(一)概勢 伊勢国は南北に長く東西に狭く、中央以南は漸く広し。国の西部より南部は山多く、東部の海に近き所は低地にして平坦なり。
 (Ⅰ)山脈 北境より起り、南に趣きて国の西境をなし、大台ケ原山に至り東に折れて紀伊の境となり、尚東に引きて志摩の境をなす。此の山脈より無数の支脈出て各郡に綿亘(めんこう)す。一志郡以南は最も山多し。
   {南北の山脈は以東をして暖ならしめ、東西の山脈は以南をして暖ならしむ。}
  【鈴鹿山】は近江の境にありて滋賀県に通ずる要路なり。
   {鈴鹿山は鈴鹿関の旧趾(きうし:あと)にして古よりの通路なり。伊勢より登る所は険にして、近江に降る所は夷(たいらか)なり。
  【加太山】は伊賀の境にあり。伊賀に通ずる要路にして、近頃隧道を鑿ち鉄道を敷けり。
   {此の鉄道は四日市より来り伊賀を経て滋賀県に通じ、夫れより京都・大坂に達す。}

挿絵022

  【長野嶺】は伊賀の境にあり。伊賀に踰ゆる嶮路なり。近来隧道を鑿ちしより馬車を通ずるに至れり。
  【高見山】は県内第一の高峯なり。
  【大台原山】は県内第一の深山にして、人跡未だ到らざる所あり。
  【朝熊山】は頂上に金剛証寺あり。此山は海に臨むが故に、山上の眺望(てうばう)絶佳なり。
  伊勢の諸山は草木茂りて薪炭多く、又、雉・山鳥(やまどり)・鹿・兎・猪等の動物を産す。
  山麓(さんろく:ふもと)又は谿間(けいかん:たに)に森林ありて、松・杉・檜等の用材を出すこと夥(をびただ)し。就中、朝明郡の【福王山】、鈴鹿郡の【加太谷】、一志郡の【波瀬(はぜ)谷】、安濃郡の【河内谷】、多気郡の【大杉谷】等は有名の森林なり。
   {大杉谷は最大の森林なり。近来、宮川の上流を鑿開して、盛に良材を出さんとする計画(けいかく)あり。目下工事中なり。}
  又、往々鉱山ありて諸鉱物を採堀(さいくつ:ほりだす)す。即ち銀・銅・鉛及び石英等は、員弁郡治田(はつた)より出て、石材・陶土等は桑名・三重、其他諸郡より出て、石灰石は尤も多く員弁・鈴鹿二郡より産す。石炭坑は各地にあれども、未だ盛に採堀するに至らず。

  [附説]山間の高地は平坦ならざれども、概して乾燥(かんそう:かわく)ならずして地味肥へ、茶葉等に適し、又煙草・楮(かうぞ)・葛(くず)・薯蕷(やまのいも)・柿・椎茸(しいたけ)・漆(うるし)等を産す。楮は其皮を剥(は)ぎ取りて紙に製し、葛は其根より葛粉を製す。
   {飯高郡下瀧野村より以西、高見山に至る迄七里の間、村々皆茶を栽培(さいばい)す。所謂川俣茶、是れなり。
   {三重郡菰野村近傍の茶は菰野茶と称して良好なり。総て茶は北部諸郡に良品を産す。}

挿絵023

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