼ムトコロ。他ニアラス則貴殿。広大ノ慈悲ヲ仰キ便宜ヲ伺イ。高聞ニ達シヒケイヲ。メクラサレアヤマリナキムネヲ。優セラレ芳免ニアツカラハ積善ノ余慶家門ニ及ヒ。永ク栄花ヲ子孫ニツタヱン依テ。年来ノ愁眉ヲ開キ一期ノ。安寧ヲドクジユエセシメンコトワツキズ叓ノ心ヲ。アンスルニ爰ニツノクニ。渡辺ニテ逆櫓立ノ遺根ニ依テ義経景時ガ。中ヨカラス動レバヒマヲウカゝヒ。折ヲヱテ。ヨシツネヲウタントホツス。ナヲ以テカナワサレバ。教頼ノ御手ニツイテ先立テ関東ニ下着シ。頼朝ニチカツキ奉リ時々。讒奏ヲイタス処。其イワレナキ物ナリホンホンノ罪ノ。疑ヲバカロクスルトモ無実ノ罪ノ。疑ヲバ。重クセヨ理ワ万民ノ悦非ワマタ諸人ノ。嘆キタリ。賢王ハ一心ノ為ニ。理ヲマゲズ先者ノ。クツカヱスヲミテ。後者恐ヲナセリ上直ナレバ。下ヤスシ水上。スマザレバ河流ニ依テ。月ヤドラズ何ゾ梶原。一人ニ諸国ノ諸侍ヲ思ヒ。カヱラレンヨリ急キ。遠嶋ニ配流セラレ諸家ノ嘆ヲヤメチウキンノイサミヲナシタマヱ。誠惶誠恐謹言元暦二年六月五日進上因旛守殿ヘ。義経判
ト書タル彼弁慶カ筆勢。ホメヌ人コソナカリケレ。
(短中之部)

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「腰越」の内

 大内山を雲居のよそに眺め越し、関の清水に着き給ひ、大臣殿、思ひ続けてかくばかり。都をば、今日を限りのせき水に、又逢坂の影や映さん。
(短中之部)

 これや天智天皇の、大和の国、岡本の京よりもこの所に遷り、宮作りし給ひし、その旧跡を伏し拝み、勢多の唐橋うち渡り、野路篠原の宿過ぎて、曇りかからぬ鏡山。そのかみ奈良の翁の、鏡山、いざ立ち寄りて見て行かむ、年経ぬる身は老いやしぬると、老いを厭ひて詠みたりし、そのいにしへの言の葉まで、思ひ出しつつ哀れなり。愛知川渡れば千鳥鳴く、小野の細道磨針山。番場醒ヶ井柏原。おちこちの、たつきも知らぬ山中に、不破の関屋の板庇、月洩れとてやまばらなる。垂井の宿をうち過ぎて、早く熱田に着き給ふ。かの明神と申すは、かけまくも忝や、天照大神の、その一つにておはします。尾張第三の宮とは申しながらも、およそは日本第三の、御神にてましますと、その時こそ大臣殿、判官に語り給ひけれ。
 何となるみと聞くからに、磯辺の波に袖濡らし、参河の国に入りぬれば、八橋にさしかかり、橋の風情を見給ふに、砂に眠る鴛鴦は、夏を知らで去り、水に立てる杜若は、時を迎へて開けけり。花は昔を忘れずして、同じ色にぞ咲きにける。橋も昔の名なれども、幾度か渡し替へつらん。末をいづくと遠江。浜名の橋を見給ふに、南には、海上漫々として際も無し。北は又湖水あり。人家岸に連なつて、松吹く風浪の音、いづれも法の類ぞと、うち眺め下る程に、大井川にも早着きぬ。大臣殿御覧じて、我世が世にてありし時、亀山の御幸の御供し、紅葉乱れて流れ出でし、清瀧川や大井川、思ひ出しつつ偲ばじや。浮嶋が原よりも、富士の高嶺を見上ぐれば、時知らぬ雪の色、鹿の子まだらに降り成して、麓には東西へ、長く見えたる沼もあり。蘆分け舟に棹さして、群れゐる鴎の心のままに、かなたこなたへ飛び去るを、羨ましくや思はれけん。大臣殿父子共に、思ひ続けてかくばかり。潮路より、絶えず思ひを駿河なる、身はうき嶋に名をば富士の嶺。御子右衛門督も。我なれや、思ひに燃ゆる富士の嶺の、空しき空の煙ばかりは。
 原には塩屋の煙片々とし、風に任せて行方も知らず迷へり。伊豆の三嶋に着き給ふ。かの明神と申すは、昔能因が、苗代水と詠みたりし、歌の道を納受し、炎旱の天より雨下り、枯れたる稲葉も忽ちに、緑の色と成りたりし、めでたき神にてましませば、頼もしく思ひ申すなり。来世にては、必ず九品の蓮台に、迎へ取らせ給へやと、祈誓を申させ給ひつつ、相模の国に入りぬれば、義経のために喜びを、菊川の宿とうち眺め、末は酒匂の宿に着く。
(幸若長明本)

