江戸期版本を読む

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『幸若舞曲集』(1943)翻字版 WEB目次
校訂版WEB目次)

幸若舞曲

 01 日本記(大頭左兵衛本)
 02 いるか(大頭左兵衛本)
 03 たいしよくわむ(大頭左兵衛本)
 04 大臣(大頭左兵衛本)
 05 信太(毛利家本)
 06 満仲(毛利家本)
 07 鎌田(毛利家本)
 08 いふき(大頭左兵衛本)
 09 伏見常槃(毛利家本)
 10 築島(大頭左兵衛本)
 11 硫黄之嶋(大頭左兵衛本)
 12 文学(大頭左兵衛本)
 13 夢あはせ(藤井氏本)
 14 馬揃(大頭左兵衛本)
 15 木曽願書(大頭左兵衛本)
 16 敦盛(大頭左兵衛本)
 17 なすの与市(大頭左兵衛本)
 18 景清 付 籠破(大江本) 上 下 
 19 はま出(大頭左兵衛本)
 20 九けつのかひ(藤井氏一本)
 21 常盤問答(越前本)
 22 笛巻(毛利家本)
 23 未来記(内閣文庫本)
 24 くらま出(内閣文庫本)
 25 烏帽子折(大頭左兵衛本)
 26 山中常盤(大頭左兵衛本)
 27 靡常盤(平瀬氏本)
 28 腰越(毛利家本)
 29 ほり川(内閣文庫本)
 30 四国落(大頭左兵衛本)
 31 しつか(大頭左兵衛本)
 32 とかし(大頭左兵衛本)
 33 笈さかし(大頭左兵衛本)
 34 屋嶋軍(毛利家本)
 35 岡山(平瀬氏本)
 36 和泉が城(大頭左兵衛本)
 37 清重(大頭左兵衛本)
 38 高たち(大頭左兵衛本)
 39 含状(大頭一本)
 40 一満箱王(毛利家本)
 41 元服曽我(内閣文庫本)
 42 和田宴(毛利家本)
 43 小袖乞(大頭左兵衛本)
 44 つるき讃談(大頭左兵衛本)
 45 夜討曽我(大頭左兵衛本)
 46 十番斬(毛利家本)
 47 張良(内閣文庫本)
 48 新曲(大頭左兵衛本)
 49 三木(毛利家本)
 50 本能寺(毛利家本)

