一三 結語

 以上平安朝から室町時代に至るまでの日記紀行を通覧して来たが、これによつて筆者の結論し得る所は左の如くである。
 (イ)あらゆる日記紀行を通じて、最も共通に著しい感情は、悲し、哀れ、物あはれ、はかなし、心細し、つれづれ、わびし、うし、等である。恐らく此等の感情は古典時代の国民の、一般的な生活感情であると断定しても誤りではなからう。現代の逞しい、あわただしい生活からは、かういふ優しい、強くない、物静かな感情は殆んど出て来ないであらう。現代の我々は強い理性、堅い意志に満ちてゐる。この意味に於て古典的感情は現代の我々にとつて、殆んど無縁であるといへよう。処が若し我々が、或る境遇、或る個性、或る年齢、或る時刻などといふ風に特別の條件のもとに置かれ、或る特殊な事件にぶつかつた場合を考へて見ると、我々の感情はやはり古典的な感情の方向に赴くであらう。この意味からすれば、古典的な感情は我々の郷原といふべきものである。
 古典時代の国民が何故にかかる優しい、強くない、物静かな感情を持つてゐたのであらうか。これは此処に取扱つた日記文学の作者の大部分が女性である点が一つの理由として考へられよう。又ここに取扱つた日記が特にさういふ生活感情を描かうとしてゐるものであるとも考へられよう。然しながらかういふ生活感情はやはり国民性の優しさ、痛はり深さ、傷つきやすさ、物思はしさ、寂しさ等に帰して考へるのが根本的な考へ方であらう。つまり日本国民は情にもろいといふ主情的性格を強くもち、それが文学にも反映してゐると見るべきであらう。かういふ主情的な感受性をもつ国民であるからこそ、世間無常の思想も深く取り入れ、又しめやかにして物静かなるものを愛し、時代の進むと共に閑寂簡素を好み、時には隠遁孤独をも愛するやうにもなるのである。さうして兼好・芭蕉などはかういふ性格の代表者であるといへよう。
 (ロ)あらゆる日記を通じて、最も共通に著しい精神は、純な自我、誠の自我を示してゐることである。更級日記の作者や建礼門院右京大夫の如きは、生れつき純であつただらうが、奔放と思はれる和泉式部すらも、其の内面は寂しく、其の本心は純である。日常不断の自己、人に見える表面の自己は、とかく不純に見え、不誠意に見えるけれども、その内面の本心を語る所の日記では、何れも純であり誠である。これは内面の本心は誰でも純であり誠であり、少くとも純であり誠であらうと努力してをり、善と正義の意識をもつてゐるのである。外国の日記文学が如何なる自我に貫かれてゐるか、外国人の内面の本心が如何なるものであるか知る由もないから、之を以て直ちに日本文学の特色となすことはできないが、誰が考へても純であり、誠であることは、異議なく善いことであり美しいものである。その善いこと美しいものを我々国民が確かに具現してゐる事は、これ又異議なく其の価値を認めてよいであらう。
 内面の本心そのものが純にして誠であり、その純にして誠なるものに帰つて之を現さうとする、その態度が純にして誠であり、やがて之に法とつて行動しようとする、その態度が又純にして誠である。これが即ち「まこと」の精神の構造であつて、日記文学は大体かかる精神を根柢とするであらう。
 (ハ)和泉式部の項で述べた如く、日本文学の本質は風情であつて、事柄や事実でもなければ、知識・意見・理論などでもない。風情は人と人との間に通ふ情の具体化し客観化したものであつて、あくまで主観的・唯心的な性質をもつ。此の点は恐らく日本文学の特質であらうと思ふが、何故に日本文学がかかる特質をもつかの説明は容易でない。或は国情により、或は国民性により、或は風土性によつてかかる性質の文学が発生したのであらうが、とにかく此の特性はかなりはつきりとしたものである。
 (二)平安朝の日記は、夥しい気分に包まれた自己を書き現し、溢れるやうな気分を移して見る客観の印象を写し出してゐる。かかる経験の仕方はいつまでも持続しないで変化する。どう変化するかといへば、溢れるやうな気分が倫理的・宗教的・哲学的な驚きの感情に変化し、更にその気分と驚きとを合せて思惟を加へ体験に深めて道といふやうな観念を構成し、更に気分や驚きが自己の周囲には見出せないやうになるし、道といふ観念も次第にくづれて来て、遂に規範を客観の中に求めるやうになり、写生といふ方法によつて美を経験するやうになるのではあるまいか。例へば気分としての「物の哀れ」から驚きとしての詠嘆・慨嘆に進み、更に思惟的な閑寂・風雅に進むと見られるであらう。此の全部の発展段階が古典時代に現れ尽してゐるわけではなく、大体思惟的な閑寂・風雅のあたりまでが古典時代に現れ、客観的な写生は近世以後の発展と見られるが、其の芽は既に古典時代に萌してをり、殊に主観を写す写生の技術がやがて客観を写す写生の技術として襲用されるのである。かやうに美的体験の方法が発展すると共に、美的性質が変化するのは当然であつて、個性の周囲に溢れ漂ふやうな気分で書かれた文学の美しさは艶麗であり、思惟的な態度で書かれた文学は神秘的象徴的で物さびた風情を帯びたものであり、写生的方法で書かれた文学は真実感に満ちたものになるであらう。気分本意で書かれた平安朝の日記が艶麗であるのは十分認められるが、思惟的な態度で書かれたと思はれる室町時代の紀行に、神秘的象徴的な風格も寂さびた風情も十分認められないのは、紀行なるものが本来技術的なものでなく、殊に此の時代の紀行文学が文学の主流から稍々おき去りにされてゐる為であつて、若し和歌・連歌乃至は能楽の如きに注目すれば、右の如き美的性質は十分に認められるであらう。つまり平安朝の日記は物語的・和歌的気分で書かれてゐるに対し、室町時代の紀行はもはや単なる紀行になつてあるのである。
 甚だ簡単であるが、これ以上は文芸学者・美学者・哲学者の手に任せることとし、さういふ人の手に渡すまでの所を論ずるに止めておく。