江戸期版本を読む

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【翻字】
[庄]それ
でもせんどの文はありやアなんだ[中]ほんにお前(めへ)も
あれほど此ぢうも訳をはなしたものをまだうたぐり
なんすのそらほど心元なく思ひなんすなら又よく
咄(はなし)いせふ(と床の内へ入)[庄]いゝにや又はなさずとも此ぢうの訳は
おれも覚(おぼへ)て居るよなんぼ手前(てめへ)があいつらに憎
まれちやア客の前(めへ)イどんな事をいおふもしれねへから
柳に受(うけ)てあやなして置(おく)のなんのと口ぎれへな事
をいつても不断常住つき合(あふ)もんだに仍(よつ)てどんな
事をするか知れねへそして又あんなおかしなにへきら
ねへ返事(へんしよ)をゆつちやアあつちでも合点(がつてん)して居るもん
じやアねへ[中]それだから又一昨日(おとてへ)もなんのかのと
いつてよこしたけれどもやつはりいつまでも同じ
返事斗(ばかり)して置(おき)いすマアよく思つても見なんしたか
であの人と色でもする気なら何の為にお前に
咄すもんでごぜんす大概(てへけへ)つもりにも知れた事を[庄]
成(なる)ほど此(この)わけをしよてから咄せばおれもかまはねへ
けれどもせんどあの文(ふみ)をおれに見付けられてしよふ
事なしに咄(はなし)たものだから疑ふめへ物ぢやアねへはサ[中]
サアそれもお前のいゝなんす事でごぜいすけれどもあの
文に名でも書(けへ)て有(ある)じやアなし隠す気ならわつち
がのじやアねへ人に頼まれたといつても済(すみ)いすはナ
【通釈】
庄兵衛「それでもこの間の手紙は、ありゃあ、何だ」。お中「本当にあなたも(疑り深い)。あれほどこの間も訳を話したのに、まだ疑りなさいますの。それほど心配に思いなさるなら又よく(訳を)話しましょう」と言って寝床に入る。庄兵衛「いいや、訳は話(し直)さないでもこの間の(お前が言った)訳は俺も覚えているよ。いくらお前が、あいつらに(冷淡にして)憎まれちゃあ(あいつらが)客の前でどんな事を言うか知れないから(どんな無理を言いかけられても)逆らわないで適当にあしらって置くの何のときれいごとを言っても、(お前とあいつらとは女郎と芸人、俺とは違って)ふだんいつも付き合うのだから、(俺の知らないところで)どんな事をするか知れねえ。そして又あんな煮え切らねえ返事をしたら、男のほうも納得しているもんじゃねえ(、きっとお前を諦めたりはしていないはずだ)」。お中「それだから又おとといも(あいつが)なんのかのと言って寄こして来たけれど、やっぱり私は(仕返しが怖いから、はっきりとは断らずに)やっぱりいつまでも同じ(煮え切らない)返事をしておきます。まあよく考えてもみて下さい。そもそも(私が)あの人と色事でもする気なら、何のためにあなたに話すもんでございます?たいてい少し考えてもわかりそうな事を」。庄兵衛「なるほど。(今話した)この訳を最初から話していたなら俺も気にしないけれど、この間俺にあの手紙を見付けられて、(それをごまかそうとしてあの時お前は訳を)仕方なしに話したもんだから、疑って当然だろうよ」。お中「さあ、それもあなたの言い分でございましょうけれど、(私のほうから言いますと、)あの手紙に名前でも書いてあるじゃなし、(ごまかそうとして私があの人との仲をあなたに)隠す気なら、『この手紙は私のじゃない。人に頼まれ(てことづかっ)ただけだ』と言っても済みますわな」。
【語釈】
・先度・・・さきごろ。このあいだ。せんだって。
・柳に受ける・・・逆らわないで、されるがままになる。
・あやなす・・・巧みに扱う。あやつる。
・口綺麗・・・口先だけで言うりっぱなこと。きれいごと。
・常住不断・・・常に続いていて絶え間のないこと。いつも。
・合点・・・理解すること。納得すること。得心。
・たかで・・・はじめから。そもそも。
・色・・・情事。色事。
・つもり・・・推測すること。おしはかること。
・かまわない・・・差し支えない。気にしない。
【解説】
