第二章
   第一課 伊賀国
{此の国を東海道の第一に置く所以は、古昔帝都大和に在りて此の国真に東方発程の首にあるが故なり。 桓武天皇の時都を平安城に遷してより、東海道は近江より伊勢に入りて、行旅此の国を過ぐるもの少し。}
[此の国は往昔伊勢国に属せしが、人皇七代孝霊天皇の御宇、癸酉の年に分ちて伊賀の国と為す。此の号の起る所以は、伊賀津媛命の領せられし郡なればなり。或言、伊賀、五瀬(いせ)の上にある国なるを以て五上(いが)と名づく。]

挿絵027

【彊域】本州は東海道の西端に在りて、東は家富唐岡{目今、上阿波村}を境して伊勢に隣り、西は高師川{目今、島原川の下流}を限り大和・山城に連り、南は中山{大和南龍口村の北端}を画り大和に界し、北は篠ヶ嶽{今は阿幷・甲賀の境}を以て近江に接す。
【地形・面積】地形は南北稍々長く、東西稍々短し。周廻三十九里、幅員四十三方里。
【地勢】地勢は全く高地にして、山脈四周し内部も亦山岳相連れども、概して東部より西部に至るに従ひて漸低し、故に此の国の河流は皆伊勢の境より発して西方に降る。沿河の地は稍々平坦なり。
(一)【山脈】三国岳は東南に峙ち、首ヶ岳及び元取・布引・長野・加太の諸山其の東に並びて伊勢の境に連る。西は大和の宇陀・山辺と土地相交るも、茶臼山・鷹塚山等、自国境に列れり。正北は油日山・篠ヶ岳・高旗山等群山相重りて、近江の信楽谷及び伊勢の加太谷に接す。其の西の山城に接する処は即ち伊賀越の通路にして、伊賀・名張の両川其の間を流れて山城川となる。
[首ヶ嶽、一名大山嶽と言。本国第一の名山なり。]
{高旗山は阿幷郡西山村にあり。元、魔舘山と言ふ。藤堂侯が西三十三国の旗頭となられし頃、かく山称を改めたり。}

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