(第一 下)
正成、遥かに見送つて、嫡子正行を招き、涙を浮かめ、「汝、幼くとも、よく聞き置け。忝くも我、帝に頼まれ奉り、命を敵の矢先に懸け、身を戦場に投げ打つ事、誉れを取つて名を残さんためにもあらず。子孫の栄華を願ふにもあらず。朝敵を滅ぼし、国家安全の叡慮を休め奉らんと、義を重んずるばかりなり。今度の合戦、味方、必定打ち負け、王法忽ち傾き、御代を奪はれ給はん事、鏡に照らすが如くなれば、我、一つの謀り事を以て、さまざまお諫め申せども、坊門の宰相、邪の理を進め、君、用ゐさせ給はねば、力なく打つ立つたり。父が一期の名残の軍、花々しく戦ひ、一戦に腹を切るべきぞ。
お事はこれより故郷に帰り、父が最期と聞くならば、いよいよ身を全うして、二十にも余る時、金剛山を要害として、住吉、天王寺に打つて出、近隣を脅かし、討手向かはば一命を、養由が矢先に懸け、義を紀信が忠烈に比べ、攻め戦ひ、君を御代に立て参らせ、父が憤りを散ぜん事、いかなる仏事孝養も、これにはなどか優るべき。今生にて汝が顔見る事も、これまでぞ。必ず言葉を忘るるな。」と、勇気撓まぬ弓取も、恩愛父子の浮世の別れ、涙をはらはらとぞ流しける。
正行、聞きもあへず、「口惜しき父の仰せやな。楠正成が嫡子正行こそ、負け軍を考へ、道より逃げて帰りしと、世の嘲りに落ちん事、屍の上の恥辱候。殊に親の討死と、思ひ定めし軍場を、見捨つる子や候べき。是非御供に連れられずば、我等一騎駆け抜け、敏達天皇の後胤、井手の左大臣橘の諸兄公の末葉、楠河内判官が嫡子帯刀正行、生年十一歳と名乗つて、よき敵に駆け合はせ、引つ組んで刺し違へ、冥土の道の先駆けと、思ひ詰めたる正行、敵の旗をも見ぬさきに、帰れとは恨めしや。幼くて戦場の、妨げと成るならば、只今ここにて腹切らん。介錯して賜べ、人々。」と、芝の上にどうど居て、声も惜しまず泣きければ、あり合ふ軍兵、感涙に、鎧の袖をぞ絞りける。
正成も、共に涙は先立てども、わざと声を荒らげ、「やあ、弓馬の家に生まれて、討死するが珍しきか。お事を年月養育せしは、父が最期の供せよとては、育てぬぞや。戦ふべき処に進み、引くべき処に退き、天下に功を立つるこそ、よき弓取とは名付けたれ。伝へ聞く、西天に獅子といふ獣あり。その獅子、子を産んで三日の内、その子を数千丈の巌壁より、真さかさまに投げ落とす。獅子の気分なき子は、岩角に身を破つて当座に死す。勢ひ備はる獅子の子は、宙よりひらりと跳ね返り、身を全うすと伝へたり。我が子の心を見る事は、畜類とても、かくの如し。
「今、諸国八方に岨立つたる敵の中、幼き汝を帰す事、かの巌壁に投げ打つ、獅子の子よりも猶危ふし。汝、勇士の気分備はらば、数万の敵の鋒先の岩石も、凌ぎて砕く獅子の勢ひ、太平の御代と跳ね返せ。吉野初瀬の名木も、老木は次第に枯るれども、こぼるる種の色香を継ぎ、花の名高き山ぞかし。二葉の苗を残すこそ、巌とならん楠が、長き世までの形見ぞ。」と、鎧の引き合はせより一巻を取り出し、「これぞ、我が秘する処の軍術。この書を読みて道を得ば、父正成が長らへあるも、同然ならん。」と、一巻を手に渡し、「さあ、この上にも聞き分けなく、腹切らば切れ。供せばせよ。父が言ふ事、これまで。」と、馬引き寄せ、ひらりと乗り、思ひ切つたる心にも、ゆゆしき我が子の武者振りを、見るも限りと目に脆き、涙に手綱くり添へて、駒を控ふるばかりなり。