 庄兵衛とお中の痴話喧嘩は、痴話喧嘩の例にもれず、ややこしく入り組んでいます。彼がお中と園大夫の仲を疑うのは、以前にお中が手紙を持っていたのを見つけたことがあったからです。その時にはお中の方から庄兵衛に次のように説明しています。「実はそれは新内流しの園大夫という男にあてた返事であるが、前からその男は私に言い寄っていて、私にはあなたがいるから当然断るのだけれども、袖にして逆恨みされて嫌がらせをされても困るから、あいまいに返事をしているのだ」。
 けれども庄兵衛は疑っています。「それは、俺に手紙を見つけられて仕方なく言ったごまかし、嘘だ」。
 お中はこう言い返します。「嘘をつく気なら最初から打ち明けたりはしない。名前などどこにも書いてないから、ごまかすなら『別の女郎からことづかった手紙だ』と言っている」。
 書いていてばかばかしくなります。男の言い分も女の言い分も一理はありますが、互いに根拠がありません。おなかの最初の説明も本当かどうかわからないし、庄兵衛の疑いも、どこまで本気かはわかりません。手紙にしたところが、客の気を引くための小道具の一つなのかもしれません。
 この先二人の言い争いは、手紙を離れて「嘘」「だます」に移ります。二人の痴話喧嘩はこれから佳境に入ります。 

  

【翻字】
しばらく有て上ぞうりの音)ばさばさ
[庄](ねたふりにて)ごうごう[相方お中](来りたばこ吸つけて)あいサアたばこ[庄]ごうごう
[お中]又たぬきかへくすぐりいすよ[庄]アゝくすぐつてへ
誤(あやまつ)た誤た[中]そんならナゼねたふりをしなんした[庄]ナアニ
ほんにとろとろとしたものを[中]まだ嘘をつきなんすよ
[庄]そんなら正直にいをふ手前(てめへ)が来ねへ内(うちや)アどふして
ほつてもねられやアしねへがあんまり来よふが遅いから
寝たふりをしたものさ[中]どふもわつちも早く来たくつ
てならねへけれどもお前の来なんした時ばかり早く
来ちやアわるいからおもしろくもねへ咄(はなしよ)をして居
やした[庄]ナアニそふじやア有(ある)めへ表ざしきイ園大夫(そのたゆふ)が来て
居るそふだから[中]又そんな事をいゝなんすよ
【通釈】
しばらく経って、上草履の音がばさばさ。庄兵衛は寝たふりをして「ごう、ごう」(と、いびきをかく)。庄兵衛の馴染み女郎のお中が来、たばこを吸い付けて「はい、さあ、たばこ(をお吸いな)」。庄兵衛「ごう、ごう」。お中「又狸寝入りかえ。くすぐりますよ」。庄兵衛「ああ、くすぐってえ。謝るよ、謝るよ」。お中「そんならなぜ寝たふりをしなさった」。庄兵衛「なあに、本当にとろとろっと(うたたねを)したのに」。お中「まだ嘘をつきなさるわよ」。庄兵衛「そんなら正直に言おう。お前が来ねえ間はどうしていても寝られやしねえが、あんまり来るのが遅いから、寝たふりをしていたのさ」。お中「どうも(遅くてすいません)。私も早く来たくてならないんだけれど、あなたの来た時だけ早く来ては(体裁が)悪いから、面白くもない(無駄)話をしていました」。庄兵衛「なあに、そうじゃああるめえ。表座敷に園大夫が来ているそうだから、遅れたんだろう)」。お中「又そんな事を言いなさるよ」。
【語釈】
・上草履・・・遊女が遊女屋にいるときに、はいて歩く厚い草履。
・大夫・・・ここでは説経節および義太夫節などの浄瑠璃系統の音曲の語り手。江戸浄瑠璃・新内節は1760年ごろに始まり、すぐに座敷浄瑠璃として色里で流行した。
【解説】
 冒頭で庄兵衛が狸寝入りをしているのは、「別にお前なんかを待ちわびてなんかいない」という男の見栄でしょう。「その訳を言え」とお中が責めるのは、「起きて私を待っていた=私に首ったけだと正直に白状しなさい」と迫る意味でしょう。すると男は正直に、「ここへ来るのが遅すぎる」と女を責めます。女は「他の客との間で差が出ないように、無理に遅く来ているのだ」と弁解します。
 女の男に対する働きかけは、押したり引いたり、攻めたり守ったりとさまざまに変化します。お中の気持ちというより、客を篭絡する女郎の手管であったのでしょう。
