江戸期版本を読む

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【翻字】
 花の色もとうかん なきも世中に こく見えぬれば うつろひにけり

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 月花を見てもう つろひかくる事つね の理なり人のまじはり も又かくのごとしかの 誰かあひくみするこ となきにくみしなど いへる三人のあはき交(ましはり) などさも有ぬべし 又君子の交(ましはり)は淡(あはう)し て水のことしとも いへり小人(せうじん)ははじめ ある事やすくして 終りあることすく なしいくとせふると いへどもしたしく なれむつびてまじは りのうつろはざるやう にこゝろがくべし

【通釈】
 花の色も、心やすい付き合いも、世の中に濃く濃密に見えた時にはもう、移ろい衰えて行く時が始まっているものである。

 月や花を見ても、色が褪せたり欠けたりする事は、当然の道理である。人の付き合いもこれと同じである。「誰か相与する事無きに与し(誰が互いに相談しないままで味方し合ったりしたことがあろうか)」と言った、あの三人の淡い付き合いなどは、なるほどそうでもあったであろう。又、「君子の交わりは淡うして水のごとし(立派な人物同士の付き合いは、あっさりしていて水のようである」とも言う。つまらない人物は、付き合い自体は簡単に始まるが、付き合いが永続する事は少ないものである。何年経っても親しく仲良くして、付き合いが衰えたりしないように心掛けるべきである。

【語釈】
・等閑なし…日ごろ非常に親しくしている。心安い。
・うつろふ…移り変わっていく。色があせる。心変わりする。
・かの「誰かあひくみすることなきにくみし」などいへる三人のあはき交…「かの~三人の淡き交」が何を指すかも、文意自体も、共に不詳。
・君子の交は淡うして水のごとし…諺。「君子の交際は、水のように淡白であるが、その友情はいつまでも変わらない」。『荘子』山木篇に見える言葉。
・小人…度量や品性に欠けている人。

【解説】
 第四十二首目は、「人の交際も必ず衰える」ことについて詠んでいると、注釈は説明しています。ただし、歌が単純にそれを言っているのに対し、注は「君子の交」を例外として、それを心がけるようにと戒めています。絵は、満開の花に鳥が飛び来る場面を描いています。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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【翻字】
 よしよしと 人にはいひて 世中に 大事のゐれい しらぬものなり

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 人のいさめをしへをも われはさとりがほに よしよしといひすて 何の大事かともち ひずなげやうなる 人のちのゐれいを しらざる故後悔 さきにたゞずして せんかたもなき物なり 違例は何にてもつねに かはりたることをいふ又 やまひをもいふ也 やまひ一事にていふときは はじめかりそめのいた みのときはよしよしと いひて後は命をおとす 害ある事をしらぬ 世中の人心也此一事 につきて万事を おしあきらむべし

【通釈】
 世の中で、人には「大丈夫、かまわない」と言って、大変な結果になる事を人は(往々にして)気付かないものである。

 人の諫めや教えを、自分は分かった顔をして「大丈夫、大丈夫」などと言って、「何が大変なものか」と聞き入れず、放って置くようにしている人が、後になって大変な事になるのに気付かないために、「後悔先に立たず」で
取り返しのつかない事になる(ことがよくある)ものである。「違例」というのは何事によらず「普通ではない異常な事」を言う言葉である。又、(特に)「病気」を指す事もある。病気一つをとって言うならば、最初はちょっとした痛みがある時には「大丈夫、大丈夫」と言って、後に命を落とす事になるのに気付かない(というのが、一般の)世の中の人の心である。この事だけについて見ても、それから他のあらゆる事を推し量りわきまえるべきである。

【語釈】
・大事…たいへんな結果。非常に心配な事態。
・違例…いつもと違うこと。病気。
・なげよう…不詳。「放棄する様子である」意か。
・せんかたなし…なすべき手段や方法がない。どうしてよいかわからない。どうしようもない。
・かりそめ…一時的なこと。
・あきらむ…明らかにする。はっきりさせる。

【解説】
 第四十首目は、「人は重大事を予見しがたいものだ」ということについて詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、奥の部屋で男性が布団に横になり、左手に数珠を持っています。手前の座敷では、一人の男性が奥の人を指さして、対坐する男性に何か言っています。一番右手の男性は、その人に左手を差し伸べて何か制しているように見えます。その男性が恐らくは、「良し良しと人には言ひて世の中に大事の違例知らぬ」人であるという、絵の趣旨なのでしょう。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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(◎:翻読不能箇所あり)

  

解題 総目次      

  

【翻字】
 世中の ちかづきてたゞ よからんは 物しりくすし 情(なさけ)ある人

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 人は善悪の友に よるなれば智者と ともなふ時はおのづから 道に入べしやまひは医 者の手によらずんば 命をまつたくする事 有べからず三友(ゆう)の内 なさけ有人とのたま ひしにて此卿生前の心 地まで思ひやられて有 がたくそおぼえ侍る 人の世をおくるにたか きいやしきともに情(なさけ) なくてはたつべからず なさけは人のためなら ず人をめぐむときは 人もまた我に なさけあるは世の ならひなり

【通釈】
 世の中で、近付いてただもう良いばかりである友は、博学な人、医者、思いやりのある人である。

 人の善悪は、付き合う友人次第であるから、賢い人と共にいる時は、自然と尊い道に入るはずである。病気は医者にかからなければ、命を全うすることはできない。(守武卿の挙げる)「三友」の内、「思いやりのある人」とおっしゃったことから、守武卿の生前の心まで想像できて、ありがたく思われます。人の世を生きていくのに、身分の貴賎を問わず、思いやりを持たなくては人生は立ち行くはずはない。「情けは人の為ならず」、人に恵みを施せば、人も又自分に思いやりをかけるのは、世の習いである。

【語釈】
・道…神仏の教え。特に、儒教・仏教などの教義。
・物知り薬師情けある人…『徒然草』百十七段に「よき友、三つあり。一つには、物くるゝ友。二つには医師。三つには、智恵ある友」とあるのをふまえる。ここではその内の二つをそのまま残し、「情ある人」を加えている点に、吉田兼好と違う荒木田守武の独自性があると注者は見ている。『徒然草』からの引用は、「八 世の中によき友達を持ちぬるは 心憎くも見えにけるかな」の注に既にある。
・此卿…歌の作者である荒木田守武を指す。
・たかきいやしき…身分の高い者と低い者。

【解説】
 第四十一首目は、「良い三種類の友人」について詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、その「三友」を上から順に描いているようです。中央の本を前に置いている男性が恐らくは「物知り」、それに対座している坊主頭の人が「くすし」、左手の道で倒れている人に手を差し伸べている女性が「情ある人」でしょう。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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