【区画】本県に属するもの分ちて二郡となす。北部を北牟婁とし南部を南牟婁とす。村邑百二十一、戸数一万四千八十、人口六万九千三百八。田圃五千三百十町。
[矢ノ川峠を南北牟婁郡の境界とす。]
【名邑】
(一)【尾鷲】尾鷲は北牟婁郡にあり。本郡中の名邑にして、郡役所{県庁を距る二十七里余}あり。全郡を管轄す。
(二)【木ノ本】木ノ本は南牟婁郡にあり。本郡中の名邑にして、郡役所{県庁を距る三十七里余}ありて、全郡を管轄す。
{此の地に鬼ヶ城ありて有名なり。道路に猿スベリ・犬スベリ等の難所あり。}
{牟婁郡に古く木ノ本に作る地名二ヶ所あり。一は合賀組内にて「コノモト」と唱へ、一に木ノ本島・粉ノ本又古ノ本に作る、是なり。一は木ノ本組内にて「キノモト」と唱へ、鬼ノ本、今木ノ本に作るもの是なり。混同すべからず。}
(三)有馬村に花ノ窟あり。伊弉冊神を祀る。太古の遺址なり。窟高さ二十五間、周廻三町余。又側に王子の岩屋あり。高さ六間。花ノ窟には毎年三月花の頃、縄を以て花及び幡の形を造り、巌に纏ひ神楽を奏して之を祭ると言ふ。
【風俗】牟婁郡の人は人情最も質朴にして、其の風俗伊勢と異なり。
【生業・産物】西北部山地に住する人民は専ら樵業を以て生業となし、沿海に住む人民は概ね漁猟を事とし、其の他農業及び商工の如きは之を務むる者少し。産物は北牟婁郡の木材殊に盛にして、毎年之を東京地方に輸出して其の利を収むること頗る多しと言ふ。其の他、銀・鉛・石炭の諸坃あり。殊に楊枝川村の銅は月に三千貫を出せり。樟脳・椎茸・鰹・鯨魚・鰤・貝類・海藻類も亦産物の一に位せり。

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三重県地誌要略 終

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校訂者注:文中【生業・産物】の項に「其の他、銀・鉛・石炭の諸坃あり。」とありますが、「坃」は『康煕字典』に「《玉篇》古文壎字」とあり(WEBサイト「百度百科」)、「壎」は「つちぶえ、楽器」の意(『字源』)で、文意に合いません。文脈からは「鉱(産)物」の意であると推測されますが、何の字であるのか不明です。