 男は「園大夫」という名を口にします。これは続きを読むと、男でしかも客ではなさそうです。おそらくは当時人気のあった「新内流し」です。彼らは二人組になって色里を流して歩き、女郎屋で遊ぶ客に招かれては座敷に上がって新内を聞かせて稼ぎました。男は馴染みの女がその新内流しの一人とデキているのではないかと疑ったのです。その理由はすぐ後に書かれていて、次回ご紹介します。その男芸人が表座敷にきていることを耳にしていた男は、そのためにここに来るのが遅れたのだろうと女を責めているのです。
 しかし、これも男の手管なのかもしれません。前回の部分で庄兵衛は、武蔵屋の突き出し女郎と遊べるように取り持てと、船頭の権次に頼んでいます。庄兵衛は「お中に首ったけ」ではないのです。
 この後、庄兵衛とお中は、手紙や嘘をめぐって言い争いを続けていきます。どこまでが本気でどこまでが手管なのかわからない、たわいない痴話喧嘩です。本編を最後まで読み終えて、「本当にくだらないものを読んでしまった」と心底思う人はいるでしょう。私もそう思いました。しかし、くだらないやり取りをあるがままに描写する、それもまた文学であるように思います。

  

【翻字】
東方(とうばう)の色青くして長竿(ながざほ)に似たり中央土橋の
黄を加えて緑の色の中町(なかてう)に染(そめ)し裾つぎやぐら下
長き日脚(ひあし)もかたふけばさまよくよくと歌へどもどうしたと
いふ人もなし[船頭権次]アゝ大に酔(よい)やた[客庄兵衛]ナニけふは
いつも程(ほだ)ア呑(のま)ねへぜへ[権次]イゝニエ給(たべ)んしたよアノお前(めへ)仕廻(しめへ)
の茶碗でいきつきやしたありやおめへ四合(しごう)へへり
やすぜへ[庄兵衛]そふはへへるめへ[権]ナニサ随分へへりやす
のさ[庄]はてのんでも手前が呑だといふは去年の
山開(やまびらき)の時さ[権]あの時(ときや)アおめへ翌(あす)の朝おけへりなん
すもんだから落着(おちつゐ)てのみやしたもの此頃(このごろ)じやアねつ
から夜といふはお出(いで)なんせんね[庄]どふも夜は出られ
ねへよ[権]お前方のよふなお客をばわみ客といゝやすぜへ
[庄]なぜの[権]昼は来れども夜は見えずて三輪の
引くるけへしだからわみだとさ[庄]ウゝこいつは理屈だどふも
みんながわみわみとふが知れなんだ[権]それでもけふは宵
もお出なんせう[庄]イゝニヤ昼斗(ばかり)だおつつけけへるよ[権]
そんならまあちつとおよりやしわつちやアちよつと武蔵
屋までいつてめへりやすぜへ[庄]又色事か[権]ナニサあつ
れへ物がごぜんす[庄]文か[権]あい[庄]ほんに今度のつき
出しはうつくしいげなの[権]アイなんでも中洲(なかず)の硝子(びいどろ)を
逆(さかさ)といふ評判さ[庄]とんだ事(こつ)たの此頃にこそと呼
うか[権]そんなむだアおつせんすなお中さんの角(つの)が
怖(こは)ふごぜんす[庄]ナニしれるこつちやねへ働(はたらい)て呉(くれ)ねへ
か[権]いやな事やな御免御免そんならいつてめへり
やすよ[庄]是(これ)さ是さ[権]いやいや[庄]これさ用があるよ
[権]アイまあまあいつてめへりやす(とまげておりる)
【通釈】
 東方の色は青く、長竿(、色遊びの相手から別れ話を切り出された時の顔色)に似ている。(その青色に)中央土橋の黄色を加えて緑(に調色するが、そ)の緑色に中町・裾継・櫓下といった色町も染まっている。(今は新緑の季節である。その)長い日脚も(日は西に)傾く(こんな昼下がりになる)と、(女郎屋の座敷で)ほどよく(小唄などを)歌っても、「どうした(こうした)」と(合いの手や文句を)いう人もいない(、まことに周囲は閑散としている)。[船頭権次]「ああ、ずいぶん酔った」。[客庄兵衛]「なに、今日はいつもほどは飲んでねえぜ」。[権]「いいえ、召しましたよ。あの、あなた、最後の茶碗(酒)ですっかり酔いました。ありゃ、あなた、四合入りやすぜ」。[庄]「そうは入るめえ」。[権]「何さ、ずいぶん入りやす」。[庄]「はて、(俺がいくら)飲んでも、お前が(ずっと多く)飲んだと言うのは去年の山開きの時さ」。