【翻字】
慧極(ゑごく)禅師
それもみな それに あらねば 竜田山(たつたやま) 紅葉(もみぢ)の錦(にしき) たれか織(おり)けむ
〇師名は道明(だうめい)号は慧極黄(わう) 檗(ばく)に入て木菴和尚を師と し遊方(ゆうほう)して諸師に参禅 す時(とき)に南山の道者元来朝(とうしやげんらいてう)し て長嵜に来たる師たゞちに参(さん) 問(もん)し随侍(ずいじ)する事年あり元公 漢土(かんど)に帰(かへ)るの後再(ふたゝ)び黄檗 に帰(かへ)つて法(はふ)を木菴和尚に嗣(つぎ) 法雲(はふうん)寺に住して大に化席(けせき)をひ らく 此哥は三不度(さんふど)の意(こゝろ)を よみたまひし也
慧極禅師
それも皆 それにあらねば 竜田山 紅葉の錦 誰か織りけむ
〇師、名は道明、号は慧極。黄檗に入りて、木菴和尚を師とし、遊方して、諸師に参禅す。時に、南山の道者元、来朝して、長崎に来たる。師、直ちに参問し、随侍する事、年あり。元公、漢土に帰るの後、再び、黄檗に帰つて、法を木菴和尚に嗣ぎ、法雲寺に住して、大いに化席を開く。
この歌は、「三不度」の意を詠み給ひしなり。
この歌は、「三不度」の意を詠み給ひしなり。
【語釈】
黄檗:明末清初の中国臨済宗の僧・隠元隆琦を開祖とする宗派
木菴:木庵性瑫。明から渡来した臨済宗黄檗派(黄檗宗)の僧。
法雲寺:寛文12年(1672年)、慧極道明を開山として創建された現堺市の黄檗宗寺院
遊方:行脚
南山:南山寺。現福建省漳州市の寺院。
道者元:道者超元。明末清初の臨済宗の僧。
化席:「化度(衆生を教え導き悟りへ到達させること)のための講席」の意か。
三不度:「金仏は炉を渡らず、木仏は火を渡らず、泥仏は水を渡らず」。『川老金剛経』にある言葉。
木菴:木庵性瑫。明から渡来した臨済宗黄檗派(黄檗宗)の僧。
法雲寺:寛文12年(1672年)、慧極道明を開山として創建された現堺市の黄檗宗寺院
遊方:行脚
南山:南山寺。現福建省漳州市の寺院。
道者元:道者超元。明末清初の臨済宗の僧。
化席:「化度(衆生を教え導き悟りへ到達させること)のための講席」の意か。
三不度:「金仏は炉を渡らず、木仏は火を渡らず、泥仏は水を渡らず」。『川老金剛経』にある言葉。
【解説】
40人目は慧極道明です。紹介文はその略歴と、歌意の解説です。
歌は難解です。「それ」が何を指すのか、それによって解釈が大きく異なります。編者は「三不度」を詠んだものだと解説しています。「三不度」とは「すぜてのものは変化する」、つまり「諸行無常」を説くのでしょうか。「美しい紅葉も、誰がこしらえたものでもない。仏も同じなのだ。天地自然が自ずとこのようであるように、仏も誰がこしらえたものでもなく、自ずとこのようにあり、かつ、変化していくものなのだ」というような意味なのでしょうか。

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