自 序
日記と文学とを合せて日記文学と称へる事はさう古いものではない。その意味は土佐日記や蜻蛉日記が文学史の中に取扱はれなかつたといふ事ではなく、日記を一つの文学形態と認めて其の系列を辿るといふ研究は、大正の終り頃に始めて起つてきた試みであるといふ事である。さういふ方面の研究としては池田亀鑑氏の自照文学史(国文学体系の内、昭和五年)同氏の宮廷女流日記文学(昭和二年)同氏の王朝時代の日記文学(新潮社日本文学講座の内)などを始め、今井卓爾氏の平安朝日記の研究(昭和十年)などがあり、岩波講座日本文学では平安朝の日記・紀行、鎌倉時代の日記・紀行といふ題目を設けてをり、改造社の日本文学講座は作品形態を標準として組織を立てた為に随筆日記篇といふ一巻が設けられた。其の他作品の個別的研究は一般国文学界の隆昌に平行して盛んに行はれ、研究方面も各般にわたつてゐる。此等の研究はとりどりに長所をもち、それぞれ学界に貢献する所が多いのであるが、日記文学の系列を貫いてそこに表現せられた国民精神が如何なる性質のものであるか、それが如何に発展してゐるかの点に就いては、未だ研究の行き届いてゐない部分が甚だ多いであらう。本書は誠にささやかな労作に過ぎないが、先づ此の問題に聊かでも触れることを意図して執筆したつもりである。
次に現在の国文学界に於て幾多の精緻な研究方法論が用意されてゐるのは世間周知の事実である。筆者にも乏しいながら自分自身の研究体系をもつてゐるが、今は理論をいふべき場合ではなくて実践を示すべき場合であるから、本書はあらゆる限りの力を尽して研究の実際を日記文学に於て示したつもりである。借すに日を以てされるならば、今少し事実を豊富に示す事もできようし、形容詞を吟味する事もできようが、研究方法といふ点から見れば、ここに示されてゐるものが、筆者の持ち合せる所の全部である。大体ここに示してゐる方法は鑑賞批評によつたもので、文学を味はふ中に批評を行つて行く方法で、鑑賞と批評とを別々に行つた場合もあるが、本来両者を一つの作業として行つてゐるつもりである。さうして鑑賞批評は更に何を標準として行つたかといへば、対象的には日記文学に書き現されてゐる情的なものの展開に注目し、直観と批判との側に於ては、これは筆者自身は殆んど自覚しないのであるが、周囲の人々が筆者の研究方法を目して精神分析的であるといはれるから、今回も或はさういふやり方になってゐるかもしれない。
次に国文学徒は一般国民に対して如何なる専門的役割を果すべきかを考へて見ると、古典文学に対する正しい鑑賞・解釈・批判を示すべきだといふ事がおぼろげに考へられるが、翻つて考へて見ると国文学徒のみが専ら古典文学を正しく取扱ひ得るとは断言しかねる点もあつて、古典文学などといふものは国民全部が斉しく愛読・鑑賞・批評すべきものであつて、国文学徒も亦国民の一員たるに過ぎないといへよう。さうすると国文学徒は国民に対して正しい材料だけ与へればよいといふ風にも考へられる。何れにしても国民一般を目標としてなされる仕事は国民の納得するものでなくてはならぬ。今の場合に就いて考へるならば、取扱ふ個々の作品の実際感から懸け離れた理論は恐らく読者に対して倦怠を与へるだらう。飽くまで作品の実際に即してゐるといふ事が、読者としては最も望ましいであらうと考へられたので、できるだけ多く作品の内容に触れることとした。これと異つた方法としては、ここに取扱ふ作品の中からあらゆる性質を抽出して、之を論理的に体系づけて、宛もあらゆる日本文学の基礎の上に日本文学概論を組織するやうに、それこそ純粋な学術体系としての「日記文学」を作り上げる事である。それも結構だと思つたが、筆者の如き未熟なものがやつたのでは、全く無味乾燥なものになるだらうと考へたのである。恐らく一般国民から見る古典文学は、現在の生活感情(思想・哲学・精神も含めて)が古典文学に書き現はされてゐる生活感情と、どうつながるかといふ点が最も大きい興味であらう。かういふ興味からすれば、作品を個別的に取扱ふ方がよいであらう。
以上本書の方針のやうな事を述べて序文に代へる。
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