[権]「あの時はあなた、翌日の朝に(あなたが)お帰りになるもんだから(私も)落ち着いて飲みやしたもの。最近じゃ、すっかり夜というと(あなたも)外出なさいませんね」。[庄]「なぜよ」。どうも夜は出られねえよ」。[権]「あなた方のようなお客を「わみ客」と言いやすぜ」。[庄]「なぜよ」。[権]「昼は見えねど夜は見えず』で三輪(の神)の逆だから「わみ」だとさ」。[庄]「うう、こいつは道理(にかなっているよう)だ。どうも皆が(以前から自分のことを)「わみ」「わみ」と言う(、その)理由がわからなかった(が、これでわかった)」。[権]「それでも今日は宵もお出になるんでしょう」。[庄]「いいや、昼間だけだ。そのうち帰るよ」。[権]「そんならもうしばらくはごゆっくり。私は(これで失礼して、これから)ちょっと武蔵屋まで行って参りやすぜ」。[庄]「又色事か?」。[権]「何さ、あつらえものがございやす」。[庄]「文か?」。[権]「はい」。[庄]「本当に、(武蔵屋の)今度の突き出し女郎は美しいそうだの」。[権]「はい。何でも(その女郎は)『中洲のびいどろを逆さ(にしたような美人だ)』という評判さ」。[庄]「たいへんな事だの。近いうちに(武蔵屋に客として行って)、こっそり呼(んで遊)ぼうか」。[権]「そんなはつまらないことはおっしゃいますな。(もしそれを聞いたら、あなたの馴染みの)お中さんの角が怖うござんす」。[庄]「なに、(お中に)知れる事じゃねえ。(その突き出し女郎とよろしくやれるように、)動いてくれねえか」。[権]「嫌なことやな。御免、御免。そんなら行って参りやすよ」。[庄]「これ、さあ、これ、さあ(、まだ話は終わってない)」。[権]「いやいや(もう行きます)」。[庄]「これ、さ、(まだ)用があるよ」。[権]「はい、まあまあ(そうでしょうが、ともかく)行って参りやす」。と、無理矢理に(振り切って)階下へ下りる。
【語釈】
・粋事(いきごと)・・・男女間の色事。
・東方の色青くして・・・古代中国の自然哲学である五行(ごぎょう)説において、東方の色は青とされた。
・長竿・・・《長いさおで、帰り客の舟を岸から突き離したことから》遊女が客を冷淡にあしらうこと。また、客のほうから遊女と縁を切ること。
・緑の~色に染めし・・・「みどりのまちの/なかちょうに」以下、しばらく七五調で続いている。文意は不詳だが、直後の「長き日脚」から、おそらく「新緑の候」の意か。
・中町・・・当時ここに深川最大の岡場所(私娼街)があった。以下の「裾継」「櫓下」も当時深川にあった岡場所。
・日脚・・・日が出てから沈むまでの長さ。昼間の長さ。
・さまよくよくと歌へどもどうしたといふ人もなし・・・文意不詳だが、主旨は「人もなし」、つまり以下の場面が閑散とした状況の中で展開されていくことを説明する点にある。
・たぶ・・・「飲む」の尊敬語。
・ゆきつく・・・すっかり酒に酔う。
・山開き・・・江戸時代、深川永代寺 で3月21日から4月15日まで、その庭園を一般に開放したこと。特にその初日。
・三輪・・・『古事記』「崇神天皇」に、夜だけ女の許に通ってきたとの神話がある。
・おっつけ・・・やがて。そのうちに。まもなく。
・およりやし・・・不詳。「(しばらくはここで)ごゆっくり」の意か。
・あつらへもの・・・注文して作らせた物。次の「文か」と合わせ、文意不詳。
・つきだし・・・遊女が初めて客をとること。また、その遊女。突き出し女郎。
・中洲・・・不詳。隅田川の中洲新地か。当時開発され賑わいを見せていたが、寛政の改革(1787-1793)により破却された。
・硝子をさかさ・・・当時は美人を形容する成句であったらしい(http://www.suntory-kenko.com/contents/enjoy/binosiori/wa_grass_02.aspx)。
・むだ・・・無駄口。つまらないおしゃべり。
・角を生やす・・・女性が嫉妬する。焼きもちを焼く。
・まげて・・・道理や意志に反して行動するさま。是が非でも。
【解説】
