【翻字】
むらさきの 色より深き 世中に よくにははぢを かきつばたかな

これも古哥を直(すぐ)に 出せり哥のこゝろは 欲心はむらさきの 色よりも深きに よりて自ら省(かへりみ)る ことかたければつひ には恥をかくをも しらずあさましきとなり 紫といふ縁より かきつばたとはいひ かけたるなり
【通釈】
紫の色よりも深い(人知の及ばぬ道理で成立している)この世の中で、欲深に生きると(必ず)恥をかくことだ。
この歌も古歌を直接に引いている。歌の心は、「人の欲心というものは、紫の濃い色よりもさらに濃く、自分からそれを反省する事が難しいものであるから、(欲にとらわれて生きると、)結局は恥をかいてしまうことになるが(、それに気づかずに生きている姿は)あさましいことである」という意味である。「紫」の縁から「杜若」と詠み掛けたものである。
【語釈】
・これも…注にはこれ以前に古歌に直接言及したものは見えない。「二十」注に「富士は三国無双の名山なれば爰にいひかけて」とあるが、万葉集の山部赤人の長歌「天地の…駿河なる富士の高嶺を…」を引いているという意を含んでいたか。
・古歌…藤原俊成「紫の色は深きをかきつばた浅沢小野にいかで咲くらむ」(「俊成五社百首」春日)を指すか。
・古歌…藤原俊成「紫の色は深きをかきつばた浅沢小野にいかで咲くらむ」(「俊成五社百首」春日)を指すか。
【解説】
第二十九首目は、「欲深に生きると恥をかく」ことを戒めて詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、竹垣の内外で言葉を交わしあう二人の女性を描いています。外にいる女性が杜若を右手に提げ、杜若が咲く池があることから、花をもらいに来たところかも知れません。