江戸期版本を読む

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【翻字】
[色]もしへ此中(ぢう)お頼ん
申た事はどふしておくんなせんすへ[山]随分のみ込(こん)で居る
けれどもどふもまだちつと工面が悪いよ[色]アノゑんぽう
とやらはまだかへ[山]ナニゑんぽうたア何の事(こつ)たウゝ何か説法
か[色]ホゝゝホゝゝその説法さまだ済(すま)ねへかへ[山]十三日から初る筈(はづ)
だ[色]それが済と出来やすかへ[山]ウゝ夫せへすめばどふでも
してやるよ[色]ほんにかへわつちやア当(あて)にして居やすよ[山]
随分あてにしや[色]わつちも根津に居たときやア相応に
客もあつたつけがネ爰(こけ)へ来てからアみんな切(きれ)やした
それでおめへに斗(ばかり)度々云(いゝ)にくひけれども[山]ナニサおれもなり
せへすればどふでもしてやるけれどもどふも思ふ様にやアいか
ねへて[色]なんでもこうして来ておくんなんす物だから
わつちも御如在にやア存(ぞんじ)やせんからネすへ長く来て
おくんなせんし[山]おらアもふ本尊さまかけて替る気
はねへから手前も替らずに呼んでくれたがゑへ[色]
そりやアもふお前せへ来ておくんなせばどふしてわつち
が替るもんでごぜんすなぜか今夜アきうくつな寝
よふをして居なせんすねマア帯(おびよう)ときなんしな[山]
あつちの客が待つて居ようぜ[色]ナニよふごぜんす
寝るとたわいはごぜんせん怖そふにそつちノ斗よりなん
すねもつとこつちイよりなよ(是より咄しもやみしばらくすぎて)
【通釈】
お色「もし。この間からお頼み申していた事は、どうして下さいますえ」。山花「ちゃんとわかっているけれども、どうもまだ少し懐具合が悪いよ」。お色「あの、〈エンポウ〉とやらはまだかえ」。山花「なに?〈エンポウ〉たあ何の事だ。何か〈説法〉(の事)か」。お色「ホホホホ、その〈説法〉さ。まだ済まねえかえ」。山花「十三日から始まるはずだ」。お色「それが済むと(金の工面が)できますかえ」。山花「うん。それさえ済めばどうにでも(工面)してやるよ」。お色「本当にかえ。私はあてにしていますよ」。山花「しっかりあてにしてな」。お色「私も根津にいた時にゃ、それなりに客もあったっけがね、ここに来てからはみんな切れました。だからあなたにばかり度々、言いにくいけれども(無理を言ってしまって)」。山花「なにさ、俺もできることならどうにでもして(無理を聞いてやる)けれども、(そう)思うようには行かねえって」。お色「何でもこうして来て下さいますものだから、私も(あなたのことを)いい加減には思いませんからね、末永く来て下さいまし」。山花「俺はもう、本尊にかけて変わる気はないから、お前も変わらずに(俺を馴染み客として)呼んでくれていい」。お色「そりゃあもう、あなたさえこうして来て下さいましたら、どうして私が変わる事がありましょう。なぜか今夜は窮屈な寝ようをしていなさいますね。まあ帯を解きなさいな」。山花「あっちの客が待っているだろうぜ」。お色「なに、良うございます。寝るとたわいもございません。怖そうにそっちの方にばかり寄りなさいますね。もっとこっちへ寄りなよ」と、ここのところから会話もやみ、しばらく時が過ぎて、
【語釈】
・もし・・・相手に呼びかけるときに言う語。
・ずいぶん・・・その人の能力・身分・立場などにふさわしいさま。分相応に。それなりに。
・工面・・・金回り。ふところぐあい。
・ゑんぽう・・・お色がわざと「説法」という語を避けて隠語風に作ったでたらめの言葉。
・根津…江戸本郷の根津権現門前に当時岡場所があり、栄えていた。
・如才・・・気を使わないために生じた手落ちがあること。また、そのさま。手抜かり。
・呼ぶ・・・客として招待する。まねく。本来は山花が客であるが、この場合は、客に対する選択権を女郎が持っていたのでこう言ったか。
【解説】
 お色が「説法」という語を避けたのは、山花が身分を偽り隠している客だからでしょう。山花はすんなり「説法」と口に出していますから、そんな配慮は少なくともここでは無用だったとお色は思い、「ほほほ」と笑ったものでしょう。