 江戸深川は永代寺・富岡八幡宮の門前町として、岡場所も複数ある歓楽街でした。初夏の昼下がりに女郎屋の二階座敷で酔っぱらった二人の客の会話から、本書二編目の「粋事 深川」は始まります。
 二人の会話から、女郎屋からすれば二人ともに客であっても、庄兵衛は船頭の権次にとっても客であり、権次にとって庄兵衛は酒を飲ませてくれる「旦那」、庄兵衛にとっての権次は「飲み相手」であり、「子分」でもあるようです。 また、庄兵衛は「夜は出られねえ」と言っているところから、妻子持ちなのかも知れません。
 次の場面では、庄兵衛の馴染み女郎のお中が登場し、題名通りの「粋事」が展開していきます。

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【翻字】
[い]ヲヤ長次(てうじ)さんかへどふしなんした彦
さんはへ[長次郎]おいとさんどふなんしたぞい彦はいそがしゐ
さかいけふこんわいな[い]よくいつておくんなんしアイおゆるりと
[長]ナニサ直(ぢき)にけへるといひすあナ[い]なぜへ[長]何さけふは来ら
れん所じやああつたがちよヲつと来たのじや夷講前(ゑびすこうまえ)じや
さかゐゑろういそがしいはいの[い]ほんにそふでおぜんせふね夫(それ)
でもけふはよふごぜゐせうちつとの内お出(いて)なんし後(のち)ほどへ[長]
あい[み]どふでもけへりなんすかへそんなら又いつ来なんす[長]
此頃(このごろ)に来(こ)よはいの[み]イゝエ此頃と斗(ばかり)いひなすつちやアいつまでも
けへしやせん日をきやめてけへりなんし[長]そんなら廿五日
比(ごろ)に来よはいの[み]天神拝を遣(つか)つてかへ勿躰(もつてへ)ねへのそんなら待(まつ)て
ゐゝすよその時約束の物を持(もつ)てきてくんなんし[長]ほんに半襟の
事(こつ)ちやゑろうよい天鵞絨をのけて置(おい)てとんと忘れて来た
はいの[み]ほんにかへ今度(こんだ)アわすれずに持て来てくんなよそしてね
どんなでもゑへから金入(きんいれ)のきれをもちつとくんなんし[長]何になる
じやの[み]守袋(まふりぶくろ)にしやす[長]懸守(かけまもり)なら六七寸有(あつ)たらよかろの[み]
幅ア弐寸五分程もあればよふごぜんす[長]そりやもふ安い事ちや[み]
廿五日にや彦さんもつれてきなんし[長]なぜじややらおいとさんをば
いやがるはいな[み]子はゑへけれどもあんまり初心(しよしん)だから面白くねへ
のさ[長]そんな事で有(あろ)ぞいそんならモウいこはい[み]先(まづ)ゑへはなモウ
一ぷく呑(のん)でいきな[長]イヤもふ斯(かう)して居るといつ迄もいとふなる思ひ切(きつ)
ていこはいの[み]そんなら必(かならず)よ[長]ハテこいではいな(とはしごをおりる[み]も一所に)[い]どふで
もおけへりなんすか[長]帰りやす[み]廿五日に彦さんもつれて
来るとさ[い]おたのん申(もうし)んすよ[長]のみこんで居るはいの[み]
[い]おさらばへかならずよ
【通釈】
お糸「おや長次さんかえ。どうしました?彦さんは?」。長次郎「お糸さん(こそ)どないしたんぞ?彦は忙しいさかいに、今日は来んわいな」。お糸「よく教えて下さいました。はい、ごゆっくり」。長次郎「何さ、(今日は)すぐに帰ると言ったわな」。お糸「なぜ?」。長次郎「何さ、今日は(本当は)来られんところじゃったが、ちょっと来たんじゃ。夷講前じゃさかい、えろう忙しいわいの」。お糸「本当にそうでございましょうね。それなのに今日は良う(お越しで)ございました。少しの間(ごゆっくり)お出でなさい。(では)後程ね」。長次郎「はい」。おみや「どうしても帰りなさるかえ。それでは(次は)又いつ来なさる」。長次郎「近いうちに来ようよ」。おみや「いいえ。『近いうち』と言いなさるだけじゃ、いつまでも帰しません。日を決めて帰りなさいな」。長次郎「それなら二十五日頃に来ようよ」。おみや「天神参りを(外出の口実に)使ってかえ。勿体ないこと。そんなら(当てにして)待っていますよ。その時約束の物を持って来て下さいな」。