【翻字】
桃水(とうすい)和尚
桃水(とうすい)和尚
念仏(ねんぶつ)も しゐて 申は いらぬ事 もし極楽(ごくらく)を 通(とを)り過(すぎ)ては
〇師名は雲渓(うんけい)号は桃水筑柳川(ちくやながは) の人なり七歳にて円応(ゑんおう)寺の圍岩(がん) 和尚に投(とう)じて薙髪(ちはつ)す壮(そう)なるに 及びて偏(あまね)く知識(ちしき)の門を叩(たゝい)て宗要(しうやう) を究(きは)む生洒落(せいしやらく)にして住処(ぢうしよ)を定(さだ)め ず或時(あるとき)は乞丐(こつがい)の中に交(まじは)り或ときは 馬沓(ばくつ)を作(つく)りて業(わざ)とす后洛北鷹(のちらくぼくたか) が峯(みね)に住し酢(す)を売(うり)て老(おい)を養(やしな)ひ みづから酢屋(すや)の通念(つうねん)と称(しやう)し又 道全(どうぜん)とも呼り天和元年九月十九日 爰に寂す寿八十余也 此哥はある人の日課(につくわ)念仏を多 く唱(とな)ふるを慢(まん)じけるに示(しめ)し給へり
桃水和尚
念仏も 強ゐて申すは 要らぬ事 もし極楽を 通り過ぎては
〇師、名は雲渓、号は桃水、筑柳川の人なり。七歳にて、円応寺の圍岩和尚に投じて、薙髪す。壮なるに及びて、偏く知識の門を叩いて、宗要を究む。
生、洒落にして、住処を定めず。或る時は、乞丐の中に交はり、或る時は、馬沓を作りて業とす。後、洛北・鷹が峯に住し、酢を売りて、老を養ひ、自ら「酢屋の通念」と称し、又、「道全」とも呼べり。
天和元年九月十九日、ここに寂す。寿、八十余なり。
この歌は、ある人の、日課念仏を多く唱ふるを慢じけるに、示し給へり。
生、洒落にして、住処を定めず。或る時は、乞丐の中に交はり、或る時は、馬沓を作りて業とす。後、洛北・鷹が峯に住し、酢を売りて、老を養ひ、自ら「酢屋の通念」と称し、又、「道全」とも呼べり。
天和元年九月十九日、ここに寂す。寿、八十余なり。
この歌は、ある人の、日課念仏を多く唱ふるを慢じけるに、示し給へり。
【語釈】
円応寺:現佐賀県武雄市の、永正16年(1519)に創建された曹洞宗の寺。
圍岩:圍巌宗鉄
乞丐:物乞い
鷹が峯:現京都市北区と右京区の境にある山。また、その東側にある地名。
天和元年:1681年
【解説】
33人目は桃水雲渓です。その特異な生涯はさまざまに伝えられ、大正15年(1926年)刊『野聖乞食桃水』(宮崎安右衛門著)はWEB上で読むことができます。
歌は紹介文にある通りです。「あまり念仏し過ぎて、極楽を行き過ぎてしまいましても困るでしょう。そうではありませんか?」と、何ともとぼけた感じの歌意ですが、裏面に底流する禅的な決意の厳しさもそこはかとなく漂っている感じがします。

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