江戸期版本を読む

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【翻字】
 よき事はためしにもひけ よからさる ことはためしに ひくな世中

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 賢者のおこなひを 手本としてつとめ なば自(おのつか)ら賢徳を 得べしいまだにはかに 賢人の地には至らず とも愚悪の行跡(かうせき) には遠さかるべし しやくしを定規に つかふといふ諺の ごとくよこしまなる 事をためしにひく 世間このともから なしといふべからず 必ずこれ等の人に くみすることなかれ

【通釈】
 良い事は手本にしなさい。良くない事を手本にしてはいけない。世の中は。

 賢者の行為を手本にして努力すれば、自然と賢さや徳が身につく。すぐに賢人の地点には到達しないまでも、愚者悪人の行状からは遠ざかるであろう。曲がっている杓子を定規に当てて使うという諺のように、道に外れた事を手本にする人は、世間にいないわけではない。決してそのような人の仲間に加わってはならない。

【語釈】
・ためし…手本になるようなこと。模範。規範。
・賢徳…賢明で、徳のあること。
・地…場所。ところ。
・行跡…人がおこなってきた事柄。行状。身持ち。
・杓子を定規に使う…曲がっている杓子を定規代わりにすること、正しくない定規ではかること。
・よこしま…正しくないこと。道にはずれていること。
・くみする…仲間に加わる。味方する。同意する。

【解説】
 第七十八首目は、「手本を正しく選ぶ」ことの重要性について詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、脇息に手を置いて書物を読む男性の前で、しゃもじに刃物を当てて紙を切っている男性の姿を描いています。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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【翻字】
 世中の正体(しやうだい)なしは なすこともなければ ありききてはぬるのみ

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 身の産業にうと く学問諸芸に心 がけもなく何すべき わざもなきものは たゞいたづらに あくまでくらひいづく ともなくうかれあ りき帰り来て打 ぬるは正体なしの すたれ人といふべし 孟子に飽(あく)まで食(くら) ひ暖(あたゝか)に衣(き)て逸居(いつきよ) してをしへなきは 禽獣に近しといへり

【通釈】
 世の中にいる正気のない人というのは、する仕事もなくただうろつき歩いてやって来ては寝るだけである。

 生業の事もよく知らず、学問や諸芸に心得もなく、何もする事のない人は、ただ無駄に食べるだけで、あてもなくぶらつき歩き、帰って来ては寝るだけなのは、正気のない役立たずと言うべきである。『孟子』に、「食べるだけ食べて暖かに服を着てのんびり暮らしていても教育のない者は、動物に近い」と言っている。

【語釈】
・正体…正気。
・産業…生活していくための仕事。職業。生業。
・うとし…よく知らない。
・うかる…あてもなくさまよう。ふらふらと出歩く。
・すたる…不用になる。
・孟子に…『孟子』滕文公篇に見える言葉。
・逸居…気楽に暮らすこと。

【解説】
 第七十七首目は、「無為徒食は人として正気ではない」ことについて詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、何か道具を使って手仕事をしている男性の目の前で、横寝して肘をつき、煙管を吹かせている男性の姿を描いています。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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【翻字】
 心にも入(いり)てあつかふ 物ならばくじは ぶゐにやならん世中

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 公事(くじ)沙汰出入の うつたへをするもの ともにてつせきの 心をたもつて いひ出せるわざなれば それをあつかふには かりそめの挨拶にて 和解せんこと必定 難かるべし衷情よ り出て心をくだき 身にかへてあつかふ ほどならばなどか 無為にはならざら んや


【通釈】
 親身になって仲裁するならば、裁判は平穏無事に収まるだろうか。世の中は。

 訴訟や裁判、争い事の訴えをする者は、(原告被告)共に極めて堅い意思で言い出した事であるから、それをいい加減な仲裁で和解するのはきっと難しいはずである。真心を込めて一身に代える位の意気込みで仲裁するならば、どうして平穏無事に収まらないことがあろうか。

