江戸期版本を読む

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【翻字】
 世中に人を何とも思はぬは くわんたいにして いたりなきかな

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 上(かみ)をうやまひ 下(しも)をめくみ礼譲 慈愛ともとも五 常の心なきは 人道(にんとう)にはづれし おこなひなり人を なにとも思はぬは じじやうの心なふ しておのれをた かぶるのつみくわん たいきはまりなし いたりなきとはき はまりなしと いふこゝろ也

【通釈】
 世の中で、人を何とも思わないのは、この上もなく無礼、無作法であるなあ。

 目上の人は敬い、目下の人には情けをかけ、礼譲慈愛ともに、仁義礼智信の五つの道徳を心に持たないのは、人の道に外れた行為である。「人を何とも思はぬ」というのは、謙譲の心もなしに尊大にふるまうという罪がこの上もない。「いたりなき」とは「この上もない」という心である。

【語釈】
・緩怠…無礼、無作法なこと。
・至り…極まったところ。至極。きわみ。行き届いていること。思慮・学問などの深さ。
・めぐむ…情けをかける。いつくしむ。恩恵を施す。施しを与える。
・五常…儒教で、人が常に守るべきものとする五つの道。 仁・義・礼・智・信の五つの道徳。
・辞譲…へりくだって他人に譲ること。謙譲。
・たかぶる…思い上がった態度をとる。尊大に振る舞う。
・きはまりなし…この上もない。限りがない。

【解説】
 第七十三首目は、「人をないがしろにするのは無礼である」ことについて詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、馬に乗った中間のような人物が従者を連れた貴人に道で出くわしている場面を描いています。恐らくは、貴人に出会って下馬の礼をとらない右の男性の無礼を描いているのであろうと推測されます。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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【翻字】
 忠をこそ 人にせずとも 心なき そのはたらきは何ぞ世中

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 おのれが心を人に つくすを忠といふ 哥のこゝろはさやうの よき事は得(え)せず ともせめて人のため に心なきあしき はたらきはかならず せまじき事ぞと なり忠なきうへに 人道にそむくあし きはたらきならば 何ぞ世にある人と いはんやといたくいま しめたることば也

【通釈】
 人に真心を尽くさないまでも、思いやりのないその働きぶりは一体何なのか。世の中は。

 自分の心を人に対して尽くす事を「忠」と言う。この歌の心は、そのような立派な事はできなくても、せめて人に対して思いやりのない悪い事は決してしてはならないぞという事である。「真心がない上に人としての道に背いた働きであるなら、どうしてそのような人を、世の中にいなければならない人であると言えようか」と、厳しく戒めた言葉である。

【語釈】
・忠…真心。誠意を尽くすこと。
・こころなし…思いやりがない。

【解説】
 第七十二首目は、「思いやりのない仕事をしてはいけない」ことについて詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、洗濯をして着物を竹竿に掛けて干している一人の女性の姿を描いています。女性は眉を八の字にして笑みを浮かべ、何やら悪意を抱いているようです。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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【翻字】
 誰もたゞ たらざる事を 心得は あまれる事はまして世中

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 過不及(くはふきう)なくして 中節をまもれとの をしへなり衣服 酒食のおごりに長じ て果はたらざる世を へるといふも道にあら ず財宝我にたれる うへにも利よくを むさぼりこがねを してほくとのほしに さゝへんとねかふも よからぬ事なり あまれる事はまし てといへるは過たるは なほ及ばざるがごと しと聖人のことば 思ひあはすべし

【通釈】
 誰でも、不足するという事を用心していれば、余るという事はなおさら用心するであろう。世の中は。

 「何事も適度にして節度を守りなさい」という教え(を詠んだ)歌である。飲食飲酒を贅沢にして、最後はお金に困って一生を終えるというのも、人として生きるべき道ではない。財宝が十分にある上にさらに欲張って、北斗七星に届くほどに財産を積むことを願うのも、良くない事である。「余れる事はまして」と詠んでいるのは、「過ぎたるは猶及ばざるがごとし」という聖人の言葉を考え合わせるべきである。

