(Ⅱ)水脈
  (1)川流 木曽川・揖斐川を除く外、総て西境の山脈に発し、東流して内海に入る。故に南部に至る程、地広きに随ひて長流をなす。
  【木曽川】・【揖斐川】は源遠くして水量多き故に、舟楫(しうしゆう)の便多けれども、亦時々水害を免れず。
   {総て流水は陸を破壊(はかい)し土砂を河口に積み、往往三角州(さんかくす)をなす。寿満山(じうまんやま)の如きは其の一例なり。}
   {目下、木曽川工事中なり。他日大成せば、患害除き利用随て大ならむか。}
  【雲出川】は伊勢の中央にあるが故に、古来、此川を以て伊勢を南北に別ち、南勢・北勢と称す。
   {此川は今より凡そ五百年前、北畠顕家(あきいえ)、賊将高師泰(こうもろやす)を敗りし所なり。}
  【宮川】は大台原山の渓間(けいかん)より発して内海に入る。其長さ三拾三里ありて第一の長流なり。櫛田川之に次ぎ、雲出川又之に次ぐ。
   {多気郡大杉村に、千尋・嘉茂助・不動・七竈等の滝あり。高皆五十丈以上なり。流末宮川に入る。}
   {飯高郡森村に布引滝あり。高九十丈余。流末櫛田川に入る。}

挿絵024

  伊勢の諸川は香魚(あゆ)・鯉・鰻等の産出多く、香魚は尤も著し。
  川の上流は水勢急にして岩石多く舟通ぜざるも、中流以下は流勢稍緩にして舟楫の便あり。
   {揖斐川には川蒸汽船ありて、桑名より美濃の大垣に往復す。}
   {宮川は十五里、櫛田川は八里、雲出川は五里、町屋川は七里の間、舟を通ず。}
 (2)池沼 数多けれども大なるものなく、且概、幾分の人工を加へたるものなり。【五桂池】・【風早池】を最大とす。
  此等の池沼は諸川と共に近傍の田畝を灌漑(くわんがい:そそぐ)す。国内、川流環繞(くわんじよう:めぐる)し、水利に乏しき所なし。
   {奄芸郡の北部は大川なきが故に、稍灌漑の便を欠く。}
  [附説]度会郡【阿曽】及び【野後(のじり)】{滝原村}の炭酸(たんさん)泉は、飲浴共に効あり。三重郡菰野村及び一志郡榊原村の温泉は、風景清麗にして浴客常に多し。
   {榊原温泉の傍に貝石山あり。貝・木・葉等の化石を出す。}
   {温泉とは地より涌(わ)き出る温湯にして、常に鉱物を含み、之に浴すれば薬効あり。}
 (Ⅲ)低地 国の東部、海に近き所、及び川流の近傍は皆低地にして、桑名より宇治山田に至る二十余里の間、沿道に一の山なし。地味は最も良好にして、近国に名高き程なり。
   【桑名郡長島】は最も低湿(ていしう)なれば、常に堤防(ていぼう)を厳にして浸水(しんすい:みづいり)を防ぐ。
   【河曲郡】は最も平坦にして、全郡山と称すべきものなく、県下第一豊腴(ほうゆ:コエル)の地なり。
  作物は、米・麦・豆・茶・藍(あゐ)・菜種・桑・甘薯(さつまいも)・実綿等、皆善く地に適し産出甚だ多く、品質も亦良好なり。殊に一志郡の米は一志米と称し、世に名あるものなり。
   {近来、甘蔗(さとう)の栽培漸く盛なり。他日、有益なる国産となるべし。}
 (Ⅳ)原野
  【広瀬野】は最大の原野にして、近時之を開墾(かいこん)し、桑茶等を培養す。【鞠ケ野】・【能褒野】は広さ広瀬野に次ぐ。
   {能褒野に日本武(やまとたける)尊の陵(みささぎ)あり。景行(けいこう)天皇の勅を奉じ東夷を征し、帰途(きと)能褒野に至りて薨ぜり。因て陵を其地に建つ。之を白鳥陵といふ。}
  【明野原】は勧農場を置きて之を開墾し、養蚕伝習場・製糸場を設け、盛に蚕糸を製す。又、牧場ありて牛・馬・豚・鶏等を畜養す。

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※校訂者注:【木曽川】・【揖斐川】の項の「寿満山(じうまんやま)」は、揖斐川河口、桑名城付近にかつて存在した「十万山」を指すと思われます。