江戸期版本を読む

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【翻字】
 世中に文(ふみ)はおちちる 物なれば 用じん してぞかくべかりける

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 かりそめにいひ出せる ことばさへ人の もれきゝてはよから ぬ事もあるべし まして文に認(したゝ)めん にはおちちりても いさゝかそのとが なきやうに用心し てむさとは書ま しきなり微(すこしき)なる 事の上に慎(つゝしみ)のある をいへるなり

【通釈】
 世の中で、手紙は散逸するものであるから、用心してかくべきであるなあ。

 ちょっと口に出した言葉さえ、人が伝え聞くと、それが良くない事につながる場合があるだろう。まして手紙に書くと、それが散逸しても、それがちょっとした過ちにでもつながらないように用心して、軽率に書いてはならない。小さな事でも慎重にする(のが大切である)事をこの歌は言っているのである。

【語釈】
・文…手紙。書状。
・とが…人から責められたり非難されたりするような行為。あやまち。しくじり。
・むさと…軽率にことをするさま。うっかりと。いいかげんにことをするさま。やたらに。
・すこしき…少ないこと。小さいこと。
・つつしみ…慎むこと。控えめに振る舞うこと。

【解説】
 第八十七首目は、「手紙は軽率に書かない」ことの重要性について詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、武士が対面して話をしており、上座にいる方の武将が手に書状を握っている場面が描かれています。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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【翻字】
 世中に物くさくして物知らで ものをばもたで物にかゝりて

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 われからとこそ はぢをかきけりと いふ句にあまの かるものしりがほは みぐるしやといへる 付あひの心成べし こゝによめるわざ皆 はぢをかく道なり 物くさくとはさな がら物をもしれる けしきにてひつきや う物をしらず一物 もなくして万物に かゝるこれらもの もたずの市だち あなみくじでふね のぞくといふ世中 のわらひぐさなり


【通釈】
 世の中で、物ぐさ、物を知らない、物を持っていない、物に頼っている、こういったあり方はいずれもよろしくない。

 「自分から恥をかいたことだ」という前句に「海人の刈る藻、その〈も〉ではないが、ものを知ったかぶりした顔は見苦しい事だよ」という句を付けた付合の心で詠んだ歌であろう。この歌に詠み込んでいる振る舞いは皆、恥をかく道筋である。「物くさく」とは、あたかも物を知っている顔をして結局はものを知らない(事を言う)ず。一つも(これといったものを)持っていないで、(取るに足りない)ものに頼っている。こういった物をもたない〈市だち〉が〈あなみくじでふねのぞく〉(とい うのは)、世間のお笑い草である。

【語釈】
・ものくさし…なんとなく怪しい。めんどうくさい。
・かかる…意味が多く不詳。「頼みとする。頼る」の意か。
・あまのかる…「海人の刈る」で「も(藻)のしりがほ」を導く修辞。
・物知り顔…いかにも物事を知っているような顔つき。
・われから…「自分から。みずから」の意の「我から」に、海藻に付着する動物の「ワレカラ」を掛けている。
・つけあい…連歌・俳諧で、五・七・五の長句と七・七の短句を付け合わせること。
・道…ある目的や結果に行きつく道すじ。
・ひっきょう…つまるところ。結局。
・これらもの~のぞくといふ…文意不詳。

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【解説】
 第八十六首目は、「知ったかぶり、無知、貧乏、物頼み、これらはいずれも良くない」ことについて詠んでいると、注釈は説明しています。注は、後半は解釈不能です。また、前半の「物くさくして」の説明は疑問が残ります。歌の通釈は、注によらずに訳してあります。絵は、刀や衣類か何かを持ち去る男性、着物に手をかける男性、その男性に掌をかざし、何やら懇願している風の男性が描かれています。畳の上にある書面はあるいは借用証文で、右の男性は借金のかたに着ている着物まで脱がされようとしているのかもしれません。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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【翻字】
 世の中にせまじき物は 我はがほ そらごとぬすみ せうぶいさかひ

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 わがすこしきげい のうにほこりわれ なくてはとひげ くいそらしたるもの いとつらにくし善 にほこる事なか れと顔回ののた まひしも此心なり そらごとぬすみ せうぶいさかひとも にせまじき事 なれはつねづね つゝしみまもるべし

【通釈】
 世の中でしてはいけない物は、威張る事、嘘をつく事、盗む事、勝負事、そして争い事である。

 自分の少しばかりの学問や能力、芸事の腕前を自慢し、我こそはと威張る者は、顔を見るのも憎らしいものである。「自分の善行を自慢してはいけない」と顔回が仰ったのも、同じ心からである。嘘をつく事、盗む事、勝負事、争い事、すべてっしてはならない事であるから、常日頃から慎み、(正しい道を)守るべきである。