長次郎「本当だ(うっかっりしていた)、半襟のことや。えろう良いビロードをのけて置いて、(それを)すっかり忘れて来たわな」。おみや「本当かえ。今度は忘れずに持ってきておくれよ。そしてね、どんなのでもええから、巾着(用)の布切れをもう少し下さいな」。長次郎「(その布切れは)何になるんじゃ?」。おみや「お守り袋にします」。長次郎「懸け守りなら六,七寸あったら良かろうの」。おみや「幅は二寸五分ほどもあったら良うございます」。長次郎「そりゃあもう(そのくらいなら)お安いこっちゃ」。おみや「二十五日にゃ、彦さんも(一緒に)連れて来なさいな」。長次郎「(彦は)なぜじゃろう、お糸さんを嫌がるわいな」。お糸「(あの子は)人はええけれども、あまりにうぶだから(きっと彦さんも)面白くないのさ」。長次郎「(おそらく)そんな事であろうよ。そんならもう行こう」。お糸「ともかく(まだ行かずとも)ええわな。もう一服(たばこを)呑んで行きな」。長次郎「いや、もう(いつまでも)こうしていると、(つい)いつまでも(ここに)いとうなる。思い切って行こう」。おみや「そんなら(二十五日は)必ずよ」。長次郎「さて、それではな」とはしご段を下りる。おみやも一緒に(下りる)。お糸「どうしても帰りなさいますか」。長次郎「帰ります」。おみや「二十五日に彦さんも連れて来るとさ」。お糸「お頼み申します」。長次郎「のみこんでいるわいな(、任せておきなさい)」。お糸・おみや「さようなら。必ずよ」。

【語釈】
・どふなんしたぞい・・・不詳。長次郎は大阪弁を話すところから、「どないしたんぞ(どうしたのか)」の不正確な音写か。
・何さ・・「あのー、その、なんだ」。話し出す際の言葉で特に意味はない。英語の「Well,」に当たるか。
・夷講・・・商家で、商売繁盛を祈って恵比須をまつり、親類・知人を招いて祝う行事。江戸における祭日は10月20日であった。
・ちつとの内お出(いて)なんし・・・不詳。長次郎に「少しの間でもごゆっくり」という意味で言っているのであろうが、直後の「後ほどへ」とは意味がつながらない。
・後ほどへ・・・お糸はこの後すぐ席を外したか。この前後、細字二行書きによるト書きがほとんどなく、この後のおみやの登場も唐突である。
・天神拝・・・江戸には多数の天満宮(天神社)があり、二十五日に祭礼が多く開かれ、参拝が盛んであった。上野には下谷天神があり、当時すでに有名であった。
・のける・・・取り分けて残す。別にする。
・とんと・・・すっかり。きれいさっぱり。
・金入・・・不詳。貨幣を入れる巾着袋か。
・懸守・・・首からかけて胸の前に垂らすお守り。
・六七寸・・・約18~21㎝。一寸は約3cm。
・初心・・・まだ男女の情を解しないさま。
・まづ・・・何はさておき。ともかくも。とりあえず。
・いとふなる・・・大阪弁で「(ここに)いたくなる」。
【解説】
 田舎者の伝五右衛門を帰した後、お糸は続いて次の客である長次郎の座敷に顔を出します。その後のやり取りを読むと、長次郎はお糸の馴染み客でなく、その相棒の「彦」と呼ばれるのがお糸の馴染み客で、長次郎は年増女郎のおみやの馴染み客であるらしいことがわかります。長次郎の言葉は上方訛りです。江戸の人々にとってはやはり「変語」だったようです。
 お糸と違い、年増女郎のおみやは、長次郎に対してずいぶん要求を出します。次来る日をはっきり言わなければ返さないとか、約束の半襟のほかに、お守り袋にする布切れも持って来いとか、ねだります。長次郎が気前よく応じているところなど、二人の親密さがうかがえます。このように馴染みの女郎にわがままを言われるのは、男にとっては悪い気のしない、かえって嬉しいことであったのかも知れません。
 この「変語」は、田舎者の客と馴染みの客、つまり女郎屋における最も代表的な二種類の客と女郎の様子を描いた作品として、四編の冒頭に置かれたもののようです。岡場所の女郎屋の客の多くは、「変語」の伝五右衛門と長次郎いずれかのタイプであったし、女郎もまた、若いが物足りないお糸と、年増だけれど行き届いたおみや、いずれかのたいぷであったのでしょう。そういう意味ではこの短編「変語」は、江戸風俗を知る上で重要な作品であると言えるかも知れません。

  

