【翻字】
無難(むなん)禅師
わが法(のり)は 柳の糸の も つれ 髪(がみ) ゆふにいわれず とくにとかれず
〇師名は無難号は至道(しだう)愚 堂国師の上足(じやうそく)にして趙州(でうしう)の 至道無難の話(わ)に参し七日 七夜睡(ねも)らずして刻苦(こくく)せらるゝ 事あまたゝび也遂(つい)に骨髄(こつずい)を 得(え)て江府(こうふ)に東北菴を創(はじ)め 大に僧俗(そうぞく)を引接(いんぜう)せらる其寂 年未考
【校訂本文】
無難禅師
我が法は 柳の糸の もつれ髪 結ふに結われず 梳くに梳かれず
〇師、名は無難、号は至道。愚堂国師の上足にして、「趙州の至道無難」の話に参し、七日七夜、睡らずして、刻苦せらるゝ事、あまた度なり。遂に、骨髄を得て、江府に東北菴を創め、大いに僧俗を引接せらる。その寂年、未考。
【語釈】
愚堂:愚堂東寔(本書29)。安土桃山から江戸前期の臨済宗の僧。
上足:弟子の中ですぐれた者。高弟。
趙州の至道無難:『碧巌録』第二則の公案
江府:江戸の異称
東北菴:現渋谷区の臨済宗寺院・東北寺
引接:仏・菩薩が衆生をその手に救い取り、悟りに導くこと
上足:弟子の中ですぐれた者。高弟。
趙州の至道無難:『碧巌録』第二則の公案
江府:江戸の異称
東北菴:現渋谷区の臨済宗寺院・東北寺
引接:仏・菩薩が衆生をその手に救い取り、悟りに導くこと
【解説】
36人目は至道無難です。紹介文はその略歴です。
歌には掛詞が用いられています。「(髪を)結う」は「(法を)言ふ」、「(髪を)梳く」は「(法を)説く」の意が掛けられ、禅で会得した仏法の真理が言葉では表現しがたいことを詠んでいます。

コメント