 義盛やがて立ち帰り、酒匂の宿に参り、この由かくと申しければ、義経聞こし召されて、こはいかに。木曽義仲を、誅戮せしよりこの方、平家を三年三月に滅ぼし、三種の神器事ゆゑなく、再び帝都に納め申し、あまつさへ平家の大将、大臣殿父子生け捕り、これまで下りたる義経に、いかに讒人ありとても、一度の対面は、などかは無うてあるべきぞ。これも思へば景時が、讒心によるなれば、頼朝に恨み更に無し。
(曲節集)

 弁慶承り、墨磨り流し筆に染め、草案までもなく、只一筆にぞ書いたりける。
  源の義経、恐れながら申し上げ候。その意趣は、御代官の一人に撰ばれ、勅宣の御使とし、累代弓箭の芸を顕はし、会稽の恥辱を清む。忠賞行はるべき処に、思ひの外に、虎口の讒言によつて、莫大の勲功をもだせらる。義経、犯し無うして咎を蒙る。功を以て誤り無しといへど、御勘気を蒙る間、空しく紅涙に沈む。つらつら事の心を案ずるに、讒者の実否を糺さず、鎌倉へだも入れられざれば、素意を述ぶるにあたはず、数日を送る。この時に当たつて、御顔を拝し申さずんば、骨肉同胞の義絶え、既に宿運極まつて、空しきに似たるか。はた又、先世の業因を感ずるか。悲しいかな。この條故亡父尊霊、再誕し給はずんば、誰の人か、愚意の悲嘆を申し開かん。いづれの人か、哀憐を垂れられんや。
  事新しき申し状、述懐に似たりといへど、義経、身体髪膚を父母に受け、莫大の時節を経ずして、故頭の殿御他界の後、みなし子と成り果てて、母の懐ろに抱かれ、大和の国宇多の郡に赴きしより以来、一日片時も安堵の思ひに住せず。甲斐なき命は存すといへど、京都の経廻難治の間、諸国を流行し、身を在々所々に隠し、辺土遠国を住みかとして、土民百姓等に服仕せらる。しかるに幸慶忽ちに純熟して、平家の一族追討のために、上洛せしむる。手合はせに木曽義仲誅戮の後、平氏滅ぼさんために、或る時は、峨々とある巌石に、駿馬に鞭打つて、敵のために命を失はん事を顧みず。又或る時は、漫々たる海中の上にして、風波の難を凌ぎ、身を海底に沈めん事を痛まず、骸を鯨鯢の鰓に懸く。しかのみならず、甲冑を枕とし、弓箭を業とする本意、しかしながら亡魂の憤りを休め申し、年来の宿望を遂げんと思ふより外、他事無し。あまつさへは義経、五位の尉に補任の條、当家の重職、何事かこれに如かん。しかりといへど今、愁へ深うして嘆き切なり。仏神の助けにあらずより外、他事無し。これによつて諸神諸社の、牛王宝印の裏を以て、野心を更に存ぜぬ旨を、日本国中の大小の、神祇冥道を驚かし奉り、数通の起請文を書き進ずといへど、猶以て宥免無し。この国は神国なり。神は非礼を受け給ふべからず。頼む処他にあらず。則ち貴殿広大の慈悲を仰ぎ、便宜を伺ひ高聞に達し、秘計を巡らされ、誤り無き旨を宥せられ、芳免に預からば、積善の余慶家門に及び、永く栄華を子孫に伝へん。よつて年来の愁眉を開き、一期の安寧を得受せしめん。言葉尽きず。
  事の心を案ずるに、ここに津の国渡辺にて、逆櫓立ての遺恨によつて、義経景時が仲よからず。ややもすれば、暇を窺ひ折を得て、義経を討たんと欲す。猶以て叶はざれば、範頼の御手に付いて、先立つて関東に下着し、頼朝に近付き奉り、時々讒奏を致す処、その謂はれなきものなり。本々の罪の疑ひをば軽くするとも、無実の罪の疑ひをば重くせよ。理は万民の悦び、非は又諸人の嘆きたり。賢王は一身のために理を曲げず。先車の覆すを見て、後車恐れを成せり。上直なれば下安し。水上澄まざれば、河流によつて月宿らず。何ぞ梶原一人に、諸国の諸侍を思ひ替へられんより、急ぎ遠嶋に配流せられ、諸家の嘆きをやめ、忠勤の勇みを成し給へ。誠惶誠恐謹言。
    元暦二年六月五日進上 因幡守殿へ    義経判。
と書きたるかの弁慶が筆勢、褒めぬ人こそなかりけれ。
(短中之部)