【翻字】
[伝]
そんだら中を切(きつ)てつゐどくれなさろヲトゝ[い]なぜ
もふわつとつぎんせふ[伝]イヤイヤのむとハアかんじんの事が
出来申さねへよ[い]ヲヤヲヤすきな事をおつせんすね
サアちつとお寝ころびなせんし[伝]アレもうちつとはなす
べへじやアねへか[い]それでもお前(めへ)はやく寝ろとおつせん
したじやアごぜんせんかへそして三日とけふはお客が多い
からどふもせわしくて悪うおぜんす今度から外の日に
おいでなせんし[伝]可愛がつてせへ呉(くれ)べへならくべへ
とつてサア寝よふ[い]アイ枕ア上(あげ)んしよう[伝]まづ羽織
はぬぐべへ[い]ヲヤぬしの紋は門之助だね[伝]ナニサ門之助は
ねへけれどもお人の少い時にやア使番(つけへばん)の助があたるよ
[い]そのこつちやアござゐやせん[伝]そしてあんちう事
だ[い]いゝへもふよふおぜんすからおよりやし[伝]もつと
こつちイよりなさろ[い]あれさくすぐつとふおぜい
すおよしなんしな(此所へ又客来りとなり座敷へとをる)[みや]ヲツトそこは
お客でごぜんすよ[客長次郎]又奥かいなとんとモウ久し
いもんじやの[伝]あに事たの[い]お客でごぜんす[伝]
まだ座敷があるか[い]なくつちやアさ[伝]それでも此
あつちらにやアはあ真木だあ事の炭俵だあ事
のとつて見られべへなるじやアねへぜへ[い]ヲヤ油断の
ならねへいつごろうじたあすかア物置でごぜんす
(此間しばらく咄ごへもなし)[伝]アゝ大に御苦労でごんした[い]ヘエにくらしい
何のこつておぜんす又此頃にお出なんしよ[伝]ちけへ内に
来べへよ泊りに来べへかの[い]泊りは取(とり)やせん[伝]代物(てへもつ)
はこけへ置(おい)てもよいかの[い]アイよふおぜんすホゝゝゝホゝゝゝ[伝]サアいき
ますべへ[い]ぬしやアたばこはおあんなんせんかへ[伝]酒と莨(たばこ)
は禁物だあよ[い]そんならお出(いで)なんすかおさらばへマア外へ
お出なんすまでははしよらずにお出なんしな[伝]それもそふだあ
なア[い]サアさきへお下(お)りなんし[伝]上(あが)る時にやアゑへがおりるにやア
はあ腰の物がつけへてげへに下りづれへは[い]こつちらアむい
ておりなんしな[伝]ウゝ是でゑへサアおさらば此頃に来(く)べへ
[い]お待(まち)なんしおはき物を[伝]イゝニヤよしよし[い]そんならおさらばへ(と又二階へ上り
そこらとりかたづけとなりざしきをのぞき)
【通釈】
伝五右衛門「そんだら中途に切って注いどくれ」。お糸「なぜ?もっと一杯注ぎましょう」。伝五右衛門「いやいや、飲むと、はー、肝心の事ができませんよ」。お糸「おやおや、好きな事をおっしゃいますね。さあ、ちょっと寝ころびなさいませ」。伝五右衛門「あれ、もうちょっとお話しすべえ」。お糸「でも、お前が早く寝ろとおっしゃったじゃございませんか。それに三日と今日はお客が多いから、どうも気ぜわしくて悪うございます。次からは別の日にお出でなさいまし」。伝五右衛門「可愛がってくれさえすべえなら来べえよ。さあ寝よう」。お糸「はい。枕をあげましょう」。伝五右衛門「まず羽織は脱ぐべえ」。お糸「おや、あなた、紋は門之助だね」。伝五右衛門「何だ。門番の応援はねえけれども、お人の少ない時には使番の応援が当たるよ」。お糸「その事ではございません」。伝五右衛門「するとどういうことだ?」。お糸「いいえ、もうようございますから、お寄り下さい」。伝五右衛門「もっとこっちへ寄りなされ」。お糸「あれ、くすぐっとうございます。およしなさいな」。この時又客がやってきて、隣の座敷に通る。(隣の座敷で客の長次郎を案内してきたおみやが、伝五右衛門とお糸のいる座敷に通ろうとする長次郎を制止して)「おっと、そこはお客でございますよ」。長次郎「又奥かいな。(前の客は)いやに時間がかかっているもんじゃのう」。伝五右衛門「何事だの」。お糸「お客でございます」。