江戸期版本を読む

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【翻字】
 能智あり おぼえのあらば 程よりも しやうくはんせむと おもへよの中

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 前の哥には物事を まなぶうへをいひ此 哥にてはその事 すでに成就のうへを のべたり韓退之(かんたいし)が ことばに一芸に名 あるものは庸(もちい)られず といふことなしといへりやんごとなき氏(うぢ) すじやうの人といへ ども無智無能な れば人にうとんぜら れ芸能の徳あれ ばそのほどよりも しやうくはんせられん は雲泥のちがひな れば幼稚の時より も諸道のまなび ゆだんすべからざる 事なり

【通釈】
 能力や知恵があり、評判がよく目上の人に認められているならば、家柄や出自以上に出世するだろうと思いなさい。この世の中は(そういうものである)。

 前の歌では(諸道を)学ぶ際(の心構え)を言い、この歌では既に(その学びが)成就した上での事を述べている。韓退之の言葉に「一芸に秀でて名のある者であれば、登用されないことはない」とある。貴い出自の人であるとしても、知恵も能力も共になければ、人に疎んじられるし、(逆に)諸芸に秀でた学徳があれば、身分以上に官位が進むであろうことは、雲泥の差であるから、幼時から諸芸諸道の学習に油断してはいけない。

【語釈】
・能智…能力や知恵。
・覚え…「評判。世評」。あるいは「寵愛。目上の人からよく思われること」。
・韓退之…韓愈(768~824年)。唐代の文人。唐宋八大家の第一に挙げられる。
・一芸に名あるものは庸られずといふことなし…韓愈「進学解」の一節。
・ほど…身分。地位。家柄。
・昇官…官位があがること。上級の官位にすすむこと。

【解説】
 第二十一首目は、「出世するには出自より能力才芸が重要である」ことについて詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、三人の貴族が室内で顔を合わせて何やら話をしている場面を描いています。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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【翻字】
 世中はものゝけいこをするがなる ふじの高ねに 名をあげよ人

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 およそ諸道を学ぶ には心ざしをはげまし 一際(きは)にすぐれ出んと 思ひとりて学ばざれば 上たつする事は 有まし富士は三国無双 の名山なれば爰にいひ かけて物のけいこするに は三国にも及ぶばかりの 名をとらんと思ふほどに 心ざしをはげむべしとの ほしへなり蛍をあつめ て書を学び雪に映 して文(ふみ)を見し人々いに しへ今に名をあけし ためしみな此哥の心 ばへにひとしく心ざしを 立(たて)ずしてはかゝる名 は世にのこらじ

【通釈】
 世の中は、ものの稽古を(志を抱いて熱心に)すれば、その道は成就するものである。富士山のような高い名を上げなさい。

 およそ、諸々の芸道を学ぶにおいては、志を奮い立たせ、一段と秀でようと決心して学ばないことには、上達は望めないものである。富士山は三国に比類ない名山であるから、それに掛けて、ものの稽古をする際には、三国中に及ぶほどの名を得ようと、思うほどの志を奮い立たすべきであるという教え(をこの歌は表しているの)である。蛍を集め(、夜はその光で)書物を読み(学び)、雪(明かり)に映して(その光で夜に)書物を見た人々(の故事や)、昔や今の(諸道で)名を上げた(人々の)例は皆、この歌の心と同じであり、志を立てないでいては、こうした(高)名は世に残らないであろう。

【語釈】
・稽古…芸能・武術・技術などを習うこと。
・するがなる…「駿河なる」と「するが成る」を掛けた掛詞。
・三国無双…日本・中国・インドの三つの国を通じて並ぶものがないこと。この世で比べるもののないこと。
・蛍をあつめて書を学び雪に映して文を見し人々…『晋書』車胤伝、孫康伝。いわゆる「蛍雪」の故事。

【解説】
 第二十首目は、「諸道の臨む際に高い志を持って稽古する」ことの重要性について詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、二人の女性を描いています。手前の女性は縁側に座り、上の女性は室内で琴を弾いています。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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【翻字】
 世中にいのちの長く 有たくはいきとしいける物を ころすな

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 神明の罰仏の因果 の理かげのかたちに したがふがごとしうてばひ びきの出るにひとしく 速(すみやか)成事なればいきと しいける命を殺して 何そ其身の長命ならん や我害人則人亦害我 といへり爰に命の長 く有たくは第一に無 益の殺生を戒むべし 非道に物の命をたつ時 は其報すみやかにして 天寿をもたもたずして その身ほろびん道 理をのべたり