 また、お色が山花にねだっているものはここでは明記されていません。おそらくは着物か何かの私物かと思われます。山花は「説法が終わりさえすれば任せておけ」と受け合います。説法が行われる時は人も集まって寺は賑わい、いわゆる書き入れ時でもあったのでしょう。僧侶である山花にとって、説法は収入を当てにできる時だったのでしょう。
 客である山花がお色に「これからも変わらず俺を呼んでくれ」と言っていることも合わせ、このくだりは不明な点の残る難解な箇所です。それでも、山花が女郎への誓いを「本尊にかけて」と言うところのおかしさは非常にわかりやすいと言えます。山花は行動レベルだけでなく、心底から破戒僧なのです。

  

【翻字】
[山]そんなきげんじやアねへはさ気がもめて[色]ホゝゝホゝゝ
ほんに宵にやアでへぶ腹ア立(たち)なすつたね[山]腹ア立
ねへでどふするもんだ五日の晩にもあんな仕内(しうち)をして
置(おゐ)て又今夜も名代(めうでへ)だもの[色]成ほどこよひの事(こた)ア
わつちが悪ひけれども五日の晩にやア全躰(ぜんてへ)お前が吉田
屋イいきなすつたもんだからわつちも腹の立まゝにあ
の様な事をもしたのさ今夜だとつてももふちつと
早く来なさればお前の方(ほう)イ出るけれどもおそく来な
すつたが不肖(ふせう)さそれも外(ほか)の客衆(きやくしゆ)ならどふともする
けれども夕部(ゆふべ)もけへした客だからどふも仕かたがご
ぜんせん[山]色客だろう[色]ナニサもふいつそすかねへ酒
ばつかり呑んでネついぞもふホゝゝホゝゝ[山]つゐぞどふした
[色]ナニサナニサつゐぞナニサ咄(はなし)なんざあした事アごぜんせん[山]
嘘ばつかり[色]嘘じやアごぜんせん[山]武士か町人か[色]ナニサ
折助(おりすけ)だんのサ[山]手前が居ざあやかましくいおふぜへ
[色]ナアニ酔(よつ)て寝ているからよふごぜんすもつとこつちイ
よりな[山]ヲゝ足がいてへまちやまちや
【通釈】
山花「そんな気分じゃねえわさ。(お前がいつになったら来るかと)気がもめて」。お色「ホホホホ。本当に宵にはだいぶんと腹を立てなさったね」。山花「腹を立てねえでどうする。五日の晩にもあんな仕打ちをしておいて、又今夜も代理だもの」。お色「なるほど今宵のことは私が悪いけれども、五日の晩には(その前に)あなたが吉田屋へ行きなさったもんだから、私も腹の立つままに、あのような事もしたのさ。
今夜だって、もう少し早く来なされば(私も最初から)あなたの方に出るけれども、遅く来なさったのが不運さ。それも他の客ならどうとでも(都合を付けなど)するけれども、前の晩も帰した客だから、どうにも仕方がございません(。それで遅れました)」。山花「色客なんだろう?」。お色「なにさ、もうむしろ好きでない(客さ)。酒ばかり飲んでね。ついぞ、もう、ホホホホ」。山花「ついぞ、どうした」。お色「なにさ、なにさ、ついぞ、話なんざあした事はございません」。山花「嘘ばっかり」。お色「嘘じゃあございません」。山花「武士か、町人か」。お色「なにさ、折助ですのさ」。山花「お前が(横に)いなかったら、(その客が)やかましく(文句を)言うだろうぜ(。そろそろ戻らなくてもいいのか)」。お色「なに、酔って寝ているから良うございます。もっとこっちへ寄りな」。山花「おお、足が痛え。待ちや、待ちや」。
【語釈】
・不肖・・・不運・不幸であること。
・色客・・・情人である遊客
・いっそう・・・むしろ。かえって。
・折助・・・近世、武家で使われた下男の異称。
【解説】
 俳諧宗匠に変装して女郎屋に来た山花は、夜更けにようやくやってきた馴染み女郎のお色に文句を言います。「五日の事」とはおそらく、客とした来たけれども結局お色が来なかったことを言っているようです。当時は「振る」と言って、江戸の色里では、指名した遊女が座敷に来ないことがあったようです。お色はそれに対して、「それは山花が別の女郎屋に行ったことへの腹立ちまぎれの仕返しだ」と答えています。遊女と客は疑似的な夫婦関係であったというのは、それが成立するエリアが廓・岡場所全体、その店内だけ、エリアはなく成立しない、というように、遊女の格に応じて変化したようです。馴染み客が同じ色里の他の店に行ったことを咎めていますから、お色、あるいは谷中いろは茶屋の色里としての格は、決して低くはなかったようです。
