三 蜻蛉日記
一 輪郭
作者は藤原倫寧の女で、藤原兼家の妾となり、道綱を生んだ。自分の家は国司で終る程度であるから先づ中流であるに対し、兼家は師輔の三男、道隆・道長の父で、後には摂政・太政大臣になつた人であるから、それこそ一流である。かやうに家柄の相違は作者を幸福にしなかつた一つの原因であつたと考へられる。兼家には正妻もあり愛人もあつたが、これは必ずしも兼家に限つた事ではない。処が作者は美人で貞操堅固の女であつた。兼家から貞操を疑はれたことも一度だけあるが、事実は全く無根であつた。それで作者は兼家の愛を独占しようとする。少くとも兼家の真心に触れて愛撫されようとするが、妻妾の多い兼家にそれを望むことは困難であつた。のみならず兼家は公達として何不自由なく育つたのであるから、生真面目ではなく串戯もいひ、からかひもし、作者を愛しなかつたわけでも不誠実でもなかつたが、気が向けば作者を訪れ、それで何日もとだえるといふわけで、落窪物語に出てくる道頼の少将のやうに律儀ではなかつた。かういふ二人の間の喰ひちがひは作者を不幸にせずにはおかない。相手の心がいつの間にか他の女に移つてゐる。男性の移り気、気まぐれはこんなものかと思ふが、裏切られたと思ふと腹が立つてしやうがない。兼家はいろいろと言ひわけをしたり、愛撫の詞をかけてくれるが、わけなくほだされるわけには行かない。言ひわけは皆うそだと思ひ、悪い事と知りながら、ついつい反抗がましくなる。抑々作者の性質は片意地に出来てゐる。剛情といへばいへる。一旦かうと腹をきめると、なかなか解けない。串戯やからかひは一本気な作者にとつて、とても堪へられないのである。男性はもつと真剣であり、厳格であつてほしいと思ふが男の心を自由にする事ができない。かういふ不満の生活がニ十年もつづくのである。
日記は三巻に分れ、天暦八年から天延二年に及んでゐるが、其の間の重な記事を拾つて見ると次の如くである。天暦八年兼家が通ひ初めた事、父の倫寧が陸奥に下つた事、天暦九年道綱が生れた事、兼家の心が町の女に移つた事、天徳元年町の女が男の子を生んだ事、応和二年しはぶきにて山寺に籠つた事、康保元年母の身まかつた事、頼もしき人が遠き任地へ下つた事、康保三年兼家病気の事、既に十二歳になつた道綱が父母のいさかひを悲みいたむ事、康保四年村上天皇崩御あらせられた事、安和元年の初瀬詣、安和二年西宮左大臣配流の事、我が身大病の事、天禄元年辛崎へ祓へに行つた事、兼家のとだえを怨み、死なん、さまを変へんと願ひ、兼家の愛を奪つた女をあれこれと思ひ巡らして嫉妬する事、石山詣をした事、道綱元服の事、天禄二年呉竹を植ゑ仏に身の上を訴へ、昔の無信仰を悔いる事、夢にさいなまれる事、遂に鳴滝に籠つた事、道綱の哀訴によつて山を下りた事、再び初瀬詣をした事、天禄三年養女をした事、死を予言された事、天延二年右馬頭が養女に求婚した事、もがさ流行して道綱煩つた事、二少将卒した事、かくして天延二年の暮まで記しつづけて日記を終つてゐる。此の内天禄元年以後は記事が詳細であるが、それまでは疎略である。天禄三年以後、即ち下巻は文章の調子が少しだれてゐる。天徳三年から応和元年までの三年間は記事を欠き、その他にも脱文がある。
日記に書き現された感情内容は兼家に対する愛憎の二つが中心となつてゐるが、又身辺を顧み、自己の姿を反省し、父・母・叔母・子などに馴れ親しみ愛する所の感情を記してゐる。其の重なるものを挙げてみると次の如くである。悲しさ(母の一周忌、たのもしき人の任国へ下る別れ)やるせなさ(道綱片言にて兼家のものまねをする、大病にて遺言かく)哀切(鳴滝に籠る)寂しさ(呉竹を植ゑるころ)悲哀(もがさ流行)安けさ(火事の夜に兼家見舞に来る)朗かさ(庭はく翁、蝉の鳴く)静けさ(雨のどかに降る)うれしさ(兼家の親切なる時)等。それから読者の作者に対する同情として著しいものは、いぢらしさ(桃の花を飾りて待つに兼家来らず)である。作者の精神としては、思ひつめた心(死にしがなと祈る)寂しいあきらめ(宿世を嘆く)恐怖(死を予告されて)などが著しい。
此の日記の慣用語句を拾つて見よう。先づ「さわぐ」「ののしる」が屡々用ゐられてゐる。「天下の」といふ形容も多い。敬語の「る」「らる」が目立つ。動詞「あり」を「をる」の意味に用ゐたものが多い。例へば「いはんやうも知らである程に」「心うしと思ひてあるに」「渡り給ひてあるに」の如くである。指示代名詞の「この」を軽い意味で用ゐたものがある。例へば「このもろともなりつる人」「このひとり車にて物したる人」「この石山にあひたりし法師」の如く、句を隔てて「この」が懸る場合である。「親とおぼしき人」「例の家とおぼしき所」の如く、「……とおぼしき……」の形式も慣用されてゐる。
形容詞・副詞の類としては「ほそし」「心ぼそし」「はかなし」「悲し」「あはれ」「かすか」等が此の作者の心情をいひ現す常套語で、特に「心ぼそし」は愛用語と見られる。「心やすし」「めやすし」「のどか」「のどやか」などは心の平静な場合をいひ現し、「こまか」「こまやか」は手紙などに情をつくしたのをいひ、「わりなし」は不可抗力をいひ現してゐる。気の利いた形容詞・副詞としては「あはつけかりしすきごと」「ひやうとよりきて」「いとほがらかにうち笑ふ」「うら若く」の如きもの、又「つぶつぶと涙ぞおつる」「むらむらしげりて」「こぼこぼはたく」「人いと多くきらきらしうて」「なへぐなへぐ見えたり」「よよと泣く」「ほろほろと涙こぼる」の如き畳語も甚だ多い。
「心」「胸」といふ語が色々に用ゐられてゐる。「心」の方は「心づきなし」「まけじ心」「かくのみ心をつくせば」「心をきりくだく心地す」「わきたぎる心」「心の鬼」「心おちゐて」「うつし心」「心のほしきに」などといひ、「胸」の方は「胸いたし」「胸はあきたる」「胸つぶらはし」「胸うちつぶれて」「胸さくる心ちす」「胸うちさわぎて」「胸はしりする」「胸のひむら」「胸ふたがる」「胸つぶつぶとはしる」「胸のこがるることは」「胸やすからねど」などと用ゐてゐる。
此の日記の価値は、(イ)日記文学として質量の偉大である事、(ロ)告白文学として最初のものである事、(ハ)文章そのものに気分をこめてゐる事、(二)平安朝女性としての内面を遺憾なく示し、生活感情をさまざま書き現してゐる事、(ホ)世間・家庭・個人の生活、風俗・世態・衣食住・信仰・趣味などを細々と記してゐる事などである。
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