【翻字】
[庄]それ
でもせんどの文はありやアなんだ[中]ほんにお前(めへ)も
あれほど此ぢうも訳をはなしたものをまだうたぐり
なんすのそらほど心元なく思ひなんすなら又よく
咄(はなし)いせふ(と床の内へ入)[庄]いゝにや又はなさずとも此ぢうの訳は
でもせんどの文はありやアなんだ[中]ほんにお前(めへ)も
あれほど此ぢうも訳をはなしたものをまだうたぐり
なんすのそらほど心元なく思ひなんすなら又よく
咄(はなし)いせふ(と床の内へ入)[庄]いゝにや又はなさずとも此ぢうの訳は
おれも覚(おぼへ)て居るよなんぼ手前(てめへ)があいつらに憎
まれちやア客の前(めへ)イどんな事をいおふもしれねへから
柳に受(うけ)てあやなして置(おく)のなんのと口ぎれへな事
をいつても不断常住つき合(あふ)もんだに仍(よつ)てどんな
事をするか知れねへそして又あんなおかしなにへきら
ねへ返事(へんしよ)をゆつちやアあつちでも合点(がつてん)して居るもん
じやアねへ[中]それだから又一昨日(おとてへ)もなんのかのと
まれちやア客の前(めへ)イどんな事をいおふもしれねへから
柳に受(うけ)てあやなして置(おく)のなんのと口ぎれへな事
をいつても不断常住つき合(あふ)もんだに仍(よつ)てどんな
事をするか知れねへそして又あんなおかしなにへきら
ねへ返事(へんしよ)をゆつちやアあつちでも合点(がつてん)して居るもん
じやアねへ[中]それだから又一昨日(おとてへ)もなんのかのと
いつてよこしたけれどもやつはりいつまでも同じ
返事斗(ばかり)して置(おき)いすマアよく思つても見なんしたか
であの人と色でもする気なら何の為にお前に
咄すもんでごぜんす大概(てへけへ)つもりにも知れた事を[庄]
成(なる)ほど此(この)わけをしよてから咄せばおれもかまはねへ
けれどもせんどあの文(ふみ)をおれに見付けられてしよふ
事なしに咄(はなし)たものだから疑ふめへ物ぢやアねへはサ[中]
サアそれもお前のいゝなんす事でごぜいすけれどもあの
文に名でも書(けへ)て有(ある)じやアなし隠す気ならわつち
がのじやアねへ人に頼まれたといつても済(すみ)いすはナ
返事斗(ばかり)して置(おき)いすマアよく思つても見なんしたか
であの人と色でもする気なら何の為にお前に
咄すもんでごぜんす大概(てへけへ)つもりにも知れた事を[庄]
成(なる)ほど此(この)わけをしよてから咄せばおれもかまはねへ
けれどもせんどあの文(ふみ)をおれに見付けられてしよふ
事なしに咄(はなし)たものだから疑ふめへ物ぢやアねへはサ[中]
サアそれもお前のいゝなんす事でごぜいすけれどもあの
文に名でも書(けへ)て有(ある)じやアなし隠す気ならわつち
がのじやアねへ人に頼まれたといつても済(すみ)いすはナ
【通釈】
庄兵衛「それでもこの間の手紙は、ありゃあ、何だ」。お中「本当にあなたも(疑り深い)。あれほどこの間も訳を話したのに、まだ疑りなさいますの。それほど心配に思いなさるなら又よく(訳を)話しましょう」と言って寝床に入る。庄兵衛「いいや、訳は話(し直)さないでもこの間の(お前が言った)訳は俺も覚えているよ。いくらお前が、あいつらに(冷淡にして)憎まれちゃあ(あいつらが)客の前でどんな事を言うか知れないから(どんな無理を言いかけられても)逆らわないで適当にあしらって置くの何のときれいごとを言っても、(お前とあいつらとは女郎と芸人、俺とは違って)ふだんいつも付き合うのだから、(俺の知らないところで)どんな事をするか知れねえ。そして又あんな煮え切らねえ返事をしたら、男のほうも納得しているもんじゃねえ(、きっとお前を諦めたりはしていないはずだ)」。お中「それだから又おとといも(あいつが)なんのかのと言って寄こして来たけれど、やっぱり私は(仕返しが怖いから、はっきりとは断らずに)やっぱりいつまでも同じ(煮え切らない)返事をしておきます。まあよく考えてもみて下さい。そもそも(私が)あの人と色事でもする気なら、何のためにあなたに話すもんでございます?たいてい少し考えてもわかりそうな事を」。庄兵衛「なるほど。(今話した)この訳を最初から話していたなら俺も気にしないけれど、この間俺にあの手紙を見付けられて、(それをごまかそうとしてあの時お前は訳を)仕方なしに話したもんだから、疑って当然だろうよ」。お中「さあ、それもあなたの言い分でございましょうけれど、(私のほうから言いますと、)あの手紙に名前でも書いてあるじゃなし、(ごまかそうとして私があの人との仲をあなたに)隠す気なら、『この手紙は私のじゃない。人に頼まれ(てことづかっ)ただけだ』と言っても済みますわな」。
【語釈】
・先度・・・さきごろ。このあいだ。せんだって。
・柳に受ける・・・逆らわないで、されるがままになる。
・あやなす・・・巧みに扱う。あやつる。
・口綺麗・・・口先だけで言うりっぱなこと。きれいごと。
・常住不断・・・常に続いていて絶え間のないこと。いつも。
・合点・・・理解すること。納得すること。得心。
・たかで・・・はじめから。そもそも。
・色・・・情事。色事。
・つもり・・・推測すること。おしはかること。
・かまわない・・・差し支えない。気にしない。
【解説】
庄兵衛とお中の痴話喧嘩は、痴話喧嘩の例にもれず、ややこしく入り組んでいます。彼がお中と園大夫の仲を疑うのは、以前にお中が手紙を持っていたのを見つけたことがあったからです。その時にはお中の方から庄兵衛に次のように説明しています。「実はそれは新内流しの園大夫という男にあてた返事であるが、前からその男は私に言い寄っていて、私にはあなたがいるから当然断るのだけれども、袖にして逆恨みされて嫌がらせをされても困るから、あいまいに返事をしているのだ」。
けれども庄兵衛は疑っています。「それは、俺に手紙を見つけられて仕方なく言ったごまかし、嘘だ」。
お中はこう言い返します。「嘘をつく気なら最初から打ち明けたりはしない。名前などどこにも書いてないから、ごまかすなら『別の女郎からことづかった手紙だ』と言っている」。
書いていてばかばかしくなります。男の言い分も女の言い分も一理はありますが、互いに根拠がありません。おなかの最初の説明も本当かどうかわからないし、庄兵衛の疑いも、どこまで本気かはわかりません。手紙にしたところが、客の気を引くための小道具の一つなのかもしれません。
この先二人の言い争いは、手紙を離れて「嘘」「だます」に移ります。二人の痴話喧嘩はこれから佳境に入ります。
