(一)概勢 伊賀国は三重県の西部に位し、其形稍南北に長くして東西に短し。国内に山多くして平地少なし。
 (Ⅰ)山脈 一帯の山脈国の周囲を環り、無数の支脈国内に連亘(れんこう:つらなる)す。東の境は最も高峻にして西の境は稍平夷なり。
   {東境の山脈は気候の区画(くかく)となるものにして、以西の空気は以東よりも寒冷なり。}
  【首ケ岳】は又、大山岳と称し国内の名山なり。
  【阿保峠】及び【長野嶺】は伊勢の境にありて伊勢に通ずる嶮路なり。長野嶺に隧道ありて馬車を通ず。
   {近江・山城・大和に通ずる路、皆嶮なり。其中、島ケ原は近年、山路を夷(たひら)げ山城との交通、稍便利となれり。}

挿絵044L

  山中より出すものは薪炭・木材及び兎・鹿・猪等の動物、砥石(といし)・陶土・石灰・磨砂(すりすな)・雲母(うんぼ)等の礦物なり。石炭坑は所々にあれども未だ採堀(さいくつ)せず。
  [附説]山間は土地高くして平坦ならず。田畝少なく地味瘠せたり。高地より出すものは、茶・楮(かうぞ)・葛(くず)・薯蕷(やまのいも)・五倍子(ふし)・薬草等とす。又、松蕈は盛に山林より出し此国の名産なり。
 (Ⅱ)水脈
  (1)川流 東境の山尤も高きが故に、大抵、源を此に発し西流して畿内に入る。
  【伊賀川】は北部の諸水を合せて山城に入り、木津川となる。
   {木津川は宇治川に合し、淀川となりて大坂湾に注ぐ。}
  【名張川】は南境の水を合せて大和に入る。
   {此川の上流に瀑布をなすもの四十八所あり。之を赤目四十八滝といふ。}

挿絵045

   {名張川、大和に入り差月(さつき)川と呼ぶ。其両岸、山中に梅林あり。月ケ瀬の梅、是れなり。}
   {此川、山城に於て木津川に合す。}
  此の二川は水浅くして舟楫の便に乏しと雖も、国内に環流して両岸の平地を灌漑す。又、香魚(あゆ)・鮒等の産出あり。殊に鯢魚(さんしようを)は名張川及び伊賀郡渓流の特産なり。
  [附説]阿拝郡【島ケ原村】に炭酸泉を出す。薬効多し。又、伊賀郡【湯屋谷村】に温泉あり。
 (Ⅲ)平地 川流の近傍は其の他に比すれば土地低くして且、平坦なり。水利ありて地味肥へ、作物善く実(みの)る。米は伊賀米とて上品にはあらざれども供給足り、茶・菜種・藍・実綿・甘薯・煙草等は産出多し。殊に阿拝郡は尤も茶に適し、産額の多量なる、県下の第一なり。
   {伊賀は多く牛を飼(し)養す。「種牛を撰ぶことに注意すれば、良質のものを得べし」と言ふ。}

(二)気候 海に遠くして且、山地なれば稍寒くして早く雪ふる。又、年中、霧多し{寒暖計平均五十九度}。
  {汝等、平地既に雪解けたるに、山頂尚白きを見しことあらん。総て高き地は低き地よりも寒くして、三百尺を上る毎に平均一度を減ずるものなり。}
  {樹木多き山間は水気多くして霧深し。}

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