【語釈】
・芸能…学問・芸術・技能などについてのすぐれた能力。教養として身につけなければならない学問・芸術などの技芸。生花・茶の湯・歌舞音曲などの芸事。
・我は顔…我こそはと思い上がっている顔つき。得意顔。
・髭食い反らす…髭を口にくわえたように生やし、その先の方を反らす。威張ったさま。
・つらにくし…顔をみるのも憎らしい。
・善にほこる事なかれと顔回ののたまひし…『論語』公冶長篇に見える言葉。
・そらごと…うそ。いつわり。

【解説】
 第八十五首目は、「威張る事、嘘をつく事、盗む事、勝負事、そして争い事は慎む」ことの重要性について詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、花札とお金が散らばる座敷で、一人の男性が一人の男性の胸ぐらをつかみ、それを一人が後ろから制止しようとし、一人は後ろからそれを眺め、一人は外を見て煙管を吸っている場面を描いています。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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【翻字】
 世中はちゑはうべんに たゞしくて身を おさめんぞ めてたかるべき

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 智恵方便は心に かけていふなりお よそ人その身を おさめんにはまづ その心の才智を あきらかにし思慮 の手だてをたゞし うしてさてその 身をまつたふおさ むべしとなり身を おさめんと欲する ものはまづその心 を正しうすと大学 にも出たり時宜を 知りて一辺に偏ら ぬを方便といふ

【通釈】
 世の中は、智恵と方便を正しくして、身を修めるとしたら、素晴らしい事であろう。

 「智恵方便」は、心に関して言っているのである。そもそも人が身を修める時は、最初に心の才智を明らかにして、思慮という(身を修めるための)手段を正しいものにしてから、その身を確かなものに修錬しなければならないとこの歌は言っているのである。「その身を修めたいと願う者は、まず(身よりも先に)心を正しくする」と、『大学』にも出ている。時機をわきまえて一方に偏らない(で修錬できるできる心性を)方便と言う。

【語釈】
・方便…人を真実の教えに導くため、仮にとる便宜的な手段。ただし注末の説明とは整合しない。
・かける…そのことに関する。
・てだて…目的を達成するための方法・手段。
・まつたし…完全だ。無事だ。
・大学…儒教の経典の一つ。引用は『大学』経一章に見える。
・時宜…時がちょうどよいこと。適当な時期・状況。
・一辺… 片側。一方。

【解説】
 第八十四首目は、「心を修めてから身を修める」ことの重要性について詠んでいると、注釈は説明しています。歌は単に「心身の修養の素晴らしさ」を詠んでいて、「修錬心を先にし身を後にする」ことを強調する注は、若干儒教的教えに偏した解釈をしています。絵は、脇息によって書物を読む侍と、床に積まれた書物と聖王の画像が掛けられている場面が描かれています。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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【翻字】
 世中はけふ人の上 あすはわが 身のうへなりと こゝろえんかな

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 けふは人の身の上 にてあすはやがて わがみのうへにうつり くることは春過(すぎ) て夏くるがごとし 盛者必衰のな らひ会者定離 のためしまでも うき世のさまに もれぬ事なれ ば一生を過(すご)す身 にしてはよくよく此 こゝろをさとり 心得てみちに たがひまよふこと なかれとなり

【通釈】
 世の中は、今日人の上に起きたことが、明日は我が身に起こる事であると思い知る事だなあ。

 今日は人の上に起きたことが、明日は我が身に降りかかる事は、春が過ぎると夏が来るのと同じで(必然で)ある。この世は無常であり、勢い盛んなものは必ずいつか衰え、出会った人とは必ず別れる日が来るという定めも、この浮世では例外なく起こる事だから、一生を送る身として十分によくこの真理をわきまえて、人の道を踏み外したり迷いの道に入ってはならないとこの歌は言っているのである。

【語釈】
・盛者必衰…この世は無常であり、勢いの盛んな者もついには衰え滅びるということ。
・ならひ…世のさだめ。世の常。
・会者定離…この世で出会った者には、必ず別れる時がくる運命にあること。
・ためし…前にすでにあったこと。先例。前例。
・心…物事の本質をなす意味。

【解説】
 第八十三首目は、「人の身の上に起こる事は明日は我が身と考える」ことの重要性について詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、二人の徒歩武者が刀をかざして迫るのを、一人の騎馬武者が刀で追い払おうとしている場面を描いています。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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