【翻字】
[色]もしへ此中(ぢう)お頼ん
申た事はどふしておくんなせんすへ[山]随分のみ込(こん)で居る
けれどもどふもまだちつと工面が悪いよ[色]アノゑんぽう
とやらはまだかへ[山]ナニゑんぽうたア何の事(こつ)たウゝ何か説法
か[色]ホゝゝホゝゝその説法さまだ済(すま)ねへかへ[山]十三日から初る筈(はづ)
申た事はどふしておくんなせんすへ[山]随分のみ込(こん)で居る
けれどもどふもまだちつと工面が悪いよ[色]アノゑんぽう
とやらはまだかへ[山]ナニゑんぽうたア何の事(こつ)たウゝ何か説法
か[色]ホゝゝホゝゝその説法さまだ済(すま)ねへかへ[山]十三日から初る筈(はづ)
だ[色]それが済と出来やすかへ[山]ウゝ夫せへすめばどふでも
してやるよ[色]ほんにかへわつちやア当(あて)にして居やすよ[山]
随分あてにしや[色]わつちも根津に居たときやア相応に
客もあつたつけがネ爰(こけ)へ来てからアみんな切(きれ)やした
それでおめへに斗(ばかり)度々云(いゝ)にくひけれども[山]ナニサおれもなり
せへすればどふでもしてやるけれどもどふも思ふ様にやアいか
ねへて[色]なんでもこうして来ておくんなんす物だから
してやるよ[色]ほんにかへわつちやア当(あて)にして居やすよ[山]
随分あてにしや[色]わつちも根津に居たときやア相応に
客もあつたつけがネ爰(こけ)へ来てからアみんな切(きれ)やした
それでおめへに斗(ばかり)度々云(いゝ)にくひけれども[山]ナニサおれもなり
せへすればどふでもしてやるけれどもどふも思ふ様にやアいか
ねへて[色]なんでもこうして来ておくんなんす物だから
わつちも御如在にやア存(ぞんじ)やせんからネすへ長く来て
おくんなせんし[山]おらアもふ本尊さまかけて替る気
はねへから手前も替らずに呼んでくれたがゑへ[色]
そりやアもふお前せへ来ておくんなせばどふしてわつち
が替るもんでごぜんすなぜか今夜アきうくつな寝
よふをして居なせんすねマア帯(おびよう)ときなんしな[山]
あつちの客が待つて居ようぜ[色]ナニよふごぜんす
おくんなせんし[山]おらアもふ本尊さまかけて替る気
はねへから手前も替らずに呼んでくれたがゑへ[色]
そりやアもふお前せへ来ておくんなせばどふしてわつち
が替るもんでごぜんすなぜか今夜アきうくつな寝
よふをして居なせんすねマア帯(おびよう)ときなんしな[山]
あつちの客が待つて居ようぜ[色]ナニよふごぜんす
寝るとたわいはごぜんせん怖そふにそつちノ斗よりなん
すねもつとこつちイよりなよ(是より咄しもやみしばらくすぎて)
すねもつとこつちイよりなよ(是より咄しもやみしばらくすぎて)
【通釈】
お色「もし。この間からお頼み申していた事は、どうして下さいますえ」。山花「ちゃんとわかっているけれども、どうもまだ少し懐具合が悪いよ」。お色「あの、〈エンポウ〉とやらはまだかえ」。山花「なに?〈エンポウ〉たあ何の事だ。何か〈説法〉(の事)か」。お色「ホホホホ、その〈説法〉さ。まだ済まねえかえ」。山花「十三日から始まるはずだ」。お色「それが済むと(金の工面が)できますかえ」。山花「うん。それさえ済めばどうにでも(工面)してやるよ」。お色「本当にかえ。私はあてにしていますよ」。山花「しっかりあてにしてな」。お色「私も根津にいた時にゃ、それなりに客もあったっけがね、ここに来てからはみんな切れました。だからあなたにばかり度々、言いにくいけれども(無理を言ってしまって)」。山花「なにさ、俺もできることならどうにでもして(無理を聞いてやる)けれども、(そう)思うようには行かねえって」。お色「何でもこうして来て下さいますものだから、私も(あなたのことを)いい加減には思いませんからね、末永く来て下さいまし」。山花「俺はもう、本尊にかけて変わる気はないから、お前も変わらずに(俺を馴染み客として)呼んでくれていい」。お色「そりゃあもう、あなたさえこうして来て下さいましたら、どうして私が変わる事がありましょう。なぜか今夜は窮屈な寝ようをしていなさいますね。まあ帯を解きなさいな」。山花「あっちの客が待っているだろうぜ」。お色「なに、良うございます。寝るとたわいもございません。怖そうにそっちの方にばかり寄りなさいますね。もっとこっちへ寄りなよ」と、ここのところから会話もやみ、しばらく時が過ぎて、
【語釈】
・もし・・・相手に呼びかけるときに言う語。
・ずいぶん・・・その人の能力・身分・立場などにふさわしいさま。分相応に。それなりに。
・工面・・・金回り。ふところぐあい。
・ゑんぽう・・・お色がわざと「説法」という語を避けて隠語風に作ったでたらめの言葉。
・根津…江戸本郷の根津権現門前に当時岡場所があり、栄えていた。
・如才・・・気を使わないために生じた手落ちがあること。また、そのさま。手抜かり。
・呼ぶ・・・客として招待する。まねく。本来は山花が客であるが、この場合は、客に対する選択権を女郎が持っていたのでこう言ったか。
【解説】
お色が「説法」という語を避けたのは、山花が身分を偽り隠している客だからでしょう。山花はすんなり「説法」と口に出していますから、そんな配慮は少なくともここでは無用だったとお色は思い、「ほほほ」と笑ったものでしょう。
また、お色が山花にねだっているものはここでは明記されていません。おそらくは着物か何かの私物かと思われます。山花は「説法が終わりさえすれば任せておけ」と受け合います。説法が行われる時は人も集まって寺は賑わい、いわゆる書き入れ時でもあったのでしょう。僧侶である山花にとって、説法は収入を当てにできる時だったのでしょう。
客である山花がお色に「これからも変わらず俺を呼んでくれ」と言っていることも合わせ、このくだりは不明な点の残る難解な箇所です。それでも、山花が女郎への誓いを「本尊にかけて」と言うところのおかしさは非常にわかりやすいと言えます。山花は行動レベルだけでなく、心底から破戒僧なのです。