幸若歌謡

 101 松の枝(高野氏幸若安信本・三浦氏幸若安信本)
 102 山科(三浦氏幸若安信本)
 103 老人(高野氏幸若安信本)
 104 一天平(幸若長明本)
 105 天下泰平(幸若長明本)
 106 長生殿(幸若長明本)
 107 時津風(幸若直良本)
 108 敷嶋(幸若直良本)
 109 天下帰伏(幸若直良本)
 110 四季の節(高野氏幸若安信本)
 111 都あたり(京入の内)(曲節本一本)
 112 日本記の内(短中之部)
 113 入鹿の内(曲節集・短中之部)
 114 大しよくはんの内(彰考館幸若安信本・曲節集・毛利家幸若安信本・幸若正信本・幸若正利本・曲節集一本・三浦氏幸若安信本)
 115 百合若大臣の内(幸若正利本・曲節集一本・幸若正信本・三浦氏幸若安信本・毛利家幸若安信一本)
 116 信太の内(曲節集一本・彰考館幸若安信本・高野氏幸若安信本・毛利家幸若安信一本・幸若直房本)
 117 満仲の内(曲節集・曲節集一本・毛利家幸若安信一本・幸若正信本)
 118 鎌田の内(彰考館幸若安信本・曲節集一本)
 119 雪吹の内(短中之部)
 120 伏見常葉の内(短中之部・曲節集・彰考館幸若安信本)
 121 兵庫の内(曲節集・幸若正利本・高野氏幸若安信本・曲節集一本)
 122 硫黄ヶ嶋の内(短中之部・幸若正利本・曲節集)
 123 文学の内(三浦氏幸若安信本・短中之部・曲節集・毛利家幸若安信本・彰考館幸若安信本)
 124 木曽之願書の内(三浦氏幸若安信本・短中之部)
 125 敦盛の内(曲節集・舞々詞・幸若正利本・角倉素庵写本・幸若正信本)
 126 那須之与一の内(三浦氏幸若安信本・短中之部・幸若正信本)
 127 景清の内(短中之部)
 128 蓬莱ノ山の内(短中之部・幸若正信本)
 129 九穴之貝の内(短中之部)
 130 常葉問答の内(短中之部・幸若正信本)
 131 笛之巻の内(短中之部・幸若正利本・彰考館幸若安信本)
 132 未来記の内(彰考館幸若安信本・短中之部)
 133 鞍馬出の内(短中之部)
 134 烏帽子折の内(曲節集一本・幸若正利本)
 135 腰越の内(短中之部・幸若長明本・曲節集)
 136 堀川の内(短中之部)
 137 四国落の内(短中之部・曲節集・高野氏幸若安信本・彰考館幸若安信本・毛利家幸若安信本)
 138 司土の内(彰考館幸若安信本・曲節集一本・幸若直房本・高野氏幸若安信本・幸若長明本)
 139 勧進帳の内(幸若正信本・曲節集・短中之部)
 140 笈捜の内(短中之部・毛利家幸若安信一本・幸若正利本)
 141 八嶋の内(幸若正信本・幸若正利本・毛利家幸若安信一本・曲節集一本・彰考館幸若安信本)
 142 清重の内(短中之部・彰考館幸若安信本・三浦氏幸若安信本)
 143 高館の内(曲節集・曲節集一本・彰考館幸若安信本)
 144 一満箱王の内(三浦氏幸若安信本・幸若正信本)
 145 元服曽我の内(短中之部・彰考館幸若安信本・曲節集)
 146 和田酒盛の内(短中之部・曲節集・彰考館幸若安信本)
 147 夜討曽我の内(幸若正利本・曲節集・毛利家幸若安信一本・曲節集一本・彰考館幸若安信本)
 148 十番斬の内(曲節集・短中之部・彰考館幸若安信本)
 149 張良の内(短中之部・幸若正信本・彰考館幸若安信本)
 150 新曲の内(幸若正信本・毛利家幸若安信本・彰考館幸若安信本・高野氏幸若安信本・三浦氏幸若安信本)
 151 三木の内(幸若正信本・彰考館幸若安信本)
 152 本能寺の内(彰考館幸若安信本・幸若正信本)
 153 熊野落の内(幸若長明本)
 154 湊川の内(幸若長明本)


幸若舞曲集(1943年刊)翻字版 WEB凡例

  1:底本は『幸若舞曲集 本文』(笹野堅編 1943年 第一書房 国立国会図書館デジタルコレクション)です。
  2:底本の旧漢字は現在通用の漢字に改めました。
  3:底本の合略仮名や二字以上の繰り返し記号は、それに相当する漢字・仮名に直しました。
  4:底本の傍点、音曲符は全て省略しました。
  5:翻字版は、底本をそのまま翻字し、校訂版は、以下の操作を加え、読みやすくしています。
   a 句読点・濁点・カギ括弧を付す。
   b 改行を適宜行う。
   c 送り仮名を加除・訂正する。
   d 上記のほか、底本の誤りと思われる箇所を正す。
  6:校訂は、『舞の本』(麻原美子・北原保雄校注 1994年 岩波書店)、『舞の本』(松沢智里編 1987、88年 古典文庫)、『幸若舞曲研究』(1979~2004 三弥井書店)を参照しました。
  7:なお、底本には、現代では差別的とされる表現がありますので、その点、ご注意ください。

江戸期版本を読む INDEX

『幸若舞曲集』(1943)校訂版 WEB目次
翻字版WEB目次)