 前の晩も来ていたというもう一人の客については、本編後半で登場します。山花に「情人ではないし、話をしたこともない、酒を飲んで寝るだけの客」と言うお色の言葉が果たして真実であるのかどうかが本編のもう一つの楽しみです。
 この後、山花とお色の会話が続きます。徐々に彼の僧侶としてのとんでもない姿が描かれます。その罰当たりな破戒僧ぶりをご期待下さい。

  

【翻字】
来るか来るかと待(まつ)ときや来(こ)いて余所(よそ)へかはれてまゝ
ならぬ夜更(よふ)けて[相方お色](来る)おくにさんおくにさん[名代お国]あいあい
ウゝゝウゝゝ[坊主客(ハイミヤウ)山花]是(これ)々おきなおきな[お色]お国さんお国さん是さ
是さもうちつと気をつけなよ[お国]あいあい[山花]これさこれさ[国]
モウおけへりなせんすかへ[色]いゝにやサまだけへりなさるの
じやアねへマアちつとあつちイいつとくんな[国]ヲヤお色さん
かへわつちやア又お帰(けへ)りなせんすかとおもひしたよいつ
そモウ眠くつて眠くつてなりやせん[色]おとよさんの所(とこ)イでも
いつてねて居な[国]アイそんならいつてめへりやせふ
(と出て行)[色]よく寝る子だねへ(といひながらとこへ入)[山]なんても来ると
寝たがねげへりもしやアしねへ[色]お前(めへ)又どふぞしやア
しなんせんか[山]ナニ馬鹿な事を[色]それでもお前
がふ断可愛らしい可愛らしいといゝなさるから知れねへもの
【通釈】
(女郎屋へ行って指名したはずの女がなかなか来ないで、今に)来るか、来るかと待つ時には来ないで、他所(の客)に買われて、(とかく)思い通りにならない(時が少なくないものだが、そんな日のある)夜も更けて、その夜指名した女郎のお色が(ようやく)来て「お国さん、お国さん」。お色が来るまでの代理をしていた女郎のお国が「はいはい。ううう・・・」(と寝ぼけている)。坊主の客で俳号は山花(という、ここへは俳諧師匠として隠れて遊びに来ているその男が)「これ、これ。起きな、起きな」。お色「お国さん、お国さん。これ、さあ、これ、さあ。もう少し(寝込んでしまわないように)気をつけなよ」。お国「はい。はい」。山花「これ、さあ、これ、さあ」。お国「もうお帰りなさいますかえ」。お色「いいや、まだお帰りなさるのじゃあない。まあ(もういい、私が来たから邪魔だから)ちょっとあっちへ行ってくんなよ」。お国「おや、お色さんかえ。私は又(お客が)お帰りなさいますのかと思いましたよ。たいそう眠くって眠くってなりません」。お色「おとよさんの所へでも行って寝ていな」。お国「はい。そんなら行って参りやす」と出て行く。お色「よく寝る子だねえ」と言いながら床に入る。山花「何でも(あのお国はここに)来ると(すぐに)寝たが、寝返りもしやあしねえ(。それぐらいよく寝ていた)」。お色「あなた、又(あのお国と)どうかしやしませんでしたか?」。山花「何、馬鹿なことを」。お色「それでもあなたがふだんから(お国のことを)可愛いらしい、可愛らしいと言いなさるから、(今夜だってどうだか)知れねえものさ」。
【語釈】
・坊客(ぼんかく)・・・不詳だが、「女郎屋に客として来た寺の僧侶」で「坊(主の)客」の意。当時僧侶は女犯禁制であったが、実際にはそれを犯す僧侶は少なくなかった。
・国字・・・「(我が)国(の文)字」の意で「いろは」と読む。江戸谷中の感応寺門前に当時岡場所があり、通称が「いろは茶屋」であったことから、谷中の意。
・来るか来るか・・・当時江戸の遊里で馴染み客が同じ日に複数来店すると、遊女は複数の座敷を回った。客によってはずいぶん待たされたり、来ずに終わることもあった。
・相方・・・相手の女郎。
・名代(みょうだい)・・・ある人の代わりを務めること。また、その人。代理。
・はいみょう・・・俳号。俳名。俳句の作者としての雅号。
・いっそ・・・まったく。たいそう。
・なんでも・・・よくはわからないが。
【解説】
