波多野信政、眼を射らる

 五番に、波多野五郎信政、引きたる橋の際まで押し寄せたり。是は、去る六日杭瀬川の合戦に、尻もなき矢にて額を射られたり。未だ彼ばかり腫れたり。進み出で、名乗る。「相模国の住人、波多野五郎信政。」とて、橋桁を渡し、向かひより敵の射る矢、雨の如くなるに、「向かひの岸を見ん」と振り仰ぎのきたる右の眼を、したたかに射られて、河へ已に落ちんとす。橋桁に取り付きて、心を静めて、向かはんとすれば、先も見えず。帰らんとすれば、「敵に後ろを見せん事、口惜しかるべし」と思ひければ、後ろ様にぞしざりける。橋の上へしざり上り、取り返しける所に、郎等の乗り替へ、つとより、肩に引き懸け返りける。河の端の芝の上に伏して、二人、左右より寄りて、膝を以て押して、矢を抜きてけり。眼より血の出づる事、鎧に紅を流して、誠に侈しくぞ見へける。
 武蔵国の住人・塩谷左衛門尉家友、押し寄せて戦ひけるが、射倒されぬ。子息・六郎左衛門尉家氏、親を乗り越えて、矢面に立ちて戦ひけるが、是も、薄手負ひて、父を肩に引き懸けてぞ除きにける。その後、各々、押し寄せ押し寄せ戦ひけり。宮寺三郎・須黒右馬允・飯高小次郎・高田武者所・大高小太郎・息津左衛門尉・高橋九郎・宿屋二郎・高井小二郎、押し寄せて、劣らじ負けじと戦ひて、是等も、手負ひて引き退く。

   奈良法師、橋桁にて戦ふ

 京方より、奈良法師、土護覚心・円音二人、橋桁を渡りて出で来たり。人は、這ひ這ひ渡る橋桁を、是等二人は、大長刀を打ち振りて、跳り跳り、曲を振舞ひてぞ来たりける。坂東の者共、是を見て、「悪ひ者の振舞かな。相構へて射落とせ。」とて、各々、是を支へて射る。先立ちたる円音が左の足の大指を、橋桁に射付けられ、跳りつるも動かず。「如何がすべき」とも覚へざりける所に、続きたる覚心、刀を抜きて、射付けられたる指をふつと切り捨て、肩に掛けてぞ引きにける。
 武蔵守、「この軍の有様を見るに、『きつと勝負あるべし』とも見えず。存ずる旨あり。『暫く軍を留めん』と思ふなり。」と宣ひければ、安東兵衛尉、橋の爪に走り寄り、静めけれども静まらず。二番に、足利武蔵前司、馳せ寄せて、静められけれども静まらず。三番に、平三郎兵衛盛綱、鎧を脱いで、小具足に太刀ばかり帯きて、白母衣を懸け、橋の際まで進んで、「各々軍をばしては、誰より『勧賞を取らん』とてぞ、大将軍の思し召す様ありて静めさせ給ふに、誰々進んで懸けられ候ふぞ。『註し申せ。』と盛綱、うけたまはりて候ふなり。」と慥かに申しければ、その時、侍所司にてはあり、人に多く見知られければ、一、二人、聞く程こそあれ、次第に呼ばはりければ、河の端・橋の上、太刀さし、矢を弛して、静まりにけり。

(底本:「承久記」(国史研究会1917年刊『国史叢書 承久記』(国会図書館D.C.))

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