【翻字】
一休和尚(いつきうをせう)
一休和尚(いつきうをせう)
本来(ほんらい)の 面目(めんもく) 坊(ぼう)が 立姿(たちすがた) ひとめみしより 恋(こひ)とこそなれ
〇師名は宗純(そうじゆん)号は一休また 狂雲夢閨瞎驢(きやううんむけいくわつろ)等の別号あり 後小松帝の〔薛子〕子(せつし)にて民間(みんかん) に産育(さんいく)せらる薙髪(ちはつ)して 諸方(しよはう)に参禅す后(のち)華叟曇(けそうのどん) 公に従(したが)ひ洞山三頓棒(とうざんさんとんのぼう)の話(わ)に 参しある夕へ鴉(からす)の声(こゑ)を聞(きい)て 忽然(こつぜん)と投機(とうき)す常に朱函(しゆざや)の木(き) 剣(だち)を佩(はい)て街(ちまた)に出る人其故(そのゆへ)を 問(とへ)ば今時知識(ちしき)と称するもの外真(ほかしん) にして内偽(いつは)る其様(そのさま)此剣(けん)によく 似たりと答ふ文明十三年十一月 廿一日化す寿八十八
一休和尚
本来の面目 坊が立ち姿 一目見しより 恋とこそなれ
〇師、名は宗純、号は一休、また、狂雲・夢閨・瞎驢等の別号あり。
後小松帝の孽子にて、民間に産育せらる。薙髪して諸方に参禅す。後、華叟曇公に従ひ、洞山三頓棒の話に参し、ある夕べ、鴉の声を聞いて、忽然と投機す。
常に朱函の木剣を佩いて、街に出る。人、その故を問へば、「今時、知識と称するもの、外、真にして、内、偽る。その様、この剣によく似たり」と答ふ。
文明十三年十一月廿一日、化す。寿、八十八。
後小松帝の孽子にて、民間に産育せらる。薙髪して諸方に参禅す。後、華叟曇公に従ひ、洞山三頓棒の話に参し、ある夕べ、鴉の声を聞いて、忽然と投機す。
常に朱函の木剣を佩いて、街に出る。人、その故を問へば、「今時、知識と称するもの、外、真にして、内、偽る。その様、この剣によく似たり」と答ふ。
文明十三年十一月廿一日、化す。寿、八十八。
【語釈】
本来の面目:禅語で「すべての人がもともと持っている自然のままの心性」
後小松帝:第100代天皇(在位:永徳2年(1382年)~応永19年(1412年))
〔薛子〕子:〔薛子〕は「孽(げつ)」の俗字。「孽子」は「庶子(非嫡出子)」の意。
華叟曇:華叟宗曇。南北朝~室町前期の臨済宗の僧。
洞山三頓棒:『無門関』にある公案第十五則
投機: 禅宗で、修行者の機根が禅の真精神にかなうこと
知識:仏語で、仏法を説いて導く指導者。善知識。
華叟曇:華叟宗曇。南北朝~室町前期の臨済宗の僧。
洞山三頓棒:『無門関』にある公案第十五則
投機: 禅宗で、修行者の機根が禅の真精神にかなうこと
知識:仏語で、仏法を説いて導く指導者。善知識。
【解説】
20人目は一休宗純です。紹介文は、略歴の他に、一逸話が紹介されています。
歌は、禅の至境も色欲煩悩の世界と区別はない、と詠じているようです。

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