【翻字】
[重]さつき来た
けれともよく寝ておいでなんすから起し申も
わるいと思つてあつちイいきやした堪忍(かんに)なせん
し[源]なんだ堪忍しろはゝせつかう泣(なき)やむねゝ
さましやア有めへしそんなあまつたるい事で
けれともよく寝ておいでなんすから起し申も
わるいと思つてあつちイいきやした堪忍(かんに)なせん
し[源]なんだ堪忍しろはゝせつかう泣(なき)やむねゝ
さましやア有めへしそんなあまつたるい事で
堪忍する野郎じやねへわい[重]それでもお前
わつちが悪いから誤りやすに堪忍ならざあ
どふともなせんし[源]とふともしろとつて首
を切て灰吹(へへふき)にも成めへし腕をもゐて香(かう)の物
にもされやアしねへがマアよく考(かんけへ)て見やあがつたが
ゑへ命から二番目の銭金を出して一晩買(かひ)
切て置くからたはそれに夜ひてへほつきあるい
わつちが悪いから誤りやすに堪忍ならざあ
どふともなせんし[源]とふともしろとつて首
を切て灰吹(へへふき)にも成めへし腕をもゐて香(かう)の物
にもされやアしねへがマアよく考(かんけへ)て見やあがつたが
ゑへ命から二番目の銭金を出して一晩買(かひ)
切て置くからたはそれに夜ひてへほつきあるい
て居やアがつてどふともしろたア何の事(こつ)た[重]
それだからかんになせんしといへばならねへとおつ
せんすもんだからとふも仕様がごぜんせん[源]なんだ
か又こいつが禅宗坊主ウ見たやうにつべこべつべこべ口
ごてへをしやあかる力持(ちからもち)の女のよふに成ばかり大
きいかと思やあ座敷の内から大きなつらアしや
かつて胸のわるいたかて今の相場なら壱分に
それだからかんになせんしといへばならねへとおつ
せんすもんだからとふも仕様がごぜんせん[源]なんだ
か又こいつが禅宗坊主ウ見たやうにつべこべつべこべ口
ごてへをしやあかる力持(ちからもち)の女のよふに成ばかり大
きいかと思やあ座敷の内から大きなつらアしや
かつて胸のわるいたかて今の相場なら壱分に
百四十八文込三人といふ女郎衆(しゆ)た余(あんま)り高く
とまる風じゃアねへはサ
とまる風じゃアねへはサ
【通釈】
重野「さっき来たけれども、よく寝ておいででしたから、起こし申すのも悪いと思って、あっちへ行きました。お許しなさいませ」。源六「何だ、〈許してくれ〉?はは。無理して泣き止む赤ん坊じゃあるめえし、そんな甘ったるい事で許す野郎じゃねえわい」。重野「それでもあなた、私が悪いから謝りますのに、(あなたが)お許しなさらないなら、どうとでもなさいませ」。源六「どうとでもしろと言ったって、(お前の)首を切って(みても、それが)灰吹きにもならないだろうし、腕をもいで(みても、それを)漬物にもできやしないだろうが、まあよく考えてみやがったらいい。命の次、二番目(に大事なそ)のお金を出して、一晩買い切て置く(お前のその)体は、それなのに(勝手に)夜、ひどいことにほっつき歩いていやがって、〈どうともしろ〉たあどういう事だ」。重野「それだからお許しなさいませと言えば、できないとおっしゃるものだから、どうともしようがございません」。源六「何だか又こいつが禅宗の坊主のようにつべこべつべこべ口答えをしやがる。力持ちの女のように体ばかり大きいと思えば、座敷にい(て食事をしてい)るうちから大きなつらをしやがって、腹の立つ。せいぜいのところ、今の相場で一分に百四十八文を加えて三人(は買い切れる)という(が、その金を出して俺が買い切った、お前はその)女郎衆だ。(それなのに)あんまりお高く止まって似合うもんじゃないわさ」。
【語釈】
・はゝせつかう・・・「ゝ」はあるいは「く」か。いずれにしても不詳。ひとまず「はゝ」を鼻で笑う擬声語、「せつかう」を「せっかく(無理をして。苦労して。わざわざ)」の音変化ととっておく。
・ねね・・・赤ん坊。ねんね。
・灰吹き・・・タバコ盆についている、タバコの吸い殻を吹き落とすための竹筒。
・ひてへ・・・不詳。「ひどい」の音変化か。
・なり・・・体格。
・胸が悪い・・・むかむかするほど腹立たしい。
・高・・・せいぜいのところ。
・こみ・・・いろいろなものをとりまぜて一つに扱うこと。
・壱分に百四十八文込三人といふ女郎衆・・・不詳。一分は銭千文。源六は実際にそれだけの額を出していたからこう言ったか。
・ふう・・・それらしいようす。ふり。
【解説】
最初はとぼけたり軽口を返していた重野ですが、源六の剣幕に一転謝り始めます。源六はかさにかかって悪口雑言を重ね、重野をいじめます。重野は謝りますが、「どうにでもしてくれ」と開き直ります。源六は金額のことまで言って、「お前は女郎で金で買われる女だ」と、身もふたもないことを言います。遊興はすっかり台無しです。
重野の振る舞いも褒められたものではありません。しかし、源六の言動は人としては最低でしょう。そもそも女郎屋遊び自体、遊興として褒められたものではない、むしろ恥ずべき行為です。また、源六が金を払ったのは店に対してであって重野にではありません。重野に大きな顔がしたければ、源六は祝儀を渡すべきだったのです。
以上の批判は現代の目から見たもの、というだけではないでしょう。おそらく当時の読者から見ても、源六の言動は嘲笑の対象ではなかったかと思われます。
ここまできてようやく十蔵が現れ、場を収めます。本編は他の三篇よりも長く、次回で完結します。