 今の台東区にある谷中天王寺は改称後の名称で、当時は感王寺であり、当時は富くじの興行で賑わいを見せた寺でした。その門前に通称「いろは茶屋」と呼ばれる岡場所があり、僧の客が多かったようです。藤沢周平原作「鬼平犯科帳」に「谷中いろは茶屋」という作品があり、ドラマ化もされていて、それで知る人も多いようです。
 本編「坊客」だけは副題に地名がありません。「国字(いろは)」とあり、なぜそうしたかは定かではありません。末尾に「感応寺」とありますから、恐らくは隠す意図からでなく、それだけ有名であったためではと推察します。
 本編は他の三編に比べると最も難解です。客の言動も女郎の言動もよくわかりません。ただ、逆に言うと、本編に描かれているとおりに当時の女郎屋を理解すればよいのかもしれません。夜中に馴染みの女郎がようやく僧侶の馴染み客、もっともその僧侶は俳諧の師匠に化けて来ているのですが、その座敷に来て、留守中の代理を務めていて寝込んでしまっていた、おそらくは年若い後輩の女郎を追い出して床に入り、男が若い女郎と通じていないことを確かめている、読み取ったままの様子が当時の谷中という岡場所の一女郎屋で実際に展開されていたのであろうと読めばよいのだろうと思います。
 当時は僧侶は女遊びは禁止で、露見すれば刑事罰を受けたり寺を追われるなどの社会的制裁を受けたようです。本編の坊主が俳諧の師匠に変装しているのは、当時俳諧の師匠で僧体(僧の姿)にしていた者が多かったからでしょう。当時は俳諧宗匠に限らず、医者や諸芸の芸人など、僧侶と同じ格好をする者が多くいたようです。ただ、その禁制も厳密に守られていたというよりは、むしろ本編が示すように「隠れてやる分にはお構いなし」が実態に近かったようです。それで暮らしが立つ人たちもいたはずで、世の中は持ちつ持たれつ、今も昔もこの辺りの事情に大きな違いはないようです。

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【翻字】
[庄]それほど又おれ
と切(きれ)たくはきれてやろうはサ[中]ナニわつちがきれてへ事
が有(ある)もんでごぜんす[庄]それでもお幸でも誰でもよべ
といふじやアねへか[中]それもお前が無理ばつかりいゝなんす
から切たくつての事と思ひすからさお前になんして
からこつちイは客衆はみんなきれてしまうしお前が来
なんせん段になればわつちやア生(いき)ちやアいられゐせん
[庄]そんならゑへよばかな泣事(なくこた)アねへ[中]それだとつて
もあんまりむごい[庄]トレ皃(かほ)を拭(ふい)てやろうこつちらアむ
きや[中]ナニふかずともよふごぜいすよ[庄]是さマアなんでも
こつちよをむきやよ[中]あい[庄]よサ[中]あい[庄]何もかも
おれが悪かつた誤るから堪忍(かんに)しや[中]ナニかんにするの誤る
のといふ中じやアごぜんせんはナ[庄]そんならきげんを
直しや[中]お前もきげんを直しなんし[庄]おらアもふとう
にきげんが直つた[中]ほんにかへ憎らしい人にやアなかせてからに(とだきつく)
[庄]ほんに大夫とのわけはねへか[中]アレまだいゝなんすよそんならモウ
わつちやアいやよ[庄]アゝいふめへいふめへもふ押付(おつつけ)むけへだらう
中直りに(と夜着(よぎ)引かぶれば屏風(べうぶ)がぎちぎち)
【通釈】
庄兵衛「それほど又俺と切れたいなら、切れてやろうわさ」。お中「どうして私が切れたい事があるものでございますか」。庄兵衛「それでも、『お幸でも誰でも呼べ』と言うじゃねえか」。お中「それも、あなたが無理なことばかりいいなさるから、切れたくって(無理を言うの)だと思いますからさ。あなたにナニしてからこっちは、(他の)客は皆切れてしまうし、あなたが来なさらない段になれば、私は生きてはいられません」。庄兵衛「それならいいよ。馬鹿な、泣くことはねえ」。お中「それだといっても、あんまり(いじめようが)ひどい」。庄兵衛「どれ、顔を拭いてやろう。こちらを向きな」。お中「なに、拭かなくっても良うございます」。庄兵衛「これさ(、強情な女だ)、まあ(なんでもいいから)こっちを向きなよ」。お中「はい」。庄兵衛「よし」。お中「はい」。庄兵衛「何もかも俺が悪かった。