正行も、理に当たる親の教訓、せん方もなみだを押さへ、「御言葉、一々承り候。」と、一巻取つて押し頂き、傅の恩地に馬引かせ、手綱かいくり打ち乗つて、親子、この世の別れの言葉、さらばとだにも言はばこそ。「欲を忘れ、情けを知り、義に逞しき大将は、百万騎に囲まれても、恥辱の死はせぬものぞ。この理も背くもののふは、勝つもまことの勝ちならず。恥を子孫に残すなり。心得たるか、正行。」「承り候。」と、互に駒を引き返し、東西に別れしが、振り返り振り返り、親は我が子の身の行方、子は又、親の最期の末、思ひ包みて弓取の、泣かぬを今の涙とは、よその袂に堰きかくる、湊河へぞ寄せにける。
明くれば五月二十五日、尊氏の軍兵、海手山手百万余騎、楯を鳴らし、箙を叩き、鬨をどつとぞ上げたりける。楠、手勢七百余騎、同時に鬨を作り立て、多勢が中に割つて入り、喚き叫んで戦ひける。味方は小勢と言ひながら、一命を義路に懸け、名を末代にとどめんと、思ひ切つたる勇士ども、北より南へ追ひ靡け、西より東へ割つて通り、息をも継がせず攻め懸くれば、さしもの大勢、支へかね、須磨の上野へさつと引き、後陣の勢をぞ待ち居たる。
大森彦七盛長、駒駆け据ゑ、大音上げ、「鬼神ならぬ楠。某が一軍に、正成兄弟首取つて、敵味方の目を覚まさん。彦七を手本にせよ。」と、広言吐いて、打つて懸かる。正成も駒駆け寄せ、「何、大森とや。合はぬ敵、不足ながら、心ざしの優しや。」と、まつしぐらに駆け出す。この勢ひに気を失ひ、逃げ鞭打つて引つ返す。「きたなし、返せ。」と追つ駆けしは、早瀬の鮎を鵜の鳥の、追うて廻るが如くにて、程なく追つ詰め盛長が、上帯掴んでどうど打ち付け、首をかかんとせし処へ、薬師寺十郎、同じく次郎、弓手馬手よりむずと組む。「しや、物々し。」と両手を延べ、草摺掴んでねぢ合ふ間に、大森、小脇をそつと抜け、後をも見ずして逃げ失せけり。
「ええ、大事の敵を洩らせしも、おのれら故。」と、両脇にしつかと挟み、「えいや、うん。」と絞め付くれば、眼口より血を流し、二人一所に伏したりける。これを見て、吉良、石堂、高、上杉六千余騎、楠を討ち留めんと、八方より喚いて懸かる。正成、元より討死と、思ひ定めし晴れ軍。望む処と太刀さしかざし、打つて出づれば、正季、正員、和田五郎、宗徒の兵抜き連れ抜き連れ、死に物狂ひの拝み打ち。当たる者を幸ひに、薙ぎ立て薙ぎ立て追ひ廻す。
されども敵は百万余騎。入れ替へ入れ替へ攻め立つれば、七十三騎に討ちなされ、正成、今はこれまでと、一村在家に走り入り、これ屈強の最期場と、心静かに鎧脱ぎ捨て、「いかに、方々。そもそも最期の一念によつて、善悪の生を引くと言へり。九界の間に、何か御辺の願ひなる。」と問ひければ、弟の正季、からからと笑ひ、「ただ七生まで、同じ人間に生まれ出、朝敵尊氏を滅ぼさん事、我等が願ひの一つなり。」と、言はせも果てず、正成、嬉しげに打ちうなづき、「罪業深き悪念なれども、我もかやうに思ふなり。いざや、同じく生を替へ、この本懐を達せん。」と、言ひもあへず押し肌脱ぎ、氷の刃一文字。背骨をかけて引き廻せば、宗徒の一族十六人、従ふ兵五十余人、我も我もと刺し違へ、同じ枕に伏したりし。惜しかりし、惜しかりし。日本無双の名将の、最期の程ぞ潔き。
