軽口露がはなし

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軽口露がはなし 巻之三

  第一 御霊大明神へ福を祈る事

 一 上京にひとりの職人あり、朝夕を送りかねゐけるが、とかくは氏神へ祈りをかけ、急に富貴になるべしと思ひ、御霊明神へ七日詣でいたし、私に銀子一貫目得さしてたび給へと、かんたんくだき祈りける。満ずる七日の夜あらたに御告あり、「汝うらむる事なかれ、よく分別して神をもいのれ、分際に過ぎたる願ひは得さしがたし。われ多くの氏子を持ちたるといへども、上で御霊(ごりやう)下で御霊とて二所(ふたところ)じよたいにて十両なり。汝一貫目の望みなれば、今小判にて十六七両に及べり、何としてなるべし。さりながら氏子の事なれば不便に思ふ、いそぎ是れより真如堂の稲荷へ参り、福を祈れ。」と御れい夢有り。此のをとこ目をさましすこしりくつをこねたり。「稲荷とはいねをになふと読むなれば、百姓の望みこそかなふべし。我等はしよく人の事なれば、百姓の手わざはならぬなり。とてもならぬ事ならば、七日までつらずとも、とくにしらせ給はいで。」と大いに腹立し、社壇をにらみ、「扨もにくひ四一両(よいちりやう)めが。」というた。(『元禄笑話』46「御霊大明神に福を祈る」)

  第二 塩打豆

 一 或儒者の所へ町人見まひければ、茶をのませ、其の上にて小者に、「其の塩打豆(えんだとう)少し持参せよ。」といふ。やがてちひさき台に塩うち豆を少し入れ、座敷へ出す。町人是れをみて、「此の豆の名は何と申す。」と問へば、「塩打豆といふなり。」「其の心はいかに。」といへば、「塩はしほ打はうち豆はまめ。」と講釈せられ、「今少したべ候へ。」といへば、小者が申すは、「もはやなし。」といふ。主人、「ふぎふりきなり。」といふを、町人又、「其の御言葉はいかに。」「不及力(ちからおよばず)といふ事ぢや。」扨はこびたる口上を覚えたると悦び帰り、内の女房にいひふくめ、件の豆をこしらへ、誰がな此の言葉を云ひて振舞ひたやと待ちし所へ、舅の親父来れり。亭主、「その塩打豆持参せよ。」といへば、女房ああと云うて少し出しけり。親父何心もなくひた物くひける。亭主喜び、「今少し出せ。」といふ。女房打ちわすれああというて既に出さんとせしが、急度思ひ出し、「いやもはやなし。」といふ。亭主、「何塩打豆はもはやないとや。」不及力(ふぎふりき)を忘れて、「あのふぐりなしめが。」と女房をしかりければ、女房、「それは言葉違ひで御ざろう、女に何のふぐりがあろう。」というた。(『元禄笑話』45「塩打豆」)

  第三 目くらの頓作

 一 針立の目くら坊主、旦那がたへ療治に行き、よも山の物語にとりまぎれ、しばらく隙(ひま)を入れける所へ、客来りはじめて知人になる。客より申すは、「何と座頭どのはどなたの御弟子にて候や、いち方かじよう方か、定めて琴三味線も、平家小うたも上手にて坐し候はん、以後は拙者所へも申し入れ、一曲承り候はん。」などと懇に申されければ、此の目くらもあまりいんぎんなるあいさつにいたみ入り、たうわく*せしめ、「いや私はいちかたにてもじようがたにても御座なく、はりかたにて。」と申した。(『元禄笑話』43「盲目の頓作」。*「当惑」)

  第四 賀茂川の大水

 一 きのふけふの大雨にて、都の賀茂川一ぱいに大水出でたり。四條三條のほとりにて諸人見物する中に、一人がいふやうは、「さのみ大水といふ程にもない、夕と見合はすに水の高さ五寸にはまされず。」といふ。ありあふ人の申すは、「それは目ちがひにてあるべし、夕とは一尺や二尺のましと云ふ事はないに。」といへば、かの者じやうこはく、「はてさてへたなことをいはるる、今二寸たかければ、爰のぽんと町は一なでぢや。」