幸若舞曲

 01 日本記(大頭左兵衛本)
 02 入鹿(大頭左兵衛本)
 03 大織冠(大頭左兵衛本)
 04 百合若大臣(大頭左兵衛本)
 05 信田(毛利家本)
 06 満仲(毛利家本)
 07 鎌田(毛利家本)
 08 伊吹(大頭左兵衛本)
 09 伏見常葉(毛利家本)
 10 築島(大頭左兵衛本)
 11 硫黄が嶋(大頭左兵衛本)
 12 文覚(大頭左兵衛本)
 13 夢合はせ(藤井氏本)
 14 馬揃へ(大頭左兵衛本)
 15 木曽願書(大頭左兵衛本)
 16 敦盛(大頭左兵衛本)
 17 那須与一(大頭左兵衛本)
 18 景清 付 牢破り(大江本) 上 下  
 19 浜出(大頭左兵衛本)
 20 九穴の貝(藤井氏一本)
 21 常葉問答(越前本)
 22 笛巻(毛利家本)
 23 未来記(内閣文庫本)
 24 鞍馬出(内閣文庫本)
 25 烏帽子折(大頭左兵衛本)
 26 山中常葉(大頭左兵衛本)
 27 靡常葉(平瀬氏本)
 28 腰越(毛利家本)
 29 堀川(内閣文庫本)
 30 四国落(大頭左兵衛本)
 31 静(大頭左兵衛本)
 32 富樫(大頭左兵衛本)
 33 笈捜し(大頭左兵衛本)
 34 屋嶋(毛利家本)
 35 岡山(平瀬氏本)
 36 和泉が城(大頭左兵衛本)
 37 清重(大頭左兵衛本)
 38 高館(大頭左兵衛本)
 39 含状(大頭一本)
 40 一満箱王(毛利家本)
 41 元服曽我(内閣文庫本)
 42 和田酒盛(毛利家本)
 43 小袖曽我(大頭左兵衛本)
 44 剣讃嘆(大頭左兵衛本)
 45 夜討曽我(大頭左兵衛本)
 46 十番斬(毛利家本)
 47 張良(内閣文庫本)
 48 新曲(大頭左兵衛本)
 49 三木(毛利家本)
 50 本能寺(毛利家本)

幸若歌謡

 101 松の枝(高野氏幸若安信本・三浦氏幸若安信本)
 102 山科(三浦氏幸若安信本)
 103 老人(高野氏幸若安信本)
 104 一天平(幸若長明本)
 105 天下泰平(幸若長明本)
 106 長生殿(幸若長明本)
 107 時津風(幸若直良本)
 108 敷嶋(幸若直良本)
 109 天下帰伏(幸若直良本)
 110 四季の節(高野氏幸若安信本)
 111 都あたり(京入り)(曲節本一本)
 112 「日本記」の内(短中之部)
 113 「入鹿」の内(曲節集・短中之部)
 114 「大織冠」の内(彰考館幸若安信本・曲節集・毛利家幸若安信本・幸若正信本・幸若正利本・曲節集一本・三浦氏幸若安信本)
 115 「百合若大臣」の内(幸若正利本・曲節集一本・幸若正信本・三浦氏幸若安信本・毛利家幸若安信一本)
 116 「信田」の内(曲節集一本・彰考館幸若安信本・高野氏幸若安信本・毛利家幸若安信一本・幸若直房本)
 117 「満仲」の内(曲節集・曲節集一本・毛利家幸若安信一本・幸若正信本)