あひもすかさず大森彦七、大勢引き具し、込み入つて、一々に首かき落とし、「おお、めでたし、心地よし。抜かぬ太刀の高名。楠が首、尊氏公に奉らば、三箇国は取れたもの。日頃、心を通はせし勾当の内侍も、坊門宰相が計らひにて、今宵、我が手に入る筈。むまい事の掴み取り。早う内侍の顔が見たい。」と言ふ処へ、女房二人、先に立ち、長持を舁き入れさせ、「宰相殿のお使。」と、聞くより彦七、大きに喜び、「おお、満足、満足。人目を憚り長持とは、宰相殿の一策。さりながら、いとしい君の箱入。気の詰まるもおいとしい。まづまづ御見。」と蓋をあくれば、恥づかしげに、薄衣深く顔隠し、籬の梅の早咲きの、雪に埋もれし風情なり。
彦七、猶も心浮かれ、「そのおぼこなが、猶うまし。そ様を我が手に入れんため、この度の軍も、某が手を砕き、御覧候へ。楠一家を討ち留めたり。これより、義貞が首ねぢ切らんは、寝鳥を差すよりいと易し。世になき新田に心中を立てんより、日の出の我等に靡かれよ。色こそ黒けれ、心は伽羅。まづ我が陣屋へ同道して、新枕の酒盛せん。いざさせ給へ。」と肩に掛け、二足三足は歩みしが、ああら不思議や。今まで軽き上臈の、俄に重き小夜衣、我が妻ならぬ念力か。大磐石を肩先に、畳みかけたる如くにて、五体ちつとも働かず。「やあら、しれ者ござんなれ。」と、太刀に手をかけ振りあふのけば、こはいかに。和田の新発意源秀、くわつと見開く眼の光。二面の鏡研ぎ立てて、額に付けたる如くなり。
大森、わなわな震ひ出し、こわごわ下にそつと下ろし、逃げ入らんとする処を、「これこれ、彦さん。手が悪い。幾瀬、心を尽くすとは、偽りか。どこへ行かんす。いとし、可愛いと言はんした、言の葉は嘘かいな。おお、辛気。跡じ寄りさんすは早秋風か。」と、見上げ見下ろす高入道。しやならしやならの八文字は、二王を揺るがす如くなり。
彦七、五体縮めども、弱みを見せじと大音上げ、「やあやあ、源秀。智仁勇を兼ねしと言ふ、楠さへ討ち取つたる盛長。言はれぬ腕立てせんよりも、腹を切れ。」とぞ呼ばはりける。源秀、今はたまられず、長持の棒押つ取り延べ、「やい、礼儀知らずの国賊。楠一族、国のため君のため、死を善道に守つて、潔く切腹せしを、何ぞや。おのれが討ち留めしなんどとは、どの頬げたから吐き出した。いざ、来い。源秀が手並を見せん。」と、打つてかかる。盛長、猶も口減らず、「侍たる身が、坊主を相手にするものか。」と、言ひ捨てて逃げて行く。「やあ、出家侍、犬畜生。余すまじ。」と、ほつ立てほつ立て叩き立て、八方微塵に打ち立つれば、辺りに近付く者もなく、皆散り散りに逃げてけり。
「さもさうず、さもさうず。これより河内に立ち越え、正成の最期を伝へ、重ねて義兵を挙ぐべし。」と、甲斐なき首を取り集め、怒れる眼にはらはらと、涙貫く玉鉾の、道は生田の森の露。末の雫や末の世に、誉れを永く伝へける。