  第五 おどけ事もときによる

 一 おどけたる者、或時長老を申しうけ斎を進じけるに、老僧だんなにむかつて、「今朝の追善は、六親(しん)の内たれ人の年忌、どなたのためにて候。」と申さるれば、亭主いんぎんにかしこまり、手をつきまき舌の口上にて、高々と申しけるは、「御尋ねにて御座候條つまびらかに申し上ぐべき、今日は拙者が兄嫁や妹むこのしうとの日て御ざる。」と申した。(こびたる口上うるさし、只親の日といはいで。)

  第六 人より鳥がこはい

 一 ひがし山黒谷の辺に畠をうつに、となりの百姓通りあはせ、「是れは何をまくぞ。」といふに、彼のはたうち小手まねきして、「ああ声がたかいぞひきうひきう。」といふ。扨は世にまれなる唐物の種をううるにやと思ひ、心得たりとさし足してちかく寄りたれば、いかにもおのれが声のてうしをひきくいふには、「大豆をまく、烏や鳩がきく程に。」(『元禄笑話』42「人より鳥が怖い」)

  第七 百万遍の万日参り

 一 ある人夫婦づれにて、百万遍の万日ゑかうに参るとて、今出川のひがし野中にて知人に行きあうたり。扨も御亭はといへば、女房そのまま返答におよはずはしりより、「そそと物をいうて給はれ。」といふ。「扨は誰ぞにかくるるかや。」「いやかくれます人も御座らぬが、内にあま*をねさせてきたが、もし声のたかきに目がさめればめいわく。」というた。(『元禄笑話』41「百万遍の万日参り」。*「幼女」)

  第八 しはき坊主の若衆ぐるひ

 一 しはき坊主が去るわかしゆを恋ひわびて、かずかず文をかよはしくどきければ、若衆とほり者にて、一夜坊主の方へとまり行きける。暁雨のふる音を坊主ききつけ、南無三宝とめてくやしや、朝飯をふるまはずばなるまい、そらね入りして、起きてかへるを知らぬふりにせんこそよからめ、と思案しければ、若衆そと起きて行きける。もはや門のそとへも出でぬと思ひ心もとなさに、おきて見ければ、未だ門の内にやすらへるを見付け、仰天し立ちてゐながら目を塞ぎ、高いびきをかき事よ。(『元禄笑話』44「嗇き坊主の若衆狂ひ」)

  第九 わたまし祝儀の使者

 一 あたらしく普請出来たる所へ、知音の方より祝儀をもたせ使をやるに、「かまへて常の所へ使に行くとは違ふぞ、一言にても粗怱なる言葉を申すな。」と。「畏まりて候。」とて行きける。先の亭主悦び、献々をくみ馳走いたす。されどもつひに瘖(おし)のごとくなれば、亭主すまぬ事に思ひ、「貴所はいかな仔細により無言の仕合(しあはせ)ぞや、わめきさめく*こそ目出たけれ。」といふ時、「さればさき程から物がいひたうて、胸がやける程にあつたれど。」(『元禄笑話』90「移渉祝儀の使者」)

  第十 とがのない盗人

 一 「おれが秘蔵せしわきざしがみえぬ、そちがぬすみたる。」といふ。「いやとらぬ。」「さりとては証拠人有り。」とつよくいふ時、「取りはせぬ。人の見ぬまにもらうた。」

  第十一 魚がしやみせん引く事

 一 「月花の遊興に、琴三味線を引きもよほすは人間(にんげん)のならひなり。さる程に此の度われら西国より上り、海上永々かかり、めづらしき事を見侍る。」といへば、座中、「何事なるぞ、おもしろき事ならはなし給へ。」といふ。「さればしやみせんは人間許りのなぐさみにてない、海底の魚も引きならふ。」といふ。「それは近頃聞きおよばぬめづらしき咄なり、但し貴所も久々西国の住ひにて口がしこく、御江戸にはやる、けいあんことばを申されける。」といへば、「いやしかも小うたにのせて、鱈とふぐと毎日引きあそぶなり。其の小うたは、たんたらふくつるてんたらふくつるてんと引く。」