 118 「鎌田」の内(彰考館幸若安信本・曲節集一本)
 119 「伊吹」の内(短中之部)
 120 「伏見常葉」の内(短中之部・曲節集・彰考館幸若安信本)
 121 「兵庫の内」(曲節集・幸若正利本・高野氏幸若安信本・曲節集一本)
 122 「硫黄が嶋」の内(短中之部・幸若正利本・曲節集)
 123 「文覚」の内(三浦氏幸若安信本・短中之部・曲節集・毛利家幸若安信本・彰考館幸若安信本)
 124 「木曽願書」の内(三浦氏幸若安信本・短中之部)
 125 「敦盛」の内(曲節集・舞々詞・幸若正利本・角倉素庵写本・幸若正信本)
 126 「那須与一」の内(三浦氏幸若安信本・短中之部・幸若正信本)
 127 「景清」の内(短中之部)
 128 「蓬莱の山」の内(短中之部・幸若正信本)
 129 「九穴の貝」の内(短中之部)
 130 「常葉問答」の内(短中之部・幸若正信本)
 131 「笛の巻」の内(短中之部・幸若正利本・彰考館幸若安信本)
 132 「未来記」の内(彰考館幸若安信本・短中之部)
 133 「鞍馬出」の内(短中之部)
 134 「烏帽子折」の内(曲節集一本・幸若正利本)
 135 「腰越」の内(短中之部・幸若長明本・曲節集)
 136 「堀川」の内(短中之部)
 137 「四国落」の内(短中之部・曲節集・高野氏幸若安信本・彰考館幸若安信本・毛利家幸若安信本)
 138 「司土」の内(彰考館幸若安信本・曲節集一本・幸若直房本・高野氏幸若安信本・幸若長明本)
 139 「勧進帳」の内(幸若正信本・曲節集・短中之部)
 140 「笈捜し」の内(短中之部・毛利家幸若安信一本・幸若正利本)
 141 「屋嶋」の内(幸若正信本・幸若正利本・毛利家幸若安信一本・曲節集一本・彰考館幸若安信本)
 142 「清重」の内(短中之部・彰考館幸若安信本・三浦氏幸若安信本)
 143 「高館」の内(曲節集・曲節集一本・彰考館幸若安信本)
 144 「一満箱王」の内(三浦氏幸若安信本・幸若正信本)
 145 「元服曽我」の内(短中之部・彰考館幸若安信本・曲節集)
 146 「和田酒盛」の内(短中之部・曲節集・彰考館幸若安信本)
 147 「夜討曽我」の内(幸若正利本・曲節集・毛利家幸若安信一本・曲節集一本・彰考館幸若安信本)
 148 「十番斬」の内(曲節集・短中之部・彰考館幸若安信本)
 149 「張良」の内(短中之部・幸若正信本・彰考館幸若安信本)
 150 「新曲」の内(幸若正信本・毛利家幸若安信本・彰考館幸若安信本・高野氏幸若安信本・三浦氏幸若安信本)
 151 「三木」の内(幸若正信本・彰考館幸若安信本)
 152 「本能寺」の内(彰考館幸若安信本・幸若正信本)
 153 「熊野落」の内(幸若長明本)
 154 「湊川」の内(幸若長明本)


