江戸期版本を読む

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【翻字】
 成まじき事は世中 ちからなしなるべき事は ちがへずもがな

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 力に及ばぬ事をせよと の教(をしへ)はなしその器に あらぬ人に聖賢の行(おこなひ) を責め仏の五百戒をたもたせひんきうの ものに堂塔仏閣を 建立せよなといはゝ なしかたからんたゞ程に つけてなるべき程のその 道をちかへずして守り たきとの意也かなとは こひねがへる詞也孟子 に泰山をわきばさんで 北海をこえよといは ゝこれ能(あた)はざるところ也 長者の為(ため)に枝を折(をれ) といはゞ難(かた)きには非ざる べしといへるを図せる ものなり

【通釈】
 できるはずもない事は、この世の中(にはあるものだが、それ)はどうしようもない。できるはずの事は実現させたいものだなあ。

 「能力の及ばない事をしなさい」という教えはない。その器ではない者に聖人や賢者のような立派な振る舞いを要求したり、比丘尼の五百戒を守らせたり、貧乏な者に堂塔仏閣を寄進建立せよなどと要求するならば、実行する事は困難であろう。ただ、その人の身分境遇に従って、実行可能な程度にその人の守るべき道を、それに背かないように守りたいものであるという(歌の)趣意である。『孟子』に「『泰山を小脇に挟んで北海を跳び越えよ』と言うならば、(実行は)不可能である。『年寄りのために枝を折れ』と言うならば、困難ではないはずだ」とあるのを(下の挿絵は)描いたものである。

【語釈】
・ちがふ…前に考えていたことや取り決めたことが現実のそれと同じでない。
・ちからなし…どうしようもない。やむを得ない。
・五百戒…比丘尼が守らなければならない戒律。
・孟子に…『孟子』梁惠王上篇に見える。
・泰山…中国山東省にある山。
・北海…渤海。
・長者…年上の人。年長者。
・枝を折る…『孟子』では「按摩をする」意。「枝」は「肢(てあし)」。

【解説】
 第二十四首目は、「可能なことは実現させたい」という事を詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、女性が満開の花の枝に手を伸ばしながら、それを欲しがっている二人の男女の子供を振り向いている姿を描いています。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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【翻字】
 世中はたゞ何事も 人なみに有ぬべきこそ 見てもよからめ

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 何事もとあれば万(よろづ) おごらず倹せず為(なす) べき事は為し身の 分限相応其節を 得て有ふならば人間(にんけん) の一分にして世の交(ましは)り もなり外見よりも ◎みする事なかる べしこれ甚(はなは)だやすき に似て至て難(かた)き心 得なり下に絲竹の 遊を図したるは哥の 意にはあたらず

【通釈】
 世の中は、ただもう何事も人並みでいるのが良いという事は、(その外見を)見て(みた時の印象)も良いことであろう。

 (歌に)「何事も」とあるから、万事贅沢をせず、けちけちもせず、すべき事はして、財産相応に適度な程合いで身を処するならば、世間の一部分としての存在として世間の交際もでき、外見より◎する事もないであろう。これは至って容易な事のようで、きわめて難しい配慮である。下に管弦の遊びを描いているのは歌の意味とは関係がない。

【語釈】
・おごる…ぜいたくをする。
・倹…つづまやかにする。質素にする。
・分限…財産・資産のほど。財力。
・節を得る…孔穎達『周易正義』「節卦第六十」に見えるが不詳。ここでは「適度なほどあいを得る」の意か。
・人間の一分…ここでは「世間のごく一部分(としての自分)」の意か。
・◎みする事…翻字不能。下に画像を挙げる。

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・糸竹…「糸」は琴・箏などの弦楽器、「竹」は笛・笙などの管楽器を指す

【解説】
 第二十三首目は、「何事も人並みに行動・交際する」ことの重要性について詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、室内で貴族三人が横笛、笙、琴を演奏している場面を描いていますが、注に「歌とは関係がない」とわざわざ明記されています。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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【翻字】
 はづかしと 人を思はぬ 世中は ちくしやうよりも あさましきかな

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 人は万物の長にして五 倫五常をかねそなへ 恥をしり情(なさけ)を〔掛〕る こそは人の人たる道なれ しかるに俗にいふ恥を恥 と思はねば一生恥をか かすといふたぐひの人は誠 にあさましき事の限 なり畜生は恥といふ 理はしらね共猫の鼠を 制し犬も門戸(もんと)を守る 理はしれり恥を知らぬ人 はかく己がせいをしりぬる 畜生にもおとりてあさ ましき事なれば学(がく) 文(もん)の道をあきらめて 恥をしりて人たるへき 道をまもるべしとの いましめなり

【通釈】
 恥ずかしいと人に対して思わない(ような、そんな)世の中は、畜生よりも(劣る)あさましいことであるなあ。

 人は万物の霊長であって、五倫五常の道徳を兼ね備え、恥を知り情けをかける(事を知っている)事こそは、人が人である道である。それなのに、俗に言う「恥を恥とも思わないならば、一生恥をかかない」というような人は、実にあさましい限りである。畜生は恥という道理はわきまえ知らないが、猫が鼠を捕り犬も家々の門戸を守るという道理はわきまえ知っている。恥知らずな人はこのように自身の本性を知っている畜生にも劣る、あさましい事であるので、(つまり、この歌の心は、)学問の道を明らかにして、恥を知り、人たるべき道を守るべきであるという戒めである。