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鞍馬出の内

母のときははきこしめし。有にあられぬ御身にて。忍ひて文をあそはし。牛若殿につげ給ふ。牛若文をこらんして。かやうに母の御手より。文を玉りいつくの国。たれやの人を頼て。下るべしとも覚ずや。
(短中之部)

高堂におまいりあり。夜とゝもきせいをまふされたり抑毘沙門と申は。四天の中の第一に。はつてんどうのそんじやたり仏法護治の其為に。弓箭を守り玉ふなり。牛若か一期の本望わ。身の為おこす謀反ならす。父母教養の其為に。平家をうたんと思ひたつ。兵法けいこのたしなみなり。
(短中之部)

ほんせい今にたがはすわ。牛若にこそたぶべけれと。ふかくきせいを申。うちまとろみたる御夢に。白きうさぎとねずみとか。袂に入とごらんじて。うちおとろきおぼしめす。うさきは東のものねずみは北の生物なり。東北のすみをはうしとらとこそなつけたれ。いしやなでんと申わ。此方におはします。故になつけつゝ多門天と申也びしやもんのすみかをは。べいしらまなやじやうとて。よねのふるみやこなり。いかさまも牛若は牛とらのはうにたちこえて。よに出よとのじけんかや。あらふしぎやな北と東のあひにわ。誰やの人をたのみて。下るべしとも。をぼえすとまたいとけなき。御心につくつくとあんじ玉ひけり。
(短中之部)

東光坊に御帰り有。つねの所に御入有て。旅の出立をし給ふに。泪もさらにせきあゑす。いつも御身をはなされぬ。こかね作の御帯刀。こんねんどうのこしの物。是ぞ忍ひてもたれたる。めしつかわれしはらはの。あひすりのひたゝれに。御身のめされたるせいかうの大口を。ぬぎかへさせ給ひ。御くしからはにたかくあげ。七歳の御としよりすみなれさせ給ひたる。東光坊を只一人さよにまきれていてたまふ。さすがに御寺の御なこり。かたへの児達小師同宿のなごり共。あひねんふかき人おほし。未来をかけてちきりし物。いまもしらせて有ならは。前後をしゆこし行べけれども人目を。しのふ旅なれば只一人ぞ。御出有心さしこそ哀なれ。
(短中之部)

