信西子息闕官の事 附 除目の事 並 悪源太上洛の事

 さる程に少納言入道信西が子息五人闕官せらる、嫡子新宰相俊憲、次男播磨中将成憲、権右中弁貞憲、美濃少将脩憲、信濃守是憲なり。上卿は花山院大納言忠雅、職事は蔵人右少将成頼とぞ聞えし。
 さる程に太政大臣、左右大臣、内大臣以下、公卿参内し給ひしかば、僉議あつて信西が子ども尋ねらるるに、播磨中将成憲は、太宰大弐清盛の婿なれば、若しや命助かるとて、六波羅へ落ちられたりけるを、宣旨とて、内裏より敷並に召されければ、力及ばで出でられけり。博士判官坂上兼成行き向ひ、成憲を請取つて内裏へ参りければ、尋ぬべき仔細ありとて、兼成に預け置かる。権右中弁貞憲は髻切り法師になりて、傍に忍びたりけるを、宗判官信澄、尋ね出して別当に申したりしかば、是も信澄に預けられけり。
 軈て除目を行はる。信頼卿は本より望みを懸けたりしかば、大臣大将を兼ねたりき。左馬頭義朝は播磨国を賜はりて播磨守になる。佐渡式部大輔は信濃守になる。多田蔵人大夫源頼憲は摂津守になる。源兼経は左衛門尉になる。康忠は右衛門尉になる。足立四郎遠基は右馬允になる。鎌田次郎正清は兵衛尉になつて、政家と改名す。今度の合戦に打勝ちなば、上総国を賜ふべき由宣ひけり。
 爰に義朝が嫡子鎌倉悪源太義平、母方の祖父三浦介が許にありけるが、都に騒がしき事ありと聞きて、鞭を打つて馳せ上りけるが、今度の除目に参り合ふ。信頼大いに悦んで、「義平此の除目に参り合ふこそ幸ひなれ。大国か小国か、官加階も思ひの如く進むべし。合戦も又能く仕れ。」と宣へば、義平申しけるは、「保元に叔父鎮西八郎為朝を、宇治殿の御前にて蔵人になされければ、急々なる除目かなと、辞し申しけるは理かな。義平に勢を賜はり候へ。安部野に駆け合ひ、清盛が下向を待たん程に、浄衣許りにて上らん処を、真中に取籠めて一度に討つべし。若し命を助からんと思はば、山林へぞ逃げ籠り候はんずらん。然らば追つ詰め追つ詰め捕へて、首を刎ね獄門に梟けて、其の後信西を滅ぼし、世も静まりてこそ、大国も小国も官位階も進め侍らめ。見えたる事もなきに、兼ねて成りて何かせん。只義平は東国にて兵共に呼びつけられて候へば、元の悪源太にて候はん。」とぞ申しける。信頼、「義平が申し状荒儀なり。其の上安部野まで馬の足疲らかして何かせん。都へ入れて中に取籠めて討たんずるに、程やあるべき。」と宣ひければ、皆此の儀にてぞ従はれける。偏に運の尽くる故にこそ。
 大宮太政大臣伊通公、其の比は左大臣にておはしましけるが、才学優長にして、御前にても常に可笑しき事を申されければ、君も臣も大きに笑はせ給ひ、御遊も興を催しけり。「内裏にこそ武士共仕出したる事もなけれども、思ひの如く官加階をなる。人を多く殺したるばかりにて、官位をなさんには、三條殿の井こそ多く人を殺したれ。など其の井には官をなされぬぞ。」と笑はれける。

(底本:『日本文学大系 第十四巻』「平治物語」(国民図書1925年刊。国立国会図書館D.C.))

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