第四課 紀伊国牟婁郡
【彊域】牟婁郡は三重県の西南端に位し、東北は多気・度会両郡に接し、西は大和に交はり、東南は皆大洋に面す。
【地形・面積】地形は東北より西南に延び、北部の海岸は岬・湾の出入頗る多し。幅員百五十六方里あり。
【地勢】土地概ね山岳にして、僅に東南海浜を除く外殆ど低平の地なし。故に高山極めて多く、殊に大和に接せる処は嶮峻にして、人跡未だ到らざる地あり。
(一)【山脈】山脈は大台ヶ原山の支脈にして、国中一面に連互せり。其の内最も大なるは、八鬼山・曽根太郎・曽根次郎・逢神阪・大吹峠なり。保色山は中部にあり。櫔山・近屋山・日暮山は西辺にあり。南部には赤倉山・明見山・鴇山・風伝山・扮谷山・雑古山・鮒田山等にして、北部には始神阪・馬越山等なり。
[有間と阿田和の間に親不知の嶮あり。今は海岸に新道を造り、嶮難の所を通ぜず。]
(二)【河川・池沼】川流は少からずと雖も、皆甚だ小にして挙ぐるに足らず。只音無川独大にして、源を大和に発し、北山川{一名多度川}・熊野川等数多の支流を合せ、南部の郡界に沿ひて南洋に入る。之を和歌山県の境界となす。
{南牟婁郡北山川沿岸の地に鬼通路と称する所あり。世俗之を泥八町と呼ぶ。風景佳絶、名称し難し。実に県内の勝地と言ふべし。故に文人墨客此地に至らざるなし。}
池沼は北部二郷村の片上池、南部有馬村の山崎前沼等を大なりとす。何れも灌漑の利あり。
【気候・地利】気候は他の地方に比すれば一層温暖にして、其の海浜にありては果物・野菜の成熟すること、伊勢に比して凡そ一ヶ月の早きを見る。
{寒暖計平均二十度。}
本郡は南隅に僻在して、殊に山岳相重なりたれば、陸地の運送甚だ不便なり。故に商業に適する所にあらず。只山間より木材・薪炭を給すること頗る多く、又鉱脈少からず。而して海浜は漁業に適する地多し。
[尾呂志谷及び寺谷近辺より材木を出すこと夥し。木ノ本の海岸より帆掛船数百艘にて筏を引き、紀伊国新宮へ出て夫より東京及び諸国に出す。]


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