謝るから堪忍しな」。お中「なに、堪忍するの謝るのという(水臭い)仲じゃございませんわな」。庄兵衛「それなら機嫌を直しな」。お中「あなたも機嫌をお直しなさいな」。庄兵衛「俺はもうとっくに機嫌が直った」。お中「本当かえ。憎らしい人ね。泣かせてから(優しくするなんて)」と(言って)抱き付く。庄兵衛「本当に園大夫とは何でもねえか」。お中「あれ、まだ(その事を)言いなさるよ。そんならもう私は嫌よ」。庄兵衛「ああ、(もう)言うめえ言うめえ。もうそろそろ迎え(が来る)だろう。仲直りに・・・」と言って、掛布団を引きかぶると、屏風がぎちぎち(ときしむ音がする)。
【語釈】
・なん・・・「何」。事物・人などをぼかしてさす語。ここでは庄兵衛との関係を言う。当時、一人の客が遊女と関係を持った時、同じ店で他の遊女と関係を持つことは原則なく、店内では疑似的な夫婦関係と見なされた。
・わけ・・・男女間のいきさつ。また、情事。
・おっつけ・・・やがて。そのうちに。まもなく。
・迎え・・・不詳。庄兵衛を迎えに来る者とも考えられるが、おそらくはお中の属する置屋からの迎えか。
・夜着・・・寝るときに上に掛ける夜具。特に、着物の形をした大形の掛け布団。
【解説】
 お中が居直って別れを覚悟する言葉を言って泣き出すと、庄兵衛は態度を軟化させ、優しい態度を見せ始めます。このあたりは、今も昔も変わらない、男女の痴話喧嘩の典型的展開でしょう。そのあとは、読むのもばかばかしい、グダグダの仲直りに落ち着きます。
 お中の涙や言葉にどれほどの真実があるのかはわかりません。けれども、「変語」における客が当時の色里に遊ぶおおかたの客であるとすると、本編で描かれている庄兵衛は、男としてはうらやむべき、大成功している客であるとは言えるでしょう。同じ遊ぶならこういう客になりたいものだと、男たちは色里通いの理想・目標・お手本にしたことでしょう。これを読んで当時の男たちは、顔をにやつかせていたのではないでしょうか。男というものは本当にしようのない、まったく進歩のない生き物のようです。

  

【翻字】
[庄]どふして手前(てめへ)の懐(ふところ)にあつた物を人にたのまれたの
なんのといつてすむもんだそりやアはや手めへはだま
す事が上手だから合点(がつてん)するものもあるかしらねへが
おいらアまあ合点はしねへ[中]そんならおめへどふでも
うたぐりなんすかへ[庄]しれた事さ[中]わつちやア又お前
もお幸(かう)さんの事なんぞも咄(はなし)なんすもんだから隠し
ちやア結句(けつか)わるかろふと思つて(是より泣(なき)声になり)そして又だま
すが上手だといひなんすが何がおめへをだました事
がごぜんすいかにわつちがよふな者だとつてもそん
なにいぢめなんす事(こた)アおざゐせん[庄]何も手前を
いぢめやアしねへ[中]それでもいつお前をだました事
がごぜんしてたますが上手だのなんのといゝなんす
[庄](少しこまりかんがへて)そんならいおふか夏中(なつぢう)手前がいふ事にやア
帷子(かたびらを着て寝るとしわに成(なつ)て悪いから浴衣(ゆかた)を
拵(こしらへ)て置(おゐ)てやろうといつたがとふとふ出来ずに仕廻(しまつ)
たじやアねへか[中]それがそんなに腹が立(たち)いすかへ下町の
客衆(きやくしゆ)が金をとられるはづだつけが夫から来はせず夫に
盆前にもちつとでもお前の方(ほう)イ足(たし)たからどふも
出来ねへもの[庄]盆前の事がそれほど惜(おし)くはゑへはサ
ひどひ工面をしてあの金はけへそふ[中]ナニサそれが惜い
のほしいのでそふいふのじやアございせんはナなんでも
一言いへばその様に言葉質(ことばじちよ)を取(とつ)ていぢめなんす(なきながら)
お前も又男のよふでもねへそらほどわつちがいやに成(なり)
なんしたらさつぱりときれてお幸さんでも誰でも
よびなんしたがよふごぜんす今迄お心安く致(いたし)ゐし
て色々な事をも申(もうし)んしたが嘸(さぞ)お腹も立(たち)ゐせう
が堪忍(かんに)しておくんなんしお前斗(ばかり)アそふしたおこゝろ
じやア有(ある)めへとおもつてほんに勿躰(もつてへ)ねへ親もうみつけ