【通釈】
 世の中で長命であることを望むなら、生き物を殺すな。

 神罰や仏教の因果の理というものは、影が形に従うのと同じである。(太鼓を)打つと(すぐに音の)響きが出るのと同じで、即時であるので、生き物の命を殺して、どうして自分自身が長命であり得ようか。「自分が人を傷つければ人もまた自分を傷つけるものだ」という(言葉もある)。だから、長命を望むなら、何よりもまず無益な殺生を戒めなければならない。道理に背いて生き物の命を絶つ時は、その報いはすぐさまやって来て、自分自身の身が滅ぶ道理を(この歌は)述べている。

【語釈】
・神明…神。神祇。
・我害人則人亦害我…出典不詳。注には訓点があり、「我人を害せば人も亦我を害す」と読める。

【解説】
 第十九首目は「無益な殺生をしない」ことの重要性について詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、三人の子供が遊ぶ姿を描いています。中央の子供は笙のような笛を吹いています。右手の子供は竹籠の蓋を開けて持っています。左手の子供は両手を宙に挙げて、頭上の小鳥を見上げています。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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【翻字】
 世中にすめば ふしやうが有物を それをいはぬは 岩木成けり

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 人間親疎の交に つきていづれにも 恕の道はかき難(かた)し 恕とは即ちふせうの 事なり万(よろづ)の事 ふせう堪忍のいる ものなるを人の 癖として快く うけひかぬ類も 世に多し岩木とは 心なきたとへなり 人非木石必有情 と白氏文集に出 たり

【通釈】
 世の中に住んでいれば、不本意ながら承知しなければならないことがあるものだが、それを口に出さずにいられるのは、木や石(のように心を持たない人だけ)である。

 世間でのさまざまな交際において、相手を思いやる気持ちを欠く事は難しい。「思いやり」とはつまり、「嫌でも承知して受け入れる」という事である。それには我慢が必要であるが、人の性質として、快く受け入れる事ができない場合が多い。「岩木」とは、心を持たないもののたとえである。「人は木石に非ず必ず情有り」と『白氏文集』に見える。

【語釈】
・人間…人の住んでいる世界。世間。
・恕…他人の立場や心情を察すること。思いやり。
・不承… いやいやながら承知すること。
・うけひく…聞き入れる。承知する。
・人非木石必有情…白居易の詩「李夫人」の一節。「人は木や石でなく、皆情を持っている」。
・白氏文集…唐の文人、白居易(772~846年)の詩文集。

【解説】
 第十八首目は教訓性の判然としない歌ですが、「生きていれば不満を抱くものであり、不満があれば口に出して言うのが自然である」と詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、右手は立ち去ろうとしている男性らしく、左手の縁近くに置いた火鉢の内で細工物をしているらしい男性は、何やら不満そうな怒った目つきをしている、そんな場面が描かれています。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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【翻字】
 世中の 人に似合ぬ はたらきは よからぬ事と おもほゆるかな

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 まづしきものは人に おくるにたからを以て せず老(おひ)たる者は人に おくるにちからを以て せずといふをしへあるが ごとし弘法大師の 遺訓の中にも法師 の腕立(うでたて)とて戒められ たりたゞ其人々の 程を知べしその程々 をしらざる人のはたら きはかならずよから ぬ事のみ多かるべし

【通釈】
 世の中で、その人に似合わない働きは、良くない事であると思われるなあ。

 「貧しい者は人に宝を贈ったりはしないし、老人は人のために労力を使ったりはしないものだ」という教訓がある(が、そ)の(心)と(この歌の心は)同じである。弘法大師の御遺訓に「法師の腕立て(は控えよ)」とあり、(同じ事を)戒めなさっている。ただもう、その人ごとに(己の)身の程を知るべきである。自分の身の程をわきまえない人の働きというものは、良くない事が多いに違いない。

【語釈】
・弘法大師…空海(774~835年)。真言宗の開祖。
・遺訓…故人の残した教え、教訓。空海の遺訓とされるものは六種伝わっているが、それらの中には見えない。
・法師の腕立…「似合わぬ僧の腕立て」。ふさわしくないことをするたとえ。「腕立(うでだて)」は「腕力の強さを誇示すること。腕力の強さを頼んで人と争うこと」。

【解説】
 第十七首目は「自分に似つかわしくない働きを慎む」ことの重要性について詠んでいると、注釈は説明しています。絵は、右手の弓を引く僧侶が、左手の米俵を抱え上げる両肌を脱いだ男性を横目で見ている姿を描いています。

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(底本:『世中百首絵鈔』(1835年刊。三重県立図書館D.L.))

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