【翻字】
徹書記(てつしよき)
出(いづ)るとも入(いる)とも 月(つき)を 思(おも)はねば こゝろに かゝる山の端(は)もなし
〇師名は正徹(しやうてつ)号は清巌(せいがん)其師承(しぜう) 詳(つまびら)かならず永享(ゑいきやう)の間(あいだ)東福寺に 有(あり)て書記(しよき)の職(しよく)たり天生和哥(てんせいわか) を好(この)みて其名高(そのなたか)し師が檀越(だんゑつ)一夕 夢みて定家卿来(きたり)て雪中(せつちう)に 鷺(さき)の哥を詠じ給ふと覚(さめ)て之(これ)を 師にかたるに其日師がよみける哥と 一字もたがふことなかりしとぞ これより人称(しよう)して師を定家 卿の再来(さいらい)と云々
【校訂本文】
徹書記
出づるとも 入るとも月を 思はねば 心に懸かる 山の端もなし
〇師、名は正徹、号は清巌。その師承、詳かならず。永享の間、東福寺に有りて、書記の職たり。天生、和歌を好みて、その名、高し。
師が檀越、一夕、夢みて、定家卿来たりて、雪中に鷺の歌を詠じ給ふ、と。覚めて、これを師に語るに、その日、師が詠みける歌と一字も違うことなかりし、とぞ。これより、人、称して、師を「定家卿の再来」と、云々。
師が檀越、一夕、夢みて、定家卿来たりて、雪中に鷺の歌を詠じ給ふ、と。覚めて、これを師に語るに、その日、師が詠みける歌と一字も違うことなかりし、とぞ。これより、人、称して、師を「定家卿の再来」と、云々。
【語釈】
師承:弟子が師から教えを受け伝えること
永享:1429年~1441年
東福寺:嘉禎2年(1236年)、円爾弁円を開山として創建された京都・臨済宗の寺院
書記:東福寺のような中世禅宗大寺院においては一要職であった
檀越:寺や僧に布施をする信者。檀家。
定家卿:藤原定家。平安末期から鎌倉初期の代表的歌人。
永享:1429年~1441年
東福寺:嘉禎2年(1236年)、円爾弁円を開山として創建された京都・臨済宗の寺院
書記:東福寺のような中世禅宗大寺院においては一要職であった
檀越:寺や僧に布施をする信者。檀家。
定家卿:藤原定家。平安末期から鎌倉初期の代表的歌人。
【解説】
19人目は清巌正徹、歌論書『正徹物語』の著者として知られる人物です。禅僧として偉大であったというより、歌人として著名な禅僧として本書に選ばれたようです。紹介文もほぼすべて和歌についての内容です。後半、夢の話ですが、これも一種の霊験譚でしょう。歌道も仏道と同じく、神秘的な霊力の関わる世界と編者が考えていたことの一つの表れです。
歌は、心の内の世界と外界とを区別しない、禅的な境地が詠まれています。
歌は、心の内の世界と外界とを区別しない、禅的な境地が詠まれています。

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