第二課 伊勢国

【彊域】本州は東海道の西部にありて、西及び北は大和・伊賀・近江に隣り、東北は美濃・尾張に連り、南は一半紀伊に接し一半南洋に臨み、東南は志摩と界し、東は内海に沿ふ。之を伊勢ノ海と称す。
[惣国風土紀に曰、此の国は神倭盤余彦天皇西州より東国を征し玉ふ時、天日別命勅を奉じて東に入る。此の国に神あり。名を伊勢津彦と言ふ。天日別命問ひて曰く、汝の国を天孫に献ぜむや。答て曰く、吾此の国を覔て居ること日久し。敢て命を聞かずと言ふ。天日別命兵を発して其の神を戮せんとす。畏伏して啓むて曰く、吾国悉く天孫に献せむ。吾れ敢て居らずと。天日別命問て曰く、汝の去らむ時、何を以て験とせむ。吾今夜八風を起し、海水を吹き波浪に乗じて将に東に入らむとす。天日別命之を窺ふ。中夜に及びて大風四方に起り波瀾を挙げ、光輝日の如く、遂に波に乗じて東す。古語に神風伊勢国は則ち常世の浪重浪帰国者蓋し此れを謂ふか。又思ふに伊賀津媛の如く、国号は元よりにて此の国に住みし故に伊勢津彦と言ひしにてはあらざるか。神武天皇東征の時、神風伊勢の国の御謡あれば、伊勢の国号其の始る処久し。又言ふ、川流多きを以て五十(い)瀬と名づくとも言へり。]
【地形・面積】地形は中央以北其の幅甚だ狭く、以南は漸く開け、恰も撥の如し。海岸概ね屈曲少し。周廻百四十二里、幅員二百二十四方里あり。

挿絵034U
挿絵035D

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