【語釈】
・入(いり)て…「いり」のふりがな不審。「いれ」の意か。「心に入る」は「深く心に留める。親身になる」。
・あつかふ…仲裁する。
・公事…訴訟およびその審理・裁判。
・無為…平穏無事なこと。
・沙汰…物事を処理すること。特に、物事の善悪・是非などを論じ定めること。裁定。また、裁決・裁判。
・出入…俗に、争いごと。もめごと。けんか。
・鉄石の心…きわめて堅固な意志。鉄心。
・かりそめ…いいかげんなこと。
・挨拶…争い事の中に立って仲裁すること。
・必定…きっと。かならず。
・衷情…うそやいつわりのない、ほんとうの心。

【解説】
 第七十六首目は、「真心で訴訟を裁く」ことの重要性について詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、座敷で二人の男性が対坐し、互いに熱心に話に身を入れている場面を描いています。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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【翻字】
 一声を時鳥(ほとゝぎす)より きゝたきは 道あることを かたる世中

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 道は大道なり我 日の本の神の をしへの道をはじ めとして孔子老子 釈迦みな人をみち びく道にあらずと いふことなしこれ 一声山鳥曙雲の 外にあざやかにして わづかに耳をよろ こばしむるにもまさ りてきかまほし きとなり

【通釈】
 時鳥の声よりも聞きたい一声は、道があるという事を語る声である。世の中は。

 「道」とは「大道」の事である。日本の神の教えの道を始めとして、孔子・老子・釈迦それぞれの教え、全て人を導く道でないものはない。これは、「一声山鳥曙雲の外」という漢詩にある、山時鳥が一声曙の雲の彼方で鮮やかに鳴いた、その声がかすかにかに聞こえて耳を喜ばせたという、その喜びにも勝って、それより聞きたい声である、と詠んでいるのである。

【語釈】
・大道…人の行うべき正しい道。根本の道徳。
・一声山鳥曙雲の外…『和漢朗詠集』夏・郭公に見える許渾の詩の一節。

【解説】
 第七十五首目は、「道を説く正しい教えを聞きたい」ことについて詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、奥の座敷に着飾った女性が四人いるのに見向きもせずに、机に向かって書物を読んでいる男性の姿を描いています。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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【翻字】
 よの中に けうくんきかず つれなくは いかなることか有明の月

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 いとけなきより師友 のをしへなく酒色を ほしいままにして人 より教訓異見を加へ いるゝとてもいさゝか 耳に入(いれ)ず己が心に 任せて行ひ傍若無人 ふりまひの人はすゑ つひにはいかなるまさ なきとがはしたな き事かあらんと也 有明はつれなきの えんのことばなり

【通釈】
 世の中で、人の教えを聞かずに知らんぷりしていると、どんな事になるだろうか。

 幼少時から先生や友人の教えを受ける事もなく、酒や色事をしたい放題にして、人から忠告や諫めを聞いても少しも聞き入れず、欲望のままに行動し、傍若無人に振る舞う人は、最後にはどのような良くない罪過やみっともない目に合うであろうかとこの歌は言っているのである。「有明」は「つれなき」に縁の深い言葉である。

【語釈】
・有明…「(いかなる事か)有る」の意を「有明」と掛けている。
・教訓…教えさとすこと。
・つれなし…素知らぬふうだ。冷淡だ。
・師友…先生と友人。
・酒色…飲酒と色事。
・異見…自分の思うところを述べて、人の過ちをいさめること。
・ふりまひ…「ふるまひ」の意か。
・まさなし…よくない。不都合だ。見苦しい。予想外だ。
・とが…あやまち。しくじり。罰されるべき行為。罪。
・はしたなし…きまりが悪い。体裁が悪い。
・有明はつれなきのえんのことばなり…百人一首にも「有明のつれなく見えし別れより暁ばかり憂きものはなし」(壬生忠岑)「今来むといひしばかりに長月の有明の月を待ち出でつるかな」(素性法師)など、「有明の月」に「つれなき(恋人)」を詠み掛けた歌が見える。

【解説】
 第七十四首目は、「人の教えに耳を傾ける」ことの重要性について詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、月夜に一人の娘が、長い棒を持った男性に縛られて、どこかへ連れて行かれる場面が描かれています。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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