【語釈】
・人は万物の長…『尚書』周書に「惟れ人は万物の霊なり」(『尚書』周書・泰聖上篇)にある。
・五倫五常…人として常に踏み守るべき道徳のこと。「五倫」は父子の親、君臣の義、夫婦の別、長幼の序、朋友の信。「五常」は仁・義・礼・智・信。
・かぎり…極限。最大限。
・せい…人が本来そなえている性質。うまれつき。たち。
・あきらむ…明らかにする。はっきりさせる。

【解説】
 第二十二首目は、「恥を知る」ことの重要性について詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、家の土間で、猿回しが猿に扇子を持たせて何か芸をさせており、それを、赤ちゃんを抱いた女性と子供が見ている場面を描いています。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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【翻字】
 能智あり おぼえのあらば 程よりも しやうくはんせむと おもへよの中

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 前の哥には物事を まなぶうへをいひ此 哥にてはその事 すでに成就のうへを のべたり韓退之(かんたいし)が ことばに一芸に名 あるものは庸(もちい)られず といふことなしといへりやんごとなき氏(うぢ) すじやうの人といへ ども無智無能な れば人にうとんぜら れ芸能の徳あれ ばそのほどよりも しやうくはんせられん は雲泥のちがひな れば幼稚の時より も諸道のまなび ゆだんすべからざる 事なり

【通釈】
 能力や知恵があり、評判がよく目上の人に認められているならば、家柄や出自以上に出世するだろうと思いなさい。この世の中は(そういうものである)。

 前の歌では(諸道を)学ぶ際(の心構え)を言い、この歌では既に(その学びが)成就した上での事を述べている。韓退之の言葉に「一芸に秀でて名のある者であれば、登用されないことはない」とある。貴い出自の人であるとしても、知恵も能力も共になければ、人に疎んじられるし、(逆に)諸芸に秀でた学徳があれば、身分以上に官位が進むであろうことは、雲泥の差であるから、幼時から諸芸諸道の学習に油断してはいけない。

【語釈】
・能智…能力や知恵。
・覚え…「評判。世評」。あるいは「寵愛。目上の人からよく思われること」。
・韓退之…韓愈(768~824年)。唐代の文人。唐宋八大家の第一に挙げられる。
・一芸に名あるものは庸られずといふことなし…韓愈「進学解」の一節。
・ほど…身分。地位。家柄。
・昇官…官位があがること。上級の官位にすすむこと。

【解説】
 第二十一首目は、「出世するには出自より能力才芸が重要である」ことについて詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、三人の貴族が室内で顔を合わせて何やら話をしている場面を描いています。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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【翻字】
 世中はものゝけいこをするがなる ふじの高ねに 名をあげよ人

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 およそ諸道を学ぶ には心ざしをはげまし 一際(きは)にすぐれ出んと 思ひとりて学ばざれば 上たつする事は 有まし富士は三国無双 の名山なれば爰にいひ かけて物のけいこするに は三国にも及ぶばかりの 名をとらんと思ふほどに 心ざしをはげむべしとの ほしへなり蛍をあつめ て書を学び雪に映 して文(ふみ)を見し人々いに しへ今に名をあけし ためしみな此哥の心 ばへにひとしく心ざしを 立(たて)ずしてはかゝる名 は世にのこらじ

【通釈】
 世の中は、ものの稽古を(志を抱いて熱心に)すれば、その道は成就するものである。富士山のような高い名を上げなさい。

 およそ、諸々の芸道を学ぶにおいては、志を奮い立たせ、一段と秀でようと決心して学ばないことには、上達は望めないものである。富士山は三国に比類ない名山であるから、それに掛けて、ものの稽古をする際には、三国中に及ぶほどの名を得ようと、思うほどの志を奮い立たすべきであるという教え(をこの歌は表しているの)である。蛍を集め(、夜はその光で)書物を読み(学び)、雪(明かり)に映して(その光で夜に)書物を見た人々(の故事や)、昔や今の(諸道で)名を上げた(人々の)例は皆、この歌の心と同じであり、志を立てないでいては、こうした(高)名は世に残らないであろう。

【語釈】
・稽古…芸能・武術・技術などを習うこと。
・するがなる…「駿河なる」と「するが成る」を掛けた掛詞。
・三国無双…日本・中国・インドの三つの国を通じて並ぶものがないこと。この世で比べるもののないこと。
・蛍をあつめて書を学び雪に映して文を見し人々…『晋書』車胤伝、孫康伝。いわゆる「蛍雪」の故事。

【解説】
 第二十首目は、「諸道の臨む際に高い志を持って稽古する」ことの重要性について詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、二人の女性を描いています。手前の女性は縁側に座り、上の女性は室内で琴を弾いています。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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