(五)人情風俗 怜悧(れいり:りこう)にして生計の道に長じ、少しく飾りけありて華美を好む。然れども山地の人は海岸の人よりも質朴直実にして、北勢は南勢よりも人気活発なり。
[附説]{古代は土地開けず、深林・曠野のみ多くして、太神宮に詣るにも、多気郡以南には入り難かりし程なり。鈴鹿山険阻なれば、帝都との交通も頗る支障(ししよう)せられしなり。然れども水陸の有様より推し考るに、北部は必ず夙く開けしならむ。参宮始まり旅人多く来るに随ひ、沿道に部落起り戸口増して、漸くに駅邑の体をなすに至れり(但し其街道は屡変更したり)。南北朝の頃に北畠顕能、伊勢国司に任じ南勢五郡を領じ、子孫永く一志郡多気村に居城を構へしかば、一志の奥も其頃は栄へしなり。北勢は仁木義長之を領し、又、度会は大宮司之を支配せり。織田信長、連年北畠を攻めて之を滅し、其子信雄全国を支配せり。信長没後、豊臣秀吉北勢を其子秀次に与へ、南勢を蒲生氏郷に与へたり。徳川将軍に至り、安濃・一志を藤堂氏に、南勢を紀州藩に与へ、山田は別に奉行ありて之を支配せり。北勢には長島・桑名・菰野・亀山・神戸に諸侯ありて分領せり。斯くの如くにして二百余年間分立して、往来・交通すること少かりし故に、商業も盛ならず。唯、沿道の町村及び城下の地のみ栄へたり。維新の後に至り、諸侯廃せられ、一県の支配となり、人事頓(にわか)に開けて今日の有様となれり。
復習問題
{この国の概勢を述べよ。〇山脈の方向は如何。〇其の気候に及ぼす結果は如何。〇鈴鹿山の事を話せ。〇加太山は。〇長野嶺は。〇第一の高峯は。〇深山は。〇有名なる森林を挙げよ。〇採堀物は如何。〇高地の産物に就き詳述せよ。〇川流は何れの方向に流るるや。〇其の理由は如何。〇木曽川・揖斐川の事を話せ。〇長き川を挙げよ。〇最も長きは幾里ありや。〇川の産物は。〇舟楫の便否を述べよ。〇大川の通舟里程は如何。〇低地は何れの部分にありや。〇其の地味は。〇桑名・河曲の低地に就き話せ。〇農産物は。〇農間の業は。〇原野に就き話せ。〇気候は。〇内海岸の状勢は。〇四日市港の事を話せ。〇贄崎港の便否は。〇神社港は。〇桑名港は。〇洋船碇泊所を挙げよ。〇同寄港所は。〇和船碇泊所は。〇浦々の産物は。〇外海岸の状勢は。〇港を挙げよ。〇海産物は如何。〇何故に漁猟に便なりや。〇人口一万以上の都邑に就き、位置・交通・商業・工業・人口・官衙の目に分ちて詳述せよ。〇製造物を挙げよ。〇外国に輸出する物品は如何。〇諸産物を他府県に出すには何れの道路に由ると思ふや。〇


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