江戸期版本を読む

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【翻字】
 むらさきの 色より深き 世中に よくにははぢを かきつばたかな

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 これも古哥を直(すぐ)に 出せり哥のこゝろは 欲心はむらさきの 色よりも深きに よりて自ら省(かへりみ)る ことかたければつひ には恥をかくをも しらずあさましきとなり 紫といふ縁より かきつばたとはいひ かけたるなり

【通釈】
 紫の色よりも深い(人知の及ばぬ道理で成立している)この世の中で、欲深に生きると(必ず)恥をかくことだ。

 この歌も古歌を直接に引いている。歌の心は、「人の欲心というものは、紫の濃い色よりもさらに濃く、自分からそれを反省する事が難しいものであるから、(欲にとらわれて生きると、)結局は恥をかいてしまうことになるが(、それに気づかずに生きている姿は)あさましいことである」という意味である。「紫」の縁から「杜若」と詠み掛けたものである。

【語釈】
・これも…注にはこれ以前に古歌に直接言及したものは見えない。「二十」注に「富士は三国無双の名山なれば爰にいひかけて」とあるが、万葉集の山部赤人の長歌「天地の…駿河なる富士の高嶺を…」を引いているという意を含んでいたか。
・古歌…藤原俊成「紫の色は深きをかきつばた浅沢小野にいかで咲くらむ」(「俊成五社百首」春日)を指すか。

【解説】
 第二十九首目は、「欲深に生きると恥をかく」ことを戒めて詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、竹垣の内外で言葉を交わしあう二人の女性を描いています。外にいる女性が杜若を右手に提げ、杜若が咲く池があることから、花をもらいに来たところかも知れません。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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【翻字】
 世中に 花紅葉より おもしろきものは 大かたしんしやくの道

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 しんしやくは神釈也 慈悲正直のたへなる をしへの道は花紅葉 の色香よりまさりて おもしろきと也神釈 の二つをいふときは 儒は其中にあり

【通釈】
 世の中で、花や紅葉より趣があって素晴らしいものは、たいてい神道と仏教である。

 「しんしゃく」は、(神と釈迦、すなわち)神道と仏教である。(仏教の)慈悲と、(神道の)正直という素晴らしい教えの道は、花や紅葉の美しさより優って絶妙であると、この歌は表現しているのである。神道と仏教の二つを言う時は、儒教はその中に含まれている。

【語釈】
・おもしろし…趣がある。風流だ。すばらしい。
・おおかた…大体。大ざっぱに言って。
・神釈…神道と仏教。
・妙…極めてすぐれていること。すばらしいこと。絶妙。

【解説】
 第二十八首目は、「神道や仏教の教えは絶大な魅力がある」ことを詠んでいると、注釈は説明しています。さらに、「神道と仏教」の中に儒教も含まれていると注釈しています。絵は、室内で僧侶と神官が書物を見ながら対座していて、そこに一人の子供が茶を運んできている場面を描いています。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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【翻字】
 よの中はいのちを捨(すつ)る 人の上にほうけぬもあり ほうくるもあり

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 人の重しとする所の もの生より重きはなし 然れとも忠臣義士は 一命を君にさゝげ又は 父兄朋友の仇(あだ)をむく ゆる其例これ多し 是等の人は生を軽ん じて義を重んじ千載 に名をのこすほうけ ずして命をすつる也 また女色に溺れ悪 事にくみして自滅 をとるは命をすつる 事は同じけれとも これほうけてすつる ものなり天地懸隔 の違ひといふべし

【通釈】
 世の中は、命を捨てる人について言うと、冷静な人もいれば、夢中になった挙句の人もいる。

 人が重いと考えるもので、命より重いものはない。けれども、忠臣義士といった人々は一命を主君に捧げ、又は父兄や朋友の仇を討つ(ために投げ出すといった)例は多い。こういった人々は生を軽んじて義を重んじ、千年にその名を残している。(つまり、)冷静に命を捨てたのである。一方、女性の色香に溺れ、(あるいは)悪事に味方して自滅を選ぶのは、(命を捨てるという点では)同じだけれども、(欲に目がくらんで)夢中になって捨てたのである。(両者は)天地ほどに違うと言わなければならない。

【語釈】
・上…ある物事に関すること。
・ほうける…一つのことに夢中になる。ぼんやりする。
・千載…千年。長い年月。ちとせ。
・とる…選んで、どちらかのほうに決める。
・天地懸隔…天と地ほどに大きな違いがある。