伝五右衛門「まだ(ここの他に)座敷があるかの」。お糸「なくって(どうするの)さ」。伝五右衛門「それでもこのあちらには、はー、薪だの炭俵だのが見えたじゃあねえか」。お糸「おや、油断のならない。いつご覧になりましたか。(あちらは)物置でございます」。その後しばらくは話し声もしない。伝五右衛門「ああ、大いにご苦労でごんした」。お糸「へえ、憎らしい。(一体)何のことでございます?又近いうちにお出でなさいよ」。伝五右衛門「近いうちに来べえよ。泊まりに来べえかの」。お糸「(この店は)泊まりは取りません」。伝五右衛門「お金はここへ置いてもよいかの」。お糸「はい。良うございます、ホホホ」。伝五右衛門「さあ、行きますべえ」。お糸「あなた、たばこはおやりなさいませんかえ」。伝五右衛門「酒とたばこは禁物だあよ」。お糸「そんならお出なさいますか。おさらばです。まあ、外へお出なさるまでは(尻を)はしょらずにお出なさいな」。伝五右衛門「それもそうだあなあ」。お糸「さあ先へおりなさいな」。伝五右衛門「(このはしご段は)上がる時にゃあええが、下りる時にゃあ腰の物がつかえて、実に下り辛えわ」。お糸「こちらを向いて下りなさいな」。伝五右衛門「うー、これでええ。さあ、おさらば。近いうちに来べえ」。お糸「お待ちなさい、お履き物を」。伝五右衛門「いいや、よしよし」。お糸「そんならおさらば」と又二階へ上り、そのあたりを片付け、隣の座敷をのぞいて、
【語釈】
・中を切って注ぐ・・・不詳。「途中で中断して器に半分ほど注ぐ」の意か。
・三日・・・三日と十八日は両大師(上野東叡山輪王寺)詣の祭日であった。
・ぬし・・・女性が親しい男性を呼ぶ語。
・門之助・・・市川門之助。「丸に一文字」は初代(1691-1729)の定紋、二代目(1743-1794)の替紋であった。ここではおそらく二代目。
・使番の助・・・使い走りをする者の応援。「助(すけ)」は「助けること。手伝うこと。また、その人」。このあたり、伝五右衛門はお糸のいう意味を理解できておらず、お糸は面倒になって話を切り上げている。
・代物(だいもつ)・・・代金。お金。
・腰の物・・・伝五右衛門は腰に日本刀の大小を差して来店している。
・げへに・・・「げに」の訛りか。本当に。

【解説】
 本書を構成する四編の舞台は上野山下・深川・谷中・音羽ですが、その内で山下の岡場所だけは寛政の改革(1787-1793)によって一番先に破却されました(他の3か所は天保の改革により破却)。
 本書には刊記がなく、出版年は不明です。ただ、作品中の要素を勘案すると、おおよその出版年がわかります。この「変語」にも、「仏店(ほとけだな)の蒲焼に鼻をひこつかせて」(一 変語 山下 1(客・伝五右衛門の登場))とありますが、江戸にうなぎのかば焼きが広まったのは18世紀半ば以降と考えられますから、本書もそれ以降の成立であることが分かります。山下の岡場所破却を下限と考えると、成立は18世紀後半と推測されます。むろん、破却以降にも作品は書けますが、本書のルポルタージュ的な、かつ風俗ガイドブック的な性格を考えると、破却以後に出版され、しかもあえて本編を本書の冒頭に置いたとは、ふつうは考えられません。
 それにしても、伝五右衛門はいちいち手間のかかる客です。話し方はいかにも間延びして、「ハア」「アゼ」などといった相槌が入るし、話したいことを好きな時に好きなように話すし、女郎のお世辞を理解せずににとんちんかんな受け答えするし、草履や盃、梯子段など、物の扱いも自己流だし、お糸同様に読者も、いかにも面倒で煩わしい野暮な客だと思ったでしょうし、こういう客にはなりたくないし、なってはいけないなと戒めたことでしょう。
 一方、お糸は女郎屋のマニュアル通りに伝五右衛門をもてなしているようです。最初に盃事をし、次に料理を食べさせ、寝た後は煙草を勧め、最後に次の来店を促して見送る、当時の女郎屋での一般的なサービスのあり方が想像できます。

  

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