信西子息遠流に宥めらるる事

 さる程に夜も漸う明けければ、公卿僉議あるべしとて、大殿、関白、太政大臣宗輔、左大臣伊通公己下、各参内し給へり。是れは少納言入道の子息、僧俗十二人の罪、各定め申されんためなり。左大臣伊通公宥め申されけるに依つて、死罪一等を減じて遠流に処せらる。俗は位記を停められ、僧は度縁を取りて還俗せさせらる。先づ新宰相俊憲出雲国、播磨中将成憲下野国、右中弁貞憲隠岐国、美濃少将脩憲阿波国、信濃守是憲安房国、法眼浄恵は丹波国、法橋寛敏は上総国、大法師勝憲は安芸国、澄憲は信濃国、憲耀は陸奥国、覚憲は伊予国、明遍は越後国とぞ定められける。
 彼の俊憲は、鳥羽院より春は青花中に生ずといふ勅題を賜はりて、
  清濁を悲しみて駒十年風に嘶ゆ。 香林花に上りて風肝心の露と成る。
と書かれたる、手跡又妙にして、澆季に之を伝へけり。澄憲の説法には、龍神も感に乗じ甘露の雨を降らし、明遍の菩提心を祈りし夢の枕に、宝蓮華降りて現にあり。都て此の一門にむすぼほる人は、あやしの女房に至るまで、才智人に超えけるとぞ申しける

(底本:『日本文学大系 第十四巻』「平治物語」(国民図書1925年刊。国立国会図書館D.C.))

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注:俊憲の漢詩とその題は漢文です。そのままのUPは至難のため、訓点に従って書き下しました。一部訓点のない箇所につきましては、適宜補って書き下してあります。また、原文漢字に一部誤植があり(…左大臣伊通公己下、…)、訂正しました(…左大臣伊通公已下…)。