【翻字】
来るか来るかと待(まつ)ときや来(こ)いて余所(よそ)へかはれてまゝ
ならぬ夜更(よふ)けて[相方お色](来る)おくにさんおくにさん[名代お国]あいあい
ウゝゝウゝゝ[坊主客(ハイミヤウ)山花]是(これ)々おきなおきな[お色]お国さんお国さん是さ
是さもうちつと気をつけなよ[お国]あいあい[山花]これさこれさ[国]
モウおけへりなせんすかへ[色]いゝにやサまだけへりなさるの
じやアねへマアちつとあつちイいつとくんな[国]ヲヤお色さん
ならぬ夜更(よふ)けて[相方お色](来る)おくにさんおくにさん[名代お国]あいあい
ウゝゝウゝゝ[坊主客(ハイミヤウ)山花]是(これ)々おきなおきな[お色]お国さんお国さん是さ
是さもうちつと気をつけなよ[お国]あいあい[山花]これさこれさ[国]
モウおけへりなせんすかへ[色]いゝにやサまだけへりなさるの
じやアねへマアちつとあつちイいつとくんな[国]ヲヤお色さん
かへわつちやア又お帰(けへ)りなせんすかとおもひしたよいつ
そモウ眠くつて眠くつてなりやせん[色]おとよさんの所(とこ)イでも
いつてねて居な[国]アイそんならいつてめへりやせふ
(と出て行)[色]よく寝る子だねへ(といひながらとこへ入)[山]なんても来ると
寝たがねげへりもしやアしねへ[色]お前(めへ)又どふぞしやア
しなんせんか[山]ナニ馬鹿な事を[色]それでもお前
がふ断可愛らしい可愛らしいといゝなさるから知れねへもの
そモウ眠くつて眠くつてなりやせん[色]おとよさんの所(とこ)イでも
いつてねて居な[国]アイそんならいつてめへりやせふ
(と出て行)[色]よく寝る子だねへ(といひながらとこへ入)[山]なんても来ると
寝たがねげへりもしやアしねへ[色]お前(めへ)又どふぞしやア
しなんせんか[山]ナニ馬鹿な事を[色]それでもお前
がふ断可愛らしい可愛らしいといゝなさるから知れねへもの
さ
【通釈】
(女郎屋へ行って指名したはずの女がなかなか来ないで、今に)来るか、来るかと待つ時には来ないで、他所(の客)に買われて、(とかく)思い通りにならない(時が少なくないものだが、そんな日のある)夜も更けて、その夜指名した女郎のお色が(ようやく)来て「お国さん、お国さん」。お色が来るまでの代理をしていた女郎のお国が「はいはい。ううう・・・」(と寝ぼけている)。坊主の客で俳号は山花(という、ここへは俳諧師匠として隠れて遊びに来ているその男が)「これ、これ。起きな、起きな」。お色「お国さん、お国さん。これ、さあ、これ、さあ。もう少し(寝込んでしまわないように)気をつけなよ」。お国「はい。はい」。山花「これ、さあ、これ、さあ」。お国「もうお帰りなさいますかえ」。お色「いいや、まだお帰りなさるのじゃあない。まあ(もういい、私が来たから邪魔だから)ちょっとあっちへ行ってくんなよ」。お国「おや、お色さんかえ。私は又(お客が)お帰りなさいますのかと思いましたよ。たいそう眠くって眠くってなりません」。お色「おとよさんの所へでも行って寝ていな」。お国「はい。そんなら行って参りやす」と出て行く。お色「よく寝る子だねえ」と言いながら床に入る。山花「何でも(あのお国はここに)来ると(すぐに)寝たが、寝返りもしやあしねえ(。それぐらいよく寝ていた)」。お色「あなた、又(あのお国と)どうかしやしませんでしたか?」。山花「何、馬鹿なことを」。お色「それでもあなたがふだんから(お国のことを)可愛いらしい、可愛らしいと言いなさるから、(今夜だってどうだか)知れねえものさ」。
【語釈】
・坊客(ぼんかく)・・・不詳だが、「女郎屋に客として来た寺の僧侶」で「坊(主の)客」の意。当時僧侶は女犯禁制であったが、実際にはそれを犯す僧侶は少なくなかった。
・国字・・・「(我が)国(の文)字」の意で「いろは」と読む。江戸谷中の感応寺門前に当時岡場所があり、通称が「いろは茶屋」であったことから、谷中の意。
・来るか来るか・・・当時江戸の遊里で馴染み客が同じ日に複数来店すると、遊女は複数の座敷を回った。客によってはずいぶん待たされたり、来ずに終わることもあった。
・相方・・・相手の女郎。
・名代(みょうだい)・・・ある人の代わりを務めること。また、その人。代理。
・はいみょう・・・俳号。俳名。俳句の作者としての雅号。
・いっそ・・・まったく。たいそう。
・なんでも・・・よくはわからないが。
【解説】
今の台東区にある谷中天王寺は改称後の名称で、当時は感王寺であり、当時は富くじの興行で賑わいを見せた寺でした。その門前に通称「いろは茶屋」と呼ばれる岡場所があり、僧の客が多かったようです。藤沢周平原作「鬼平犯科帳」に「谷中いろは茶屋」という作品があり、ドラマ化もされていて、それで知る人も多いようです。
本編「坊客」だけは副題に地名がありません。「国字(いろは)」とあり、なぜそうしたかは定かではありません。末尾に「感応寺」とありますから、恐らくは隠す意図からでなく、それだけ有名であったためではと推察します。
本編は他の三編に比べると最も難解です。客の言動も女郎の言動もよくわかりません。ただ、逆に言うと、本編に描かれているとおりに当時の女郎屋を理解すればよいのかもしれません。夜中に馴染みの女郎がようやく僧侶の馴染み客、もっともその僧侶は俳諧の師匠に化けて来ているのですが、その座敷に来て、留守中の代理を務めていて寝込んでしまっていた、おそらくは年若い後輩の女郎を追い出して床に入り、男が若い女郎と通じていないことを確かめている、読み取ったままの様子が当時の谷中という岡場所の一女郎屋で実際に展開されていたのであろうと読めばよいのだろうと思います。
当時は僧侶は女遊びは禁止で、露見すれば刑事罰を受けたり寺を追われるなどの社会的制裁を受けたようです。本編の坊主が俳諧の師匠に変装しているのは、当時俳諧の師匠で僧体(僧の姿)にしていた者が多かったからでしょう。当時は俳諧宗匠に限らず、医者や諸芸の芸人など、僧侶と同じ格好をする者が多くいたようです。ただ、その禁制も厳密に守られていたというよりは、むしろ本編が示すように「隠れてやる分にはお構いなし」が実態に近かったようです。それで暮らしが立つ人たちもいたはずで、世の中は持ちつ持たれつ、今も昔もこの辺りの事情に大きな違いはないようです。
