【区画】全国を阿幷・山田・伊賀・名張の四郡に分てり。四郡中、百九十村あり。戸数二万千六百、人口十万三千余、田圃一万四千百四十八町ありと言ふ。
[阿幷(へ)を阿拝につくるは誤なり。幷は並にて拝にあらず。往昔阿辨の忌寸此に死す古墳あり。仍て此の号あり。]
【都邑】
(一)【上野】上野は阿幷郡服部川の南にあり。旧藤堂氏の本府にして、戸数二千八百、人口一万二千三百あり。城堡は文禄年間伊賀守筒井定次の築く処にして、慶長十三年奥州岩城に謫せらる。此の年藤堂高虎の封土となりしが、維新に至り之を奉還す。本国第一の都邑にして、郡役所{県庁を距る十二里。阿幷・山田両郡を管す}及び裁判所・警察署・郵便電信局等あり。
(二)【名張】名張は名張郡にあり。旧藤堂氏の支府にして、戸数九百二十、人口三千六百あり。上野に亜ぐ所の名邑にして、郡役所{県庁を距る十三里余。伊賀・名張両郡を管す}及び警察署等あり。
此の他、山田郡に平田・平松の二駅あり。上野より伊勢に至る通路あり。又、伊賀郡に新田・阿保・伊勢地等を経て名張より伊勢に至る坂路あり。是を阿保越と言ふ。
{阿幷郡の北部に丸柱村あり。盛に陶器を製す。昔吉田兼好此の地に居りしと言ふ。}
【風俗】此の国の人情概ね質樸にして忍耐の気あり。其の都邑の風俗は京坂の遺風に效へるものの如し。
【生業・産物】上野・名張は都邑に属するを以て商業稍々繁盛なれども、其の他の人民は概ね農業を事とし、又山地に住する者は、冬より春に至るまで樵業を専らとするもの多し。工業製造は傘・紙等を盛なりとす。
【製造物】伊賀焼は阿幷郡丸柱村にて製する陶器なり。其の土疎にして堅く、釉(くすり)青白にして斑あり。就中伽藍と称する香盒などは頗る名器の中に列せり。又槙山釜と称するもの及びアシタ焼と言ふものあり。是等を称して皆古伊賀と言ふ。大抵江州信楽焼に類す。上好の品を再製焼と称して、其の名世に高く各国に輸出す。
【農産】穀物の類能く熟すれども、米は世に伊賀米と称して其の質良好ならずと言ふ。荒木村の稲種は実大にして繁茂し易し。故に農家には好みて之を種う。又薯蕷・蒟蒻芋の類甚だ多く、殊に松茸は此の国の名産なり。其の他、茶・石灰・五倍子・川芎・紙・雲母・葛粉・鯢魚・渓鰮魚(あゆ)・鰧魚子(あめご)等は本国の重要なる産物にして、各国に輸出す。


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