【語釈】
・心得る…気をつける。用心する。
・まして…なおさら。いわんや。
・過不及ない…適度である。ちょうどよい。
・中節…不詳。『中庸』に「節に中(あた)る」という言葉があり、その意か。節度にかなう。
・金をして北斗の星に支へんと願ふ…『徒然草』第三十八段に見える言葉。
・過ぎたるは猶及ばざるがごとし…『論語』先進篇に見える言葉。「何事でもやりすぎることはやり足りないことと同じようによくない」。

【解説】
 第七十一首目は、「浪費も蓄財も共によくない」ことについて詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、酒宴をしている座敷を背に、縁側で算盤を弾いている一人の男性を描いています。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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【翻字】
 世中に身のとりどころ なかりきと いはれんことや 無念ならまし

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 やぶれたるきぬがさ もしゝたるいぬを うづむるにたより有 かどはきのうばにも 応じたる用あり しかるに人品ひと なみに生(うま)れながら つねの心がけなくし て何の功なく徳か けて身のとり所 なしと世にうとん ぜられんは無念第 一ならざらんや

【通釈】
 世の中で、その身に取り柄がないと人に言われるとしたら、悔しいであろう。

 破れている絹の傘でも、死んだ犬を埋めるのに役に立つ。門の前を掃く老女でも、ふさわしい役割がある。それなのに、見た目は人並に生まれていながら、常日頃何の心がけもなく過ごした結果、何ができる訳でもなく人柄見識も十分でなく、取り柄がないと世間から嫌われるとしたら、何よりも悔しい事ではないか。

【語釈】
・とりどころ…取り立てていうだけの価値のある点。長所。とりえ。
・無念…くやしいこと。
・きぬがさ…絹を張った長柄のかさ。
・たより…都合のよいこと。便利なこと。
・かどはき…朝、かど(家の前)を掃き清めること。
・うば…年とった女。老女。老婆。
・人品…人としての品格。身なり・顔だち・態度などを通して感じられる、その人の品位。
・功…すぐれた働き。りっぱな仕事。
・徳…精神の修養によってその身に得たすぐれた品性。人徳。
・うとんず…嫌って、よそよそしくする。遠ざけて親しまない。
・第一…ほかのことはともかくとして。何よりもまず。

【解説】
 第七十首目は、「取り柄がないと人に言われるのは悔しい」ことについて詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、机に向かって何やら書いている男性の姿を描いています。恐らくは、このように常日頃から何かの修練に心がける事が大切であるとの意味で描いているのであろうと推測されます。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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【翻字】
 世中にふとかるべきは 宮ばしらほそかるべきは 心なりけり

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 はしらはふとくいた はあつかれとはやまと びめの神勅なり是 神をうやまふ礼敬(れいきやう) のあつきがいたす 所なりこゝろほそ かるべしとは毎事 つゝしみおそれて 心をみだりにほう らかさゞれとなり 文王の小心とのた まひしにもかよふべし

【通釈】
 世の中で、太くあるべきなのは宮柱、細くあるべきなのは心であるなあ。

 「柱は太く板は厚くあれ」とは倭姫が夢に見た神のお告げである。これは、神を敬う礼敬の心が篤いので、そのようにするのである。「心は細くあるべきだ」とは、何事にも畏れ慎んで、心をむやみに打ち捨ててはならないという意味である。古の聖王である文王が「心を慎む」と仰ったのにも通じるであろう。

【語釈】
・ほそい…気が小さい。繊細である。
・やまとびめの神勅…『倭姫命世記』泊瀬朝倉宮大泊瀬稚武天皇(雄略天皇)二十一年に見える記事。
・礼敬…礼をもって敬うこと。
・ほふらかす…うち捨てる。ほうり出す。
・文王…周王朝の始祖。聖王の一人。
・小心…細かいことにまでよく気を配ること。細心。注には訓点があり、「心を小(せむ)る」と読める。『詩経』大雅に見える言葉。

【解説】
 第六十九首目は、「宮柱は太く立て、心は細く慎む」ことの重要性について詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、神社の境内の様子が描かれています。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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