幸若舞曲集(1943年刊) WEB凡例

  1:底本は『幸若舞曲集 本文』(笹野堅編 1943年 第一書房 国立国会図書館デジタルコレクション)です。
  2:底本の旧漢字は現在通用の漢字に改めました。
  3:底本の合略仮名や二字以上の繰り返し記号は、それに相当する漢字・仮名に直しました。
  4:底本の傍点、音曲符は全て省略しました。
  5:翻字版は、底本をそのまま翻字し、校訂版は、以下の操作を加え、読みやすくしています。
   a 句読点・濁点・カギ括弧を付す。
   b 改行を適宜行う。
   c 送り仮名を加除・訂正する。
   d 上記のほか、底本の誤りと思われる箇所を正す。
  6:校訂は、『舞の本』(麻原美子・北原保雄校注 1994年 岩波書店)、『舞の本』(松沢智里編 1987、88年 古典文庫)、『幸若舞曲研究』(1979~2004 三弥井書店)を参照しました。
  7:なお、底本には、現代では差別的とされる表現がありますので、その点、ご注意ください。

江戸期版本を読む INDEX

五 心の切れたる小刀屏風  武士は心の素直なるものと知らるる事

 古代、家下に神変ある事を語り伝へり。
 菊酒は加賀の名物にして、重陽の御祝ひの水、久しき代々のためしぞかし。大書院は、仙人尽くしの墨絵。紅の雪の洞に、四季を分かたず花咲き、実のなる桃の立ち枝の好もしき風情。いづれか大名の御物好き、こせらぬ事をこそ豊かなる眺めなれ。
 殊更近年、小刀屏風とて、世にある程の正銘を集め、小柄の作り物、美を尽くされしに、その潔き事、この上、何かあらじ。総じて、人は移り気なれば、諸家中共に、清らなる小刀箱を拵へ、それ相応に嗜まれしは、武士に似合はざる事にはあらざりき。
 その頃、家老職の家にして秘蔵の小柄、両度まで見えざる事あり。ひそかに詮議し給ひけれども、そのありか、知れず行きぬ。又或る時、御月待ち執行あそばされし夜半に、御差料の小柄、紛失せし事、度重なつて御腹立。この度は、つどつどに御詮議遂げられしに、泊り番組の小姓衆の寝道具、茶道坊主の役にして、葛籠に畳み込む紫布団の下より、御尋ねの小柄、顕はれ出、この事、包まず横目衆に披露致せし。この小姓の身に覚えはなくて、武士一分の立ち難く、是非もなき覚悟に及べる時、召し使ひの小者、団八と申せしが、供部屋よりすぐに駆け落ちせし事、その隠れなく、御前の御耳に立てける。
 諸役人の思惑にも、「さては、この者が仕業なるべし。」と極めての御沙汰ありて、主人は当分遠慮して、御奉公を引かれける。その上、方々へ追手をかけられしに、いまだ国中を離れず、小松といふ所の片里にて搦め来り、早速注進申し上ぐれば、その者、吟味役人に仰せ付けられ、様子段々、尋ねられしに、団八、少しも動ぜず。「私の心から、小柄を忍びて盗み取り候。」と一筋に申し上ぐれば、幾度の詮議もこれに極まり、団八を成敗の庭に引き出す。
 時に、大横目の何がし、団八最後を相延べ、所存、一通り申されし。「子細は、まづ下人として、御腰の物かかりし御居間まで、参るべき故無し。又、主人は、大分の禄を下し給はれば、何か金銀の小柄なればとて、乏しくは存ぜざる所なり。しかれば団八、『みづから盗み取る。』と言ふとも、そのままに成敗、成り難し。これを察する所、主人の面目救はんため、その科を我が身に引き請け、一命に立ち替はる事、下人には優しき心底なり。」と掻い取つてその道理を申されければ、皆、「尤も。」と評定あつて、この事、御前へ申し上げ、団八が命を乞ひ請け、重ねて心中を聞き給ふに、各々の推量、少しも違はず。「末々には奇特なる者。」と世上にその名を触れける。
 されば、悪事千里を走る。虎林といへる掃除坊主、前後の小柄を盗み取る事、自然と顕はれ、世の掟とは成りける。
 かの団八、年久しく武士の勤めを退屈して、大聖寺の門前なる民家に身を隠し、門はしるしの杉をなびかし、わづかなる酒商売をせしに、正直を以て世を渡る事、行く水に数書く通ひ樽も集ひ来て、十年余りに富貴の家とは成りぬ。連れたる妻に一人の娘ありて、今は三歳の春も過ぎ、卯月の初め頃より、団八、大病を引き請け、次第に枕上がらず。生薬を与へつれども、更に験気のなき事を悲しく、「夫婦のよしみ、この時」なれば、その心に任せ、昼夜の取り扱ひ、残る所もなかりき。
 「今は、世の限り。」と見えし程に、「自然、なき跡にても、この家の絶えず、娘がための書き置き。」と様々に勧めけるに、日頃は賢き団八も、浮世の欲といふもの。大分の金銀に心を残し、浮雲、命の内にも、書き置きはせざりき。妻たる人、この心中を恨みながら、身を砕き看病尽くしけるに、いまだ時節の来らんや、再び験気得て、昔の団八に成りぬ。
 喜び、日を重ねて後、親類縁者、酒事をして呼び集め、髭、月代を改め、その座敷に於いて、「猶五百八十まで。」と長命を祝ひ、千秋楽を謡ひて後、内儀、立ち出て、右の段々、恨みの旨を言ひ破つて、「是非の暇」を乞ひけるに、各々驚き、色々なだめけれども、「最後まで妻に惜しまるるも、夫婦の語らひせし甲斐こそなけれ。我、一生の暇。」と振り切つて出て行きける。
 団八、立腹して、「やがて思ひ知るべき女心。」と程なく後妻を求め、語らひをなしけるに、三年ばかり過ぎて又、大病に冒され、「今を限り。」の時、過ぎにし妻の事、思ひ出して、しるべある人に尋ねけるに、「それよりは髪を切つて、世を一人、あだに暮らせし。」と語りければ、団八、感涙を流し、後妻にそれぞれの{*1}所務分けして、財宝残らず昔の妻にこれを譲り、末々栄えて、「御方酒屋」とて、ささの小笹を国中になびかしける。

