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【翻字】
内大臣実隆公(ないだいじんさねたかこう)
おしゑぬに われ から 我(われ)と こゝろへて 恋(こい)をぞ人(ひと)の ならふものかは
〇伝未考(でんいまだかんがへず)永正の頃(ころ)の人 にして其名和哥(わか)に高し 此哥はある女房の坐禅 のこゝろを問(とい)奉りしに答(こた)へ 玉ひしとなり

【校訂本文】
 内大臣実隆公
 教ゑぬに 我から我と 心得て 恋をぞ人の 習ふものかは
〇伝、未だ考へず。永正の頃の人にして、その名和歌に高し。この歌は、ある女房の、坐禅の心を問い奉りしに、答へ給ひし、となり。

【語釈】
永正:1504年~1521年

【解説】
 25人目は内大臣三条西実隆です。
 紹介文は、歌人として有名である、というだけの内容です。
 歌は、直接には恋心について詠んだものですが、仏教的な含意としては、仏心も恋心と同様に、もともと人に備わっているのだ、と詠んだ歌である、ということで、本書に採用したもののようです。