二 なさけなからず
霜が白う置くやうになつて、
前近き透垣のもとをかしげなる檀のあるが、少しもみぢたるを御覧じて、高欄に押しかからせ給ひて、
言の葉深くなりにけるかな
との給はすれば、
白露のはかなく置くと見しほどに、
と聞えさするほど、なほ情なからずと、をかしう思さる。
宮は情なからずと思召されたのであるが、かかる例は五月六日の條にも「なほいふがひなくはあらずかしと思して」とある。さりながら此処の場合は単に式部が適当な唱和を以て面白く御相手申上げたといふだけでなく、透垣のもとなる檀の紅葉を御覧になつた御印象や、時刻の移りゆき、その場の雰囲気など全体的なものが含まれてゐるやうに思はれる。「情なからず」は「情なし」の打消で、「情なし」は現在も「情がない」と用ひる。此の日記にも始の方に
あやしき車にて「かくなむ」といはせ給へれば、女いとびなき心地すれど、なしと聞ゆベきにもあらず。昼も御返し聞えさせつれば、ありながらはさながら帰し奉らんもなさけなし、物ばかりは聞えさせむと思ひて、西の妻戸にわらふださし出でて入れ奉るに、云々。
とある。折角おいでになつたのに、都合がわるい(びんなし)とてお帰しするのは情のないしうちであると式部は考へたのである。かやうに「情なし」といふことは日本国民の生活としてとにかく悪いことと考へられてゐる。さて情は理に相対するもので、情がないとは情的な含みのないことを意味するが、先にあげた「情なからず」の場合は、単に人として情的な含みがあるといふのみでなく、寧ろ風情があるの意に解すべきで、式部の様子としても、その場面の光景としても、風情の流れてゐるのを意味してゐるとみるべきである。風情といへば既に文学の内容となるものであるから、我々はここに人の内面的な情が現前することによつて文学の内容が成立する事を、はつきりと理解することができる。貫之以後の和歌観では歌の主要なる要素は心・詞・姿の三つに分かれ、この三つは何れも歌の内容であるが、更に内容の内容ともいふべきものは心である。心は情ともなり、更に風情・高情・余情となるのであるから、歌の内容を示すに心・情といふ文字を用ゐてゐるのは、唯文学の内容たることを意味するのみならず、文学の内容はその実質が人的な情であることをも意味してゐるのである。猶、情そのものの限定に就いて注意すべきは、ここにいふ情は感性といふ意味でも、単なる感情といふ意味でもなく、国民的な愛情といふ意味で、国民の間にお互に交流する所の理解を含み、それに融け合ふことに美を感ずる所のものである。さういふ情が具象化すれば風情といふことになるので、をかしげなる檀の紅葉は情の反映たるに十分であり、時の経過も、式部の態度やものごしにも亦情的なものの流れがあつて、宮はそれらの全体に就いて情なからずと思召されたのである、と解釈される。かう解釈することによつて此の文は日本文学の本質となるべきものを、さながら示してゐるといふことになるのである。猶、此の文から情の説明に附加すべきは、内面的情が展開して風情となる契機は、此の文に於ては「をかし」といふ美的感動であつて、をかしいものは風情を形成し、風情を形成したものは又をかしといふことになる。
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日記の常套語は「あはれ」「はかなし」「をかし」「つれづれ」「うし」等で、「あはれ」は三十九回、「はかなし」は十九回、「をかし」は十七回、「つれづれ」は十六回、「うし」は十三回である。其の他「わりなし」「かなし」「いとほし」「心細し」も数回用ひられてゐる。「あはれ」「はかなし」「をかし」に就いては既に記したが、猶、二三の場合を示してみよう。先づ「あはれ」に就いては「あはれにはかなく、頼む人もあらず、かやうのはかなしごとにて、世の中を慰めてあるも、うち思へばあさましう」といふやうに、自己批判をした場合に「あはれ」をはかなく感じ、又「すべて此の頃は折からにや、物心細うあはれに、常よりも覚えてぞながめける」といふやうに、それといふ原因もないが、外界からそぞろに折ふしの「あはれ」を心細く感じ、又、
その夜おはしまいて、例の物はかなき御物語せさせ給ひて、もしかしこに率て奉りて後、まろが外にも行き、法師にもなりなどして、見え奉らずば本意なきやうにや思されむずると、心細うの給はするに又いかに思しなりぬるにかあらむ、又さやうなる事の出で来ぬべきにやあらむと思ふに、いと哀れにてうち泣かれぬ。霙だちたる雨ののどやかに降る程になり、いささかまどろまで、哀れなることどもを、此の世のみならずの給はせ契る。
といふやうに、無常観を底に湛へた感傷の「あはれ」を感じた場合もあるが、その何れも哀切を極めてゐる。「心細し」の例をあげると「晦日がたに風いたう吹きて、野分だちて雨など降るに、常よりももの心細う眺むるに、例の御文あり」「いろいろ見えし木の葉も残りなく、空もあかう晴れたるに、やうやう入りはつる日の影、心細う見ゆれば、例の聞ゆ」とあるが、この二つは何れも外界から誘はれた感情である。次に「つれづれ」といふ語の多いのは、式部が生活をもてあましてゐることを意味するので、宮がおいで下さればつれづれが慰められ、又お邸に参つてからはつれづれが慰められて、そぞろにつれづれなりし故里が思ひ出されるのである。つれづれを慰めるものは「をかしき」物である。その「をかしき」物は、宮から頂く御文に就いての場合が多く、特に宮が折ふしのあはれを過ごし給はなかつた場合に深く感ずるのである。
式部は自己の境遇を如何に感じたかといへば、頼むべき人もない憂き身で、古今集巻十八に見える歌のやうに、山のあなたに閑居を求めようといふのであるが、それはほんの気分に過ぎないであらう。(本文は田中榮三郎氏著、和泉式部日記詳解による)
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