新可笑記 終


校訂者註
 1:底本は、「それ(二字以上の繰り返し記号)所務分(しよむわけ)」。『新可笑記』(1992)に従い改めた。

四 腹からの女追剥  武士はその時に変はる子どもの事

 古代の人の言へり。「物には同気相求むる事、善にあり。悪に殊更なり。」
 その頃は、東の奥道、奉行の仕置を用ゐず、追剥、夜盗の沙汰、やむ事なかりしに、今、君が代の道筋広く、捨て置いても取り上げざる、黄金花咲く海山まで、松に風絶え、浪に音せず、人に邪なかりしに。
 後奈良院大永二年の春、陸奥に隠れなき盗賊の、名取川瀬越の何がしとて、往来の人をあやめて、金銀、荷物押領して、世の外なる分限と成り、身の程知らぬ奢りを極め、「都を見る初め。」とて、人あまたにて上りけるが、遊興の余りに美女を見出し、これ、恋ひ侘びける。その人は、昔に衰へる人の息女なるが、邪なる人とも知らず、「渡世の心安きは、都より東も住みよかるべし。女に定まる家無し。」とて、その盗賊に給はれば、馬、乗り物を急がせ、古里に立ち帰り、かの美女を愛して、世は世盛りと暮らしぬ。
 この息女、何となく下りて、次第に由なき世渡りを見て、浅ましく悲しく、女、帰る道もしるべなく、「とかくは身捨て、これまで。」と極めし日数もふりて、馴染めば、その血に染まり、剥ぎ取る小袖の、「今宵は仕合せ。」と言ふを嬉しく、むごき物語も心よく、切刃を付けし山刀も怖ろしからず、おのづから夫の悪心に同じ。それより年経て、娘を二人儲けて、行く末喜びし。
 この夫、病死して、頼りなき後家と成りて、又、東に住むもうるさし。家にありつる諸道具を、夫の同類なる人、取り貪りて、残る物とて鑓、長刀。すぐなる心を今はゆがめて、今日を暮らせる便りもなくて、男のすなる夜の形。街道に出て、手にあふ旅人の物を奪ひ取り、一日を送りぬ。
 二人の娘もおとなしく成れるに、里近き狭布の細布織り習はせる業はなくて、夫の悪事をこれにまで伝へて、怖ろしく拵へて、「武士はよけて、町人、里人を脅して、何にはよらず、取りて参れ。」と勧めける。形優しければ、情けの道も知るべき娘ども、性は元を顕はし、父の心に変はらず。毎夜、ちまたにて母を育くみける。
 或る夕暮に、野沢の一つ道行くに、誰かはここに置き忘れぬ、続きの絹の十疋ありしを、「天の与へ。」と悦び、兄弟の仲なれども、色の良き絹を争ひ、五疋づつ引き分けて、「花見る春も近づけば、紅梅、藤色にも染め、夏は単を卯の花衣に裁ち縫ひして、女風情作る事」を、姉も妹も互に欲心出来て、「今宵は、姉を伴はずは、みづから一人の物なるに。帰さの広野にならば、姉を殺し、絹を丸めん。」と思ひし。
 姉も又、分けたる絹を惜しみ、「妹の命を取りて、残らず我が物に。」と二人の悪心、同じくして、機嫌良く道を急ぐに、野墓の焼くるを見て、姉、無常を観じ、「さても口惜しき所存や。思へば、わづか絹五疋に、現在の妹を、命を取るべき心入れ。さりとては、世にあるべき沙汰ならず。」と心中に観念して、「とかくは、これ故にさもしき。」と、かの絹を人焼く煙の中へ投げ込めば、妹も一度に打ちくべ、同じ灰にぞなしける。
 姉、不思議に思ひ、「何とて絹は捨てけるぞ。」と尋ねしに、妹、涙ぐみ、「今更申すも恥づかし。無用の物を拾ひて、それより心の外の欲心起こり、そなたの命取りて、母には、『旅人の働きにて、是非なく殺されたる。』と語り、その歎き顧みず。五疋の絹故、浅ましき心ざし」申せば、姉も横手を打ちて、「我が思ひ入れ、それに同じ。永からぬ世に生まれ、殊に女の身として、かかる悪逆。後世の程、恐ろし。」人を脅せし刃物を焼き捨てて、これより菩提に入り、母にも勧めて、仏の道うとからず、心憎き三人比丘尼と成りぬ。
 まことに、「無明無体、全依法性。」とやらん。聖の言へる、「氷消えては、清き水となる」ためしぞかし。

