(二)【宇治・山田】宇治及び山田は度会郡の東北部にありて、人口二万三千五百。裁判所・電信分局・郡役所{県庁を距る凡そ九里。度会全郡を管轄す}等ありて、市街繁華なり。
古昔垂仁帝の時、 天照大神を大和の内裏より宇治の五十鈴川上に遷し奉り、之を内宮と称す。其の後 雄略帝に至り、 豊受大神を丹波の真名井ヶ原より山田に遷し奉りて、之を外宮と称す。故に諸国の人、両宮に参拝する者毎歳数万人。是を参宮と呼べり。
[五十鈴川に架する所の橋を宇治橋と言ふ。長さ五十一間余、幅四間余あり。古昔は十余丁程下流の中村曽波河原と言処にありて、板橋の類なり。永享三年足利将軍義教の時、今の大橋を架せり。]
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