江戸期版本を読む

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【翻字】
 おもくせむものともしらず 世中に たやすげなるは きしやうせいもん

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 きしやうせいしの 事は神慮をおど ろかしたてまつり ちかふ事なれば きはめておもくせん 事なるを今は かりそめの事にも たやすく取あつかふ はいかにぞやととが めたるなり

【通釈】
 重く考えて執り行うものとも知らずに、世の中でたやすげに行われているのは起請誓文である。

 起請誓紙の事は、神の御心を驚かせ申し上げて執り行う事であるから、極めて重く考えて執り行う事であるのに、今はちょっとした事でも気軽に執り行っているのはいかがなものかと(この歌はそうした世間の風潮を)咎めているのである。

【語釈】
・起請・誓文・誓紙…神仏への誓いを記した文書。
・神慮…神のおぼしめし。神のみこころ。

【解説】
 第三十五首目は、「神への起請は重く考え行う」ことの重要性について詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、男女が座敷で対座し、女性が起請文らしい文書を手に持って見ている場面を描いています。二人の脇にもう一枚、同じような文書が置かれていて、起請文が二枚見えます。同じ場所に二枚あるということから、起請文が軽々しく扱われていることを示唆しているようです。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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【翻字】
 世中に如在はさうに なけれどもきをあつかはぬ 人はきよくなし

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 心に如在なきは人に うとまるゝ事なしと いへとも其上にも きをあつかふ事を しらされは時として 過失をとる事ある へしこれ又憎む へきほとの事にも あらすといへとも きよくなしといひつ へしよくよく心を 用ひてよとすゝめ たるなり

【通釈】
 世の中で、抜かりがさほどあるわけではないけれども、気を遣う事を知らない人は、面白みがない。

 心に抜かりのない人は、人に嫌われる事はないと言っても、その上に気を遣う事を知らないとしたら、時には欠点とされる事があるだろう。これも又、憎むべきほどの事でもないとはいうものの、(人としての)面白みがないというべきである。(その点を)よく注意しなさいと(この歌は)勧めているのである。

【語釈】
・如在…手落ち。手ぬかり。如才。
・さう…それほど。そんなに。
・曲…おもしろみ。愛想。
・過失…欠点。

【解説】
 第三十四首目は、「気を遣う」ことの重要性について詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、二人の男性が対座している座敷に茶を運んできた子供が過って茶碗を畳の上に落とし、茶をこぼしている場面を描いていますが、歌の趣旨とずれているようです。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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【翻字】
 世中によばるゝ人の りやうじやうの さだまらざるは ざうさなりけり

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 よそへ振舞によばるゝ 人領承の定まらぬは あるしかたの造作の 上のざうさなるへし こゝをよくこゝろえて 兼日(けんじつ)の約あらは殊に 違(たか)へずその刻限早 く席にいたり趣(おもむか)ば 亭主方(かた)となりて 満足なるべし

【通釈】
 世の中で、宴席に招待される人の諾否が決まらないのは面倒なことであるなあ。

 よそ(のお宅)へ宴席に呼ばれる人が、(行くか行かないかの)返事が(なかなか)決まらないでいるのは、(迎えるそのお宅の)主人の側にとっては厄介な上にも厄介であるに違いない。そこのところをよくわきまえて、前もってした約束があるのであれば、決して破ることなく、指定の時日より早めに席に赴くならば、主人の側も満足するはずである。

【語釈】
・領承…事情をくんで納得すること。承知すること。
・造作…手間や費用のかかること。めんどう。
・ふるまい…ごちそうをすること。もてなし。
・兼日…きまった期日より前の日。それ以前の時。
・約…約束

【解説】
 第三十三首目は、「招待されたときは諾否を速やかに返事する」ことの重要性について詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、四人の正装男性の席で、席を立つ一人の男性の袖を、傍らに座っている男性がつかんで引き留める場面を描いています。歌の趣旨とは関係が定かではありません。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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【翻字】
 あやまちは 誰も一たび 有ぬべし二たび ならばいかゞ世中

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 あやまちとは思はず しらずのぶさた也 過不貮とこそ論 語にも見へたれ況(いはん)や 再三に至らんやたと へばわきさしの 身を落(おと)すといふは いかにもおろかしき 事なれども一度は あやまちておとす まじきにもあらず 再度に至てはいかゞ なるべきとなり

【通釈】
 過ちは誰でも一度はあって当然である。二度であれば、どうであろうか。世の中は。

 過ちとは、思わず知らず(ついうっかりとしてしまう種類)の不始末である。「(顔回は)過ちを繰り返さなかった」と『論語』にも見える。ましてや再三して良いものであろうか。たとえば、脇差の刀身を落とすことは、いかにも愚かしい事ではあるが、一度は不注意で落とさない事もないだろう。(けれども、)二度落とすという事になるとどうであろうかということ(をこの歌は言っているの)である。

【語釈】
・無沙汰…注意をおこたること。不用意になること。
・過不貮…「不貳過」(『論語』雍也篇)。「過ちを貮(ふたた)びせず」。

【解説】
 第三十二首目は、「過ちを繰り返さない」ことの重要性について詠んでいると、注釈は説明しています。注は、「過ち」を不注意に限定して説明しています。絵は、刀身のない刀の鞘だけを持っている男性と、それを困り顔で見ている女性を描いていて、注の挙げる具体例に沿った内容となっています。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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【翻字】
 理非のうへ 我はまぎれず おもふとも よそのあつかひ きけや世中

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 おのれが心に同しきを 以てよしと思ひ己か心に そむけるを以て悪しと するは世の人の心なり たとひおのれ道理なりと 思ふともよくかんべんし て人のあつかひをも 聞入べしと也うつたへ に出るものたれか篭 舎せんと思ふ者あらんや おきてにあふまでは我 のみ道理と思ひつめ たるゆゑ也理をやぶる 法はありとも法をやぶる 理はなしといへる事も あり理のこうじたるは 非の一ばいにならざる やうに人のあつかひを も聞いれよとなり

【通釈】
 理非の上から(見て)も自分は誤っていないと思ったとしても、他人の調停を(一度は)聞いてみなさい。世の中は。

 自分の考えと同じだと正しいと思い、自分の考えと違っていれば間違っていると考えるのが、世の人の(常の)心である。たとえ自分が道理であると思っても、よく考えて、他人の意見も聞いてみるべきであるとこの歌は言っているのである。訴訟の場に出る者で、誰が牢屋に入りたいと思う者がいようか。法律に直面するまでは、自分こそ道理であると思い込んでいるからこそ裁きの場に出るのである。「理を破る法はあるが、法を破る理はない(法が理に優先する)」という諺もある。「道理に傾き過ぎると非理よりもいっそう悪くなる」という(諺の言う)通りにならないように、他人の意見も聞きなさいと、この歌は言っているのである。

【語釈】
・まぎる…見まちがえる。区別できなくなる。
・よそ…別の人。他人。
・あつかひ…(訴訟・争い事などの)調停・仲裁。
・勘弁…物事のよしあしをよく考えること。
・篭舎…牢屋。また、牢屋に入れること。
・おきて…その社会の定め。決まり。法律。法度。
・「理を破る法はあれども、法を破る理はなし」…当時の諺。出典は『曽我物語』巻第三「臣下ちやうしが事」
・「理の高じたるは非の一倍」…当時の諺。詳しくは瀧川政次郎『非理法権天 法諺の研究』参照。

【解説】
 第三十一首目は、「独善的にならずに他人の意見も聞く」ことの重要性について詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、二人の農夫が言い争う中を、一人の旅の者らしい男性が両手を広げて制している場面を描いています。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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