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【翻字】
大納言光廣卿(だいなごんみつひろきやう)
花(はな)ざかり みし人 いつら 塵(ちり) ひとつ 積(つも)らぬ さきのみよし野の山
〇卿は権中納言光宣(みつのぶ)卿の男也 法の諡は泰岩(たいがん)と号す生聡敏(せいそうびん)に して和哥(わか)に工(たく)み也且禅要(かつぜんよう)を信じ て春屋沢菴(しゆんをくたくあん)の室(しつ)を叩(たゝ)く後一 絲(し)和尚に参問(さんもん)し趙州(でうしう)の無(む)の話(わ)に 於(おゐ)て豁然(くはつぜん)と疑団(ぎだん)をとき給ふ 寛永十五年七月十三日薨(こう)ず 此哥は本来面目(ほんらいめんもく)のこゝろをよみ たまひし也

【校訂本文】
 大納言光廣卿
 花盛り 見し人いづら 塵一つ 積もらぬ前の 御吉野の山
 〇卿は権中納言光宣卿の男なり。法の諡は泰岩と号す。
 生、聡敏にして、和歌に巧みなり。且、禅要を信じて、春屋・沢菴の室を叩く。後、一絲和尚に参問し、「趙州の無」の話に於ゐて、豁然と疑団を解き給ふ。
 寛永十五年七月十三日、薨ず。
 この歌は「本来面目」の心を詠み給ひしなり。

【語釈】
大納言光廣:烏丸光廣。江戸時代前期の公卿・歌人・能書家。
光宣:烏丸光宣。戦国から江戸初期の公卿、書家。
春屋:春屋宗園。安土桃山から江戸初期の臨済宗の僧。大徳寺住持。
沢菴:沢庵宗彭(本書27)。安土桃山から江戸初期の臨済宗の僧。大徳寺住持。
一絲:一絲文守(本書30)。江戸時代の臨済宗の僧。
趙州の無:禅の代表的な公案の一。『無門関』第1則。「趙州狗子」「趙州無字」「狗子仏性」とも。
疑団:心の中にわだかまっている疑いの気持ち
本来面目:禅語で「人が本来もっている、人としての心の本質」の意

【解説】
 32人目は烏丸光廣です。略歴も歌も、禅ばかりです。
 歌は、表現は平易ですが意味は深く、禅の公案「父母未生以前本来面目(両親が生まれる前の真の自分)」に対する回答のようです。「満開の桜の散った後、あれほど多く集った人々は一体今どこに行ってしまったのか。きっと彼らは今頃、枝に花一輪どころか塵ほどの雪も積もる以前の吉野山にいることだろうよ」。常識的な意味を超えた、きわめて禅的な歌です。
 この歌は、烏丸光廣の私家集『黄葉和歌集』第九・釈教部の第一三七四番に見える歌です(リチャード・ウィルソン、小笠原佐江子「乾山焼 画讃様式の研究(三)」(国際基督教大学「人文科学研究」49巻・2017)60頁)。尾形江戸中期の乾山陶芸家・尾形乾山による短冊皿の裏書に「烏丸阿相光廣卿之和謌/父母父母未生以前本来面目」とあります。