ねへからだにまで疵(きず)ウ(とあとはいはず此所にていよいよなく)
【通釈】
庄兵衛「どうして自分のふところにあったものを、人に頼まれたのなんのと言って済むものか。そりゃあ、もともとお前は(人を)だますことが上手だから、(そんな言い訳で)納得するものがいるか知れねえが、俺はまあ納得はしねえ」。お中「そんならあなた、どうしても疑りなさるかえ」。庄兵衛「(答えるまでもなく)知れた事さ(疑うよ)」。お中「私は又、あなたも幸さんのことなんぞも(隠さずに私に)話しなさるもんだから、(私のほうも)隠しちゃあ、かえって悪かろうと思って」。お中はここから泣き声になり、「そして又『(私は)だますのが上手だ』と言いなさるが、どうして(私が)あなたをだましたことが(今までに一度でも)ございますか。(つまらない女郎である)私のような者だといっても、そんなにいじめなさる事はございません(でしょう)」。庄兵衛「何も(俺は)お前をいじめはしねえ」。お中「それでもいつ(私が)あなたをだました事がございまして、(私のことを)だますのが上手だの何のと言いなさる?」。庄兵衛は少し困り、考えて、「そんなら言おうか。夏のいつだったかに、お前が言うことにゃあ、『帷子を着て寝るとしわになってよくないから、浴衣をこしらえておいてやろう』と言ったが、とうとうできずに終わったじゃねえか」。お中「それがそんなに腹立ちますかえ?下町の客のお金を受け取れるはずだったのが、あれから(この店に)来ず(じまいで結局もらえず)、その上、盆前に(たとえ)少しで(はあって)もあなたの方に(お金を)回したから、(それでお金が足りなくなって、浴衣が)どうしてもできねえもの(、嘘をついたのではありませんわ)」。庄兵衛「盆前の(俺にくれた金の)事がそれほど惜しいなら、いいさ、たいへんな工面をして(でも)あの金は返そう」。お中「何さ、それが惜しいとか欲しいとかでこういうのじゃございませんわ。何でも(私が)一言言うと、そのようにそれを証拠にして取って、(私を)いじめなさる。今までお心やすくいたしまして、色々なことを申しましたが、さぞお腹もお立ちでしょうが、堪忍して下さい。あなただけは、そういうお心じゃあなかろうと、(私は今まで)思って、本当に恐れ多い(ことでした)。親も(こんな風には)産み付けなかった、この体に傷・・・」と、後(の言葉)は言わないで、ここのところでいよいよ(激しく)泣く。
【語釈】
・はや・・・実は。ほかならぬ。もともと。
・幸さん・・・不詳だが、おなじ深川の女郎であろう。
・けっく・・・かえって。むしろ。反対に。
・何が・・・反語の意を表す。どうして…か、そんなことはない。
・じゅう・・・ある期間のうちのある時。
・帷子・・・生絹 (すずし) や麻布で仕立てた、夏に着るひとえの着物。
・言葉質・・・人の言ったことを、のちの証拠として取っておくこと。また、その言葉。言質 (げんち) 。
・きず・・・相愛の男女がその愛の変わらぬ証としてした、刺青、切指、爪を抜く等の「心中立て」による傷。
【解説】
 庄兵衛とお中の痴話喧嘩は、園大夫への手紙から、思わぬ方向へどんどんと流れて展開していきます。読んでいて仲裁する気にもならないばかばかしい展開、まさに痴話喧嘩です。
 読んでいてわかることは、庄兵衛にお中がお金や贈り物を渡したり約束したりしていることです。前の「変語」では、女郎のほうが客にものをねだり、客がそれに応じていました。それをごく一般的な女郎と男客の関係だとすると、本編の庄兵衛とお中の関係は、レアケースとまでは言えないまでも、女郎のほうが男客に入れ込んでいる、ありそうでなかなかない関係であったようです。「粋事」という編名も、それを示唆しています。
 ともかく、最後にお中は互いの関係を清算しようと言って、泣き崩れます。これは職業上の演技なのか、それとも愛情からの真実の涙なのか、私には判断がつきません。そこがおそらくは本編の作意であると同時にその文学的価値でもあるのでしょう。B級文学ではあるでしょうが、B級にはB級の価値があるものです。 

  

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