江戸期版本を読む

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【翻字】
 わざわひの出(いで)くる事は 世中の ことばひとつの いはれ成けり

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 三寸の舌頭のあや まりより終(つひ)に 五尺の身をほろ ぼす古今其例 少からず尚書に 惟口出好惟興 戎といへりもつとも 可慎は人間の 言葉の上なり

【通釈】
 世の中で災いが生まれるのは、言葉一つがその理由となるのであるなあ。

 三寸の舌の先の誤りから、最後に我が身を滅ぼしてしまう例は、今も昔も少なくない。『尚書』に「口から出る言葉は、人々の友好を生み出しもすれば、戦争を起しもする」とある。最も慎まなければならないのは、言葉である。

【語釈】
・いわれ…物事が起こったわけ。理由。
・尚書…中国の経書。五経の一。
・惟口出好惟口興戎…注には訓点があり、「惟口好を出し惟口戎を興す」と読める。大禹謨篇に「惟(こ)れ口好(よ)しみを出だし戎を興す」とある。

【解説】
 第五十三首目は、「言葉を慎む」ことの重要性について詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、汀で三人の武士が何やら話をしている場面が描かれています。鍬形打った立派な兜を被っている大将軍らしき人物に、書状らしきものを手に持った武士が片膝をついて話しかけているようです。源平の争乱を題材にした芝居か何かで、「不用意な発言によって破滅した」例があり、それをふまえた絵柄かと推察できますが、あるいは「腰越状」かもしれませんが、特定はできません。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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【翻字】
 世中にいはれ有をも 知らずして なんいふ事は れうじ成けり

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 おのれ少しき器な るをしらず管見に まかせて人のなし 置たる事の故実 ありともしらでとや かくもときいふは 浅はかなる小人の くせなり何事も 人にへりくたりて 問尋するにはしかず


【通釈】
 世の中で、由緒があるのも知らないで難癖を付けるのは不見識である。

 自分の器の小さい事も知らずに、狭い了見から人のした事が理由のある事であるとも知らずにとやかく非難し従わないのは、浅はかなつまらない人の癖である。何事も謙虚に、人に尋ねるのが良い。

【語釈】
・いわれ…物事が起こったわけ。理由。由緒。来歴。
・聊爾…いいかげんであること。考えのないこと。
・難…非難すべき点。難点。
・管見…狭い見識。視野の狭い考え方。
・もどく…さからって非難する。また、従わないでそむく。

【解説】
 第五十二首目は、「何事も謙虚に人に尋ねる」ことの重要性について詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、祠か何かを指さして同輩らしい人に話している侍風の男性が描かれています。祠の由緒を尋ねられて説明しているのか、それとも知らずにただいい加減な事を言っているのか、そのような想像が心に浮かびます。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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【翻字】
 世中はねみだれがみの 風情して きのういひしや今日かはるらん

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 人の心はかやりやすき ものなり男女の情 朋友の交(まじはり)とても 皆以てかくのごとし 始め終り礼により て私の心なければ 自(をのつか)ら変改なき也 張耳(ちやうじ)陳余が如きも 私の心出来て石交 も破れたり慎しむ へし

【通釈】
 世の中は、寝乱れ髪のようなもので、昨日言っていた事が今日は変わるというようである。

 人の心は変わりやすいものである。男女間の愛情も、朋友間の付き合いも、皆そのようなものである。最初も最後も私心というものがなく、礼によるものであれば、自然と変化することもない。張耳と陳余のような「刎頸の友」であっても、私心が生まれた結果、石のように堅い友情も破綻したのである。慎むべき事である。

【語釈】
・張耳陳余が如き…共に秦末漢初の人物。「刎頸の友」と互いを認めたが、後に仲違いし激しく憎悪し合った。
・石交…友情の堅いこと。

【解説】
 第五十一首目は、「人の心は変わりやすい」ことについて詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、室内で何か書き物をしている女性を、戸の隙間から武士と提灯を持った小者が覗いて様子をうかがっている場面が描かれています。夜の女性の寝所という以外に、歌との関連性のない絵柄です。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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【翻字】
 世中に物を あしくもいひなすは せうしなりける 人のくせかな

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 万の事もひとつは もてなしからにて 破れんとする事も 再び活ることあるべし 然るに我意に任せ てわる口さかなく いひちらすは夫々 癖多き中にも最 もせうしなる人の くせと謂べし毎々 自他の損害となる 其とが少からず

【通釈】
 世の中で、物を悪く言ってしまうのは、困った人の癖である。

 何によらず、扱い方によって、駄目になりそうな事ももう一度うまく行く事があるだろう。それなのに、自分本位に悪口をうるさく言い立てるのは、人それぞれ癖は多いけれども、一番困った癖と言うべきである。その度毎に、自分にも相手にも損にも害にもなり、その罪は少なくない。

【語釈】
・がら…そのものの品位・性質の意を表す。
・我意…自分一人の考え。自分の思うままにしようとする心持ち。わがまま。我。
・さがなし…意地悪だ。性格が悪い。口うるさい。口が悪い。
・笑止…困ったこと。都合の悪いこと。ばかばかしいこと。笑うべきこと。おかしなこと。

【解説】
 第五十首目は、「悪口は自他の害になる」ことについて詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、隣の座敷に座る侍を襖の陰から指さして、手前の座敷に座る二人の侍が何やらひそひそ話をしている場面が描かれています。本書の挿絵で男性がひそひそ話をする場面が今までにもありましたが、常に責められるべき悪い行動の例として描かれているようです。陰口を卑劣な振る舞いであるとする倫理観が伺われます。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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【翻字】
 やはらかにいひても ことは聞ゆるを など高声(かうしやう)に ひがむ世中

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 気をしつめ声を 和らけて言(いふ)ときは ものゝ道理よく 聞え侍るべきを 高声にものさはかし くいひさかすときは かたる人もくたびれ きく人もいとふ心 ならすして他の怒(いかり) にふれて事を 破る事多かるへし たゞ慎(つゝし)むべきは平 生の言語なり曽子 の辞気を出して こゝに暴慢に遠(とをざ)かる との自警論語に 見へたり

【通釈】
 柔らかく言っても言葉は通じるのに、どうして大声でがなり立てるのか。世の中は。

 気を静め、声を和らげて言う時は、物の道理も良く聞こえるものですが、声高に騒がしくわあわあと言って聞かせる時は、語る人もくたびれるし、聞く人もうんざりする。(その結果、)思いに反して人を怒らせ、うまく行かない事が多くなるだろう。ただもう慎まなければならない事は、ふだんの話し方である。曽子の「自分の言動に注意し、乱暴にならないようにしなさい」という自戒の言葉も『論語』に見える。

【語釈】
・高声…高い声。大声。こわだか。
・いがむ…激しい口調で立ち向かう。くってかかる。
・いひさかす…不詳。「いひきかす」の誤刻か。
・曽子の辞気を出してこゝに暴慢に遠かるとの自警…『論語』泰伯篇に見える言葉。「君子の道に貴ぶ所の者は三つ。容貌を動かしては斯に暴慢を遠ざく。顔色を正しては斯に信に近づく。辞気を出だしては斯に鄙倍を遠ざく」。
・自警…みずから戒め慎むこと。自戒。


【解説】
 第四十九首目は、「穏やかに話す」ことの重要性について詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、馬方と船頭が何やら話している場面が描かれています。仕事柄、言葉が荒く、大声で語る事の多い職種であると認識されていた事から、この歌の絵柄とされたのかと思われます。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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