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三 乞食も米になる男  武士は心の朽ちせぬ浮世の事

 古代、心ざしまことなる武士あり。年久しく南部の城下に住めり。
 さる事ありて、同役三人、一度に浪人せし事、侍の習ひとは言ひながら、身の行く末、定め難し。妻子引き連れ、南部の屋形を出し時、「いづく、いかなる所に住めりとも、三人の入魂は、やめじ。」と申し交はせし内、松井の何がしといふ人、信州松本に立ち越えしが、程なく、「病死。」と告げ来れり。日頃のよしみに、その跡を遠山氏の何がし、これは武州に立ち退き、親類のよしみを以て、時めく御家に身代済みて、先知五百石、昔に変はらぬ弓大将。「武運は尽きず。」と悦びを重ねぬ。
 今一人の古傍輩、田川氏の何がし、上方に上るの由。妻子なき身の心安さは、今に廻国仕るなり。その後は、文通絶えて、ひとしほその人ゆかしく、「住める所の知れなば、我が身代の事を告げ知らせて、悦ばする事も。」と明け暮れこれを忘れざる折節、近衛の御所へ、改まる春の大礼代、仰せ付けられ、年の内より身拵へして、月代も春の色めく三保が崎は、おのづと松立て飾る風情。富士の煙の絶えずも大福喜びなど、立ち続く民家を過ぎて、年経ぬる身も、「若やぐ。」と言ふ正月言葉に、面影、鏡山に写し、勢田の道橋、君が代の永々と渡り、松本といへる宮の森蔭に、都の春を夢と成し、いびきは湖水響き、三井の晩鐘を鼻にきかせて、入り日を歎かず、曙を喜ばず、なければ喰はぬまでの二つ五器を、楽しむ物は火打ち箱に松風の音、時に編笠吹きまくり、面影を見れば、正しく田川の何がし。
 左の方の額に向かふ傷をしるし、「これは。」と馬より飛び下り、驚き、子細を聞くに、田川、常なる顔つきして、「浪人の時は、かかる身過ぎも、何か恥なるべし。唐国にも、伍子胥といへる者あり。主君を養育のため、形を変へ、昼は伏して夜半に出、簫を吹き、腹鼓を打つ音を成し、万民を慰めて食を乞ひ、後には天運を開けり。この身は、昼を遠慮の子細あり。我が身は、昼夜の世間を怖れず。」と古に変はらぬ渋面顔。「さりとは、気を凝らさぬ侍や。」と不憫は外になりて、暫し立ち物語過ぎて、後付け開けて、路銀の内、十両。「当分、入用に使ひ給へ。」と渡せば、田川、少しも悦ぶ気色なく、「世の重宝、今の{*1}我が身の何の益にも立ち難し。人疑へば、これを砕きて使ふべき才覚無し。これよりは只、鳥目百文。」と言へり。田川が心任せにして、「都の帰りさまに、東の別れを又ここにて。」と約諾して。
 遠山の何がし、都の使者を相勤め、かの松本に行き、田川と数々の物語。暇乞ひ、「只今頼みし主人、自然召し抱へられば、先知にて堪忍し給ふべきか。」と言へば、「そなたと又、傍輩の願ひあれば、住むべき。」と言ふを喜び、急ぎ東武に下り、御返事を差し上げて、かの老中、諸役人の付き合ひにて、「田川、心底さすがの侍。」と、よしなに物語せし事、誰が申し上ぐるとはなく、大殿の御耳に立ちて、「その者の心ざし、ゆかし。もしこの家に済まば、右の三百石にて連れ来れ。」と上意有り難く、遠山、再び松本に上り、田川にこの事、聞かせければ、「この儀は、ひとへに貴殿の取り持ち。」と心から勇みを成し、「この身に成りても一腰は捨てじ。」と三條室町呉服所、菱屋の何がしに預け置きし具足一領、鑓一筋、大小など、取りに遣はし、同道して東に下るに、遠山、挟箱を開けて、「当分は、これなりとも。」と小袖を遣はしけるに、田川、一円請けず。「存ずる子細もあれば、某はこのまま。」と様々の了簡を請けず、破れ薦を身に纏ひ、江戸に下りぬ。
 ぢきに御目見えの用意、遠山が屋形にて、「髭、月代も改めん。」と言へば、田川、苦々しき顔つきして、「某が事、御前へ非人の境界を申し上げられずや。しからば、このままにて御前へ。」と申す。遠山、興覚めて、色々諫言するに、更にこれを用ゐず。是非なくこの儀、言上申せば、「その者が願ひの通り、目見え請くべし。」と仰せ出され、非人をありしままに、広庭に罷り出、首尾残る所なく、御目見え相済みて後、身を改め、御奉公を相勤めけるに、さすが一理屈ある武士にて、勤め次第にうとからず。その御家の重宝と成りにける。

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校訂者註
 1:底本は、「今(いま)我(わ)が身(み)」。『新可笑記』(1992)に従い改めた。

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