【解説】
 第二十七首目は、「命を捨てる行為にも、その仕方によって値打ちは変わる」ことを詠んでいると、注釈は説明しています。欲に夢中になり自滅するのと、正義のために死を選ぶのとは全く違うと主張してます。絵は、水辺で一人の女性が水を見ながら立って合掌している姿を描いています。おそらく入水するのでしょう。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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【翻字】
 世中はとくして人に ほめられて そんして人に わらはるるあり

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 己を利するものは 人のにくみあり己を 減するものは人を救ふ の理あればほめらるゝ 事のあるは是常なり 然るに叓によりては 己とく分ある上に ほまれ来り己損失 する上にそしりを招く 事もあればこの処を 考へしりて智愚の 跡得失の分をも 弁(わきま)へ愚者のしわざ に效(なら)ふ事なかれ

【通釈】
 世の中は、得した上に人に褒められ、損した上に人に笑われることがあるものだ。

 自分が得をするように振る舞う者は人に憎まれる。(逆に)自分が損をするように振る舞う者は、(それが間接的に)人を助ける理屈になるから、褒められる事があるのが世の常である。ところが場合によっては、自分に得となる上に名誉まで得たり、自分が損をした上に非難を受ける、そんな事もあるから、この点をよく考えて、(過去の)知者や愚者の先例や、損得の分かれ目をわきまえて、愚者の先例に倣うという事がないようにしなさい。

【語釈】
・跡…先人の手本。先例。
・分…分けられた部分。ある範囲の分量。

【解説】
 第二十六首目は、「損した上に非難を受ける事への戒め」を詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、一人の武士が一人の武士の上に馬乗りになり、今にもその首を取ろうと刀を振りかざしている場面を描いています。手柄を立てて誉れを受ける、あるいは討ち取られた上に嘲罵される、という意味で示されているのでしょうか。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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【翻字】
 いのるにも よらじとむりを いふならば 神も仏も いらぬ世の中

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 我愚(おろか)にして天命に限 ある事をしらず身に 及はぬ官禄をいのり 程に過たる富貴を求(もとめ) その為(ため)にとて大願をか け其事叶(かなひ)侍らぬとて 神も仏もなき事といひ たき儘(まゝ)に無理をいふは 是ぞ神も仏も入らぬ世 中にて可憫難化の やからなり神明を祈(いのり) て感応(かんおう)ある理(り)深き ことはりあれど暫(しばし)爰(こゝ)に もらし侍る詮を取ていふ ときは誠の至ると至(いたら) ざるによるまことあれ ば明鏡ひかりを合て 影なきの地よく味(あちは)ふべし

【通釈】
 「(幸不幸は神仏に)祈ることにも依らないだろう」などと無理なことを言い出したら、神も仏もいらない。この世の中は。

 自分が愚かで、天寿に限りがあることもわきまえず、身の程に過ぎた官位や俸禄を祈り、財産や地位を求め、そのために(神仏に)大願を祈り、それが叶いませんでしたからといって、「神も仏もないものだ」などと、言いたい放題に無理な事を言うのは、これこそ「神も仏もいらない世の中」であって、憐れむべき救いがたい輩である。神に祈って神がそれに応えてくれる道理、深い道理はあるが、それをここで少しお知らせしますが、その要点を抜き取って言うならば、(それは祈りが)誠心誠意であるか否かによる。(心に)誠があれば、「明鏡光を合わせて影なきの地」(という言葉を)、よく味わうべきである。

【語釈】
・天命…天の定めた寿命。天寿。
・官禄…官位と俸禄。
・大願…
・可憫…注には訓点があり「憫(あはれむ)べき」と読める。
・難化…教え導くのが難しいこと。
・神明…神。神祇。
・感応…信心が神仏に通じること。
・もらす…秘密や隠していることを知らせる。
・詮…物事の要点。眼目。
・明鏡…一点の曇りもない鏡
・明鏡ひかりを合て影なきの地…不詳。「心は澄み切って塵影一つない」の意か。

【解説】
 第二十五首目は、「神仏への信心」の重要性を詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、室内に夫婦者らしい男女がいて、女性が神棚に向かい手を合わせている場面を描いています。神棚に祀られているのは、恵比寿・大黒のようです。


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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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