師匠になこりのおしければ。かたみの為とおほしめし。一首の哥をぞのこされたるおもひきや。身をおく山にすまひして。このみひとつになりゆかんとは。かやうにゑいし玉ひ。庭のめいぼくめいせき共を。いつの代にかは立帰り。又みんすらんあちきなや。桃梨ものいはねば我出ぬるをよもつけし。梅雞舌をふくめとも。なと暁をしらせぬぞ。さて本坊を立出て。地主権現ふしおかみ。あかゐの水も。さえくもり影さへやとす月もなし。七つに曲るくらま坂。夜更て物うき道のへを。貴布弥の神の社こそげにたのもしくきこえけれ。なこりぞおしきいちはらの。立とゝまりて源菩薩池千般破らんかみかもの。道をたゝすの森過て。夜はほのほのとしらかはや。吉次に今もあはたくち。はやまつ坂に牛若殿ほとなくつかせ玉ひけり。
(短中之部)


烏帽子折の内

やあわとの原がやうなる。三界るらふの。吉次が伴をするくわんじやが。左折をきうずる事おもひも。よらぬ所望かな。牛若おかしくおぼしめし。おほせはさにて。候へど。奥へまかり。下らふず。関々。泊々にて。左折を。きたるよと。人のとがめのあらん時。都のやどに。ふるき烏帽子のありつるを。所望して。きてさうが。左折も右折も。此冠者は。しらぬなりかゝる。むつかしき烏帽子を。関屋に預け。申すというて。うちすてゝ。通るならば御身のなんも。あるまじきわつはがとがも。のかるべし。
(曲節集一本)

牛若殿聞聞。是をたとへに申すかや。世は末世にをよぶといへど。日月はいまだ地に落ず。天上の唐錦。下て。田舎にまじはる事なし。何として源氏の嫡々が。浮世をわたる吉次が太刀をばもたふぞ。荒はかなの心やな。吉次が太刀をもたばこそ。冥途にまします父義朝の御帯刀を。もつにこそとおぼしめし。ひげきりの御帯刀をわつそくにかけ。吉次が太刀をかづゐて奥へ。下らせたまひけり。泪の雨は。たまかづら昔。はかけて。みぬ物を。
(曲節集一本)

長者が中のでいにて。錦を織ぞ聴聞せよ。承はつて聴聞する。たなばたひこぼしの。織ひの音は。てい。ほろゝ。是はさながら。みのりなり。はた色に七流。織つけて。長者殿の。中の。でいにをきたまふ。長者なのめによろこふで。いそぎ内裏へ。たてまつる。帝ゑいらんましまして。所詮たゞ。まの殿は。仏にて。ましますや。仏の娘をこひかねて。十善の位を。すべるとも。なにかはくるしかるべき。位をおすべりましまして。拾六の。春のころ。たどろたどろと。下らせたまひ。けるほどに。十八日と申すには。豊後の国に。きこえたるはや。内山につきたまふ。
(曲節集一本)

千人の舎人ともは。苅ならひたる事なれば。てむでに鎌をひつさげて。かきよせ。かきよせ。草を苅。いたはしや帝は。いつかりならはせ給はねば。牛にうちかゝり笛うちふひてまします。馬は馬頭観音。牛は大日如来の。けしむと承るが。げにやさありけるか人間は見しり申さねど。畜生なれども色ふぜいを。みしりたるかとおぼしくて。草をもはまず角をかたむけ。舌をたれ帝の笛を聴聞する。千人のとねりども。此由をきくよりも。山路殿がふく物の。名をばなにと云やらん。よこぶえと申しさふ。あふ面白ひぞや山路殿。草ばし苅な笛をふけ。なんぢが牛には草をかりてかけふぞよふけよふけよと云ほどに。一度も草を苅給はず。是をもちてこそ夜更て心すめるをば。山路の草かりよるの笛。わかめかるは田子の浦。わか草苅は武蔵野よ。わかめわかくさわかの浦。用明天皇のこひゆへあそばす。笛をこそ草かりぶえと申すなり。
(幸若正利本)

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