一院を鳥羽殿へ遷し奉る
さる程に、同七月六日、武蔵太郎・駿河二郎・武蔵前司、数万騎の勢を相具して、院の御所・四辻殿へ参りて、鳥羽殿へ移し奉るべき由、奏聞しければ、一院、兼て思し召し儲けさせ給ひたる御事なれども、指し当たりては、御心、惑はせおはしまして、先づ、「女房達、出ださるべし。」とて、出だし車に取り乗せて、遣り出だす。「謀叛の者や、乗り具したるらん。」とて、武蔵太郎、近く参りて、弓のはずにて御車の簾、かかげて見奉るこそ、理ながら、情無くぞ覚へしか。
やがて、一院、御幸なる。射山仙宮の玉の床を遠ざかり、「九重の内、今日を限り」と思し召す、叡慮の程こそ恐ろしけれ。東洞院を下りに御幸なる。朝夕なれし七條殿の軒端も、今は余所に御覧ぜらる。作り道までは、武士共、老いたるは直垂、若きは物の具にて供奉す。
鳥羽殿へ入らせ給へば、武士共、四方を籠めて守護し奉る。玉砌に近づき奉る臣下、一人も見へ給はず。錦帳に隔て無かりし女御・更衣もおはしまさず、只、御一所おはします御心の程こそ哀れなる。
後鳥羽院、御出家御影を七條殿に奉り給ふ
同八日、六波羅より、「御出家あるべき」由、申し入れければ、則ち、御戒師召されて、御ぐしををろさせおはします。たちまちに、花の御姿の替はらせ給ひたるを、信実を召して似せ絵に写させて、七條院へ奉らせ給ひければ、御覧じも敢へず、御目も昏れ給ふ御心地して、修明門院を誘ひ参らせて、一つ御車にて鳥羽殿へ御幸なる。
御車を指し寄せて、事の由を申させ給ひければ、御簾を引き遣らせおはしまして、龍顔を指し出ださせ給ひて、見へ参らせられ、「とく御返りあれ」と御手にて御沙汰ありければ、両女院、御目も暮れ、絶え入らせ給ふも理なり。
後鳥羽院、隠岐へ遷御
同十三日、「隠岐国へ移し奉るべし。」と聞こへしかば、御文遊ばして、九條殿へ奉らせ給ふ。「君、しがらみと成りて、留めさせ給ひなんや。」とて、御歌を遊ばされける。
墨染の袖に情けを懸けよかし涙ばかりもくちもこそすれ
「かやうに遊ばされける。」となん。御乳母の卿の二位殿、あはて参りて見参らするに、譬へん方ぞ無かりけり。 七條院・修明門院も御幸なる。互ひの御心の中、申すも中々おろかなり。
御供には、殿上人、出羽前司重房・内蔵権頭清範、女房一人・伊賀局、医師一人、参りけり。已に都を出ださせ給ひ、水無瀬殿を通らせ給ふとて、「『ここにてあらばや』と思し召されけるこそ、せめての御事なれ。」とて、御歌あり。
たち籠る関とはなさで水無瀬河霧猶晴れぬ行末のそら
さて、播磨国明石に著かせ給ひて、「ここはいづくぞ。」と御尋ねあり。「明石の浦。」と申しければ、
都をばくら闇にこそ出でしかど月は明石の浦に来にけり
又、白拍子の亀菊殿、
月影はさこそ明石の浦なれど雲居の秋ぞ猶もこひしき
美作と伯耆との中山を越えさせ給ふとて、向かひのみねに細道あり。「いづくへ通ふ道ぞ。」と、御尋ねありければ、「都へ通ふ古き道にて。」と申しければ、法皇、
都人たれ踏みそめて通ひけん昔の路のなつかしきかな
出雲国大八浦と言ふ所に付かせ給ふ。見尾崎と言ふ所なり。それより、修明門院へ御書を参らせ給ふ。
しるらめやうき身を崎の浜千鳥泣く泣くしぼる袖のけしきを
是より御舟に召して、雲の波・烟の波を漕ぎ過ぎて、隠岐国海士の郡苅田の郷と言ふ所に、御所とて造り儲けたりければ、それへ入らせ給ふ。海水、岸を洗ひ、大風、木を渡る事、尤も烈しかりければ、
我こそは新嶋守よ隠岐の海のあらき波風心してふけ
都には、家隆卿、伝へ承りて、後の便宜に、
ねざめしてきかぬを聞きて悲しきはあら礒浪の暁の声
順徳院、佐渡へ遷御
同二十二日、新院、佐渡国へ移されさせ給ふ。御供には、冷泉中将為家朝臣・花山院少将義氏・甲斐兵衛佐教経、上北面には藤左衛門大夫安元、女房・右衛門佐局以下、女房三人参り給ふ。かくは聞こへしかども、冷泉中将為家朝臣、ひとまどの御送りをも申されず、都に留まり給ふ。花山院少将は、路より、「労はる事あり」とて、帰り上られければ、いとど御心細くぞ思し召しける。
越後国寺泊に著かせ給ひて、御船に召されけるに、甲斐兵衛佐教経、病、大事におはしましければ、御船にも乗られず、留められけるが、やがて、かしこにて失せ給ひにけり。新院、佐渡へ渡らせ給へば、都より御送りの者共、御輿かきまでも、御名残惜しませ給ひて、「今日ばかり。」「明日ばかり。」と留めさせ給ひ、長歌遊ばして、九條殿へ参らせ給ふ。奥に又、
存らへてたとヘば末に帰るとも憂きはこの世の都なりけり
九條殿、長歌の御返事あり。是も又、奥に、
いとふとも存らへてふる世の中の憂きにはいかで春を待たべき
六條宮、但馬国、冷泉宮、備前児島に各々遷御
同二十四日、六條宮、但馬国、同二十五日、冷泉宮、備前児島へ移られ給ふ。かかる御跡の御嘆き共、申すも等閑なり。
中にも、修明門院の御嘆き、類少なき御事なり。げにも、一院は隠岐へ移られさせ給ひぬ。新院、佐渡へ流されさせ給ふ。月日の西へ傾けば、隠岐の御所へ御言伝てせまほしく思し召す。初鳫が音の音信は、佐渡の御所の御事共、問はまほしく、人家を照す蛍は、御思ひと共に焦れ、遠山に満ちたる霧は、御なげきと共に晴れやらず。東一條院、先帝おはしませば、「佐渡の院の御形見」とは思し召せども、慰む方も無かりけり。
七條の女院、老いたる御身には、いつとも期せぬ都返り、「今日や」「明日や」と思し召し、御嘆きの色、日に随ひて増らせ給ひつつ、思し召し沈ませおはします由、聞こし召し及びて、隠岐の御所より、
たらちめの絶えやらで待つ露の身を風より先にいかでとはまし
七條院、御返事、
中々に荻吹く風の絶えねかし音信くれば露ぞこぼるる
コメント