  第十二 せいじんの娘に意見する事

 一 さる人むすめ二人持ちけり、あねは年十八、妹は十六、ふたりともにえん付きせり。さきにてあねはにくまれさられ、妹はよつばりたれるとてさられける。おやさんざん腹立しけれども、是非なくてしかじか意見申すより外はなし。かかる所へ頓作のよき人来り、此のよしを聞き、親にいふやうは、「さのみ御意見無用になさるべし、今年は道理なり、来年からは両人の子達よくなほり申すべし。」といへば、おや、「ことしはあしし、来年はよしとはいかが心えがたし。」といふ。彼もの申すやうは、「あねはにくまるるはずぢや二九の十八、妹のよつばりはししの十六なり、とかくことしは其のはずぢや。」

  第十三 東寺の塔にてばくち打ち

 一 さる博奕打とうじの塔へしのび入り、三国一よき所とて大声あげてうち居たり。所の衆僧より申すは、「此の塔へ出入する事かたくきんぜい、殊に見れば博奕なり。其の儀は日本国の御法度なり、いそぎ立ちさり申すべし。」と申さるる。博奕打共口をそろへて申すやうは、「御法度なればこそ爰で打ちます。」といふ。「それいかに。」と申すに、「塔の下にて殊に大勝負にて更になし、銭にては八文にたらず、高九りんの勝負なり。」というた。

  第十四 浄土宗と法華宗と相住居の事

 一 さる町人に情のこはき法華宗と浄土宗と、一軒の家に壁をへだて住ひける。或時念仏講にて大鐘を打ちならし、夜半の頃まで念仏申して、扨夜食になら茶をせしが、件の法華のかたへ、「今ばんはおやかましう候はん。あまり夜寒に候ままおくり候。」よし申して、かのなら茶をやりける。忝しとて此の食をしたたかたべけり。くふとひとしく腹中いたみ、夜中に二十五度くだりける。かた法華の事なれば口すさまじくそしるこそ、いやの南無阿弥陀仏を数々聞きたる故、法然が日と同じやうに雪隠へ行くも二十五度と、散々に呟きけり。翌日はらも直りければ、女房いふは、「今朝の下りは何と有るぞ。」「されば南無阿みだまではやみたり、さりながらまだ残りたるやらぶつぶつといふ。」

  第十五 児のつまみぐひ

 一 さる所に茗荷のさしみありけるを、お児是れをつまみくひけるを、そばなる人申すやうは、「これをばむかしより今にいたり、物よみ覚えん事をたしなむ人は、みなどんごん草と名づけ、物わすれするとて、かたく食はぬ物ぢや。」といひをしへければ、児聞きて、「それならばおれは猶くふべし。」といふ。「ひだるさをくうてわすれう。」というた。(『元禄笑話』02「児の摘喰ひ」)

  第十六 慮外ちがひ

 一 ある人番にあたり上下を著してつとめけるに、ひがしのかたよりあじろの駕(かご)に、びろうどのたて笠、はさみ箱、供人あまたつれて通られける。番の者どもいかさまよしある御かたなり、座上慮外のいたりなるべしと思ひ、土べにおりてひざまづき、つつしんで待ちうけたり。のり物なるは浄土宗の長老なり、此のよしを見られて時宜するとは思ひもよらず、十念の望みなるべしと心得、やがてのり物の戸をひらき、合掌して、「南無阿み南無阿み。」といはれければ、番の人々興をさまし、はかまの土をふるひけるとぞ。(『元禄笑話』01「下座違ひ」)

軽口露がはなし巻之三 終

校正者注
 第十)底本は「『いやとらぬ。さりとては証拠人有り。』」。カギ括弧の脱落と見て補った。
 第十一)底本は「第十一」。脱落と見て補った。
 第十三)底本は「三国へよき所とて」。咄本大系データべースにより訂正。

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