軽口露がはなし

巻一  巻二  巻三  凡例  巻五


軽口露がはなし 巻之四

  第一 始めてよばれし祇園会の客

 一 京に富貴なる人あり。生国は田舎人にて、十歳より京へ上り、物事しはくて銀をのばしける。寒き時は灯明の火にてせなかをあたため、暑き折には越中ふんどし一筋にてかせぎ、こまかうして銀高八千貫目持ち、毎年諸方へかしけり。其の銀の回る事淀の水車はいそなり。幼少より京へのぼり、かほどの身代になるといへども、つひに古郷の親類ひとり呼びたる事なし。或年六月ぎをん会にはじめて呼びければ、何が田舎ものの事なれば、いとこはつこに至るまで、宵の日よりとまりがけに上りける。神事の膳部は、つまみ大こんの汁、黒米飯、瓜なます、あま酒一ぱいより外に、香の物もくはせず、中にも亭主にちかき人いふやうは、「はじめてよばれ候神事には、料理そさう*なり。」といふ。「されば今年程無仕合(ぶしあはせ)なる事はなし、さるによつてそちたちをまんなほし*に呼びたるぞ。来年は仕合して結講申すべし。」といへば、「それは心もとなしいかなる事や。」といふ。「其のやうすは見せ申すべし。」とて、みなみな引きつれ五間四方の蔵の戸あけて見せたり。十貫目入の箱入を物の見事につみかさね、「あれ見給へいつもは一はこもなきに、ことしはかし所がなうて、かね殿が昼ねをしてゐらるる。」というた。(『元禄笑話』03「始めて呼ばれし祇園会の客」。*「麤末(そまつ)」「縁喜(まん)直し」)

  第二 野郎の金剛念仏講

 一 野郎の草履取を異名に金剛といふとかや。あるとき途中にて念仏講の同行に逢ひたり、「そちは此の季より自前に宿を持ちたるよし、それに付き此の月の講は其方があたり番なるが、いかがつとめ申さるべきや。」といふ。「いかにも明晩つとめ候はん、同行衆へも其のよし申し給はれ。」というて互にわかれける。扨宿へかへり女房にかくといへば、女房あきれていふやうは、「こちはいまだ此のころの宿ばひりにて、仏もなくいかがすべき。」といへば、男聞きて、「気遣ひするな、其の才覚はふんべつしたぞ。」さいはひ夜の事なれば人の見知り有るまじとおもひ、立像の仏一体かりととのへ、箱持仏堂へ押し入れつとめけり。何れもわれいちとしこりかかつて、せめ念仏を申し、已に回向とおぼしき時、かの仏の御面くるりとめくれ鬼の顔になりけり。何れも念仏を申しやめ、「おそろしやこれはこれは。」と許り申しけり。亭主是れをみて、「其の筈ぢや、苦しうないぞ糸がきれた。」といふ。せんさくすれば、芝居より借用したからくりのはりぬきぢや。(『元禄笑話』04「金剛の念仏講」)

  第三 人のうわさ

 一 二三人よりあひて物のよしあし評判せしが、「そんじようそいつは賢い奴ぢや、水の中をもぬれずにくぐるやうな奴よ。」といへば、一人がいふやうは、「それは其方の余り誉めどての言葉よ、今でもよびよせ水に入れたらばぬれべし、殊に紙子を着せたらば猶ぬれべし。」とせり合ひける。「してもかしこい者ぢや。」といひけり。「それは御身の申されやうあしく、科簡の不科簡といふ物なり、人の目にみづにいる時は、ぬれずにくぐる事は扨おき、ねてゐても、いかなことぬれまい。」というた。

  第四 たき物の取りちがひ

 一 よしある人の方へ振舞に行きければ、飯後の湯出でたるに、「風味殊にかうばしく大きによし。」とほめけるを、内儀聞きつけ、うれしげになうれんのひまより顔さし出し、「お湯のかうばしきもことわりや、薫物をくべた程に。」と申されければ、座敷にゐたる人々も耳にしみてぞかんじける。中に一人うらやみ、宿に帰り女房にかたれば、「それ程の事は誰もいふべき物を。」とあざわらひ、知音をよびならべ飯の湯を以前のやうにととのへ出し、人々かうばしやとほむる時、女房はばからず、「おゆはかうばしからう、柴を三束たらずくべた程に。」(『元禄笑話』05「焚物の取違へ」)

  第五 譃講の参会

 一 常に中よき友達十人許り講をむすびて、さいさい参会せし、名をうそ講と付けたり。此のいはれは色里へ往来せんための手くだの沙汰なり。或時友々途中にて行きあうて、「晩には内々の講をつとめ候間、御出で候へ。」とかたくけいやくして、暮におよびて行きければ、昼すぎより他行いたし宿にはゐぬといふ、講中せんかたなくかへりける。あけの日彼の友がいふやうは、「夕みなみなわれ所へ参られたるを聞きてゐたれども、わざと留守を使うた。」といふ。「それはちかごろ届かぬしかたぢや。」とせんぎすれば、彼のものいふは、「元来此の衆中にて筈の違ふ事はくるしからず、寄る程の者はみなうそつき講ぢやものを。」(『元禄笑話』06「嘘講の参会」)

  第六 物のあはれは人の行末

 一 むかしは大金持の大じんなれど、世の盛衰とて近年おちびれ、雑式の金ぼうより、いたきびんばふにたたかれ、あしこしもなやみはて、せん方もなく乞食になり、或時は清水寺又は北野七本松のとほりにて、往来の人に袖乞してげり。然るところへ当流の大じんと見えて、友達多くつれだち、太こ*交りにて弁当したたかにもたせ、上下さざめきありく所へ、かの乞人(こじき)やぶれあみ笠かぶり物を乞ふ折ふし、おとに聞えし太こにへたとあふむなり。はづかしく思ひちやくと見ぬ顔せしが、何が当世のとほり者の太こなれば、むかし思ひを見たるよしみあり、彼の袖乞人にことばをかけ、少し小腰をかがめいふやうは、「もうしお前はそんじようどなた様にては御座らぬか、扨もひさしや、して是れはいかなる事にてかやうの御すがたにならせ給ふぞ。」と、いとしみじみとたづねければ、むかしせんじやういうたるくせにて、「ああ音たかしたかし必ずさたはない事、わざと此の身になりて親のかたきをねらふ。」というた。(『元禄笑話』07「物の哀れは人の行末」。*「幇間(たいこ)」)

  第七 印判屋のむすこ

 一 ある所に印判屋はとし頃の親父にて、常に目金をあてて細工せられける。さる人いんばん一つ誂へさき銀をわたし、いついつの日は出来申すけいやくして、扨其の日印判を取りに行きければ、折ふし親父他行いたし、百の銭十一二文ぬけたる二十許りの息子がいふやう、「其方様は見知りませぬ。」といふ。「先日あつらへ申す時、そちは爰に居てよく存じたるはずぢやに、何とてさやうには申すぞ。今日夜舟にのり大坂へ下るなり、是非いんばん請取るべし。」といふ。件のむすこ、「今しばらく御まちなされ。」といふより早く、親父の目がねを取り出し、わが目にあてて此の人を見て、「私は見知らねども、親父の目金で見れば、先日御出でなされた人ぢや。」というて印判を渡した。(『元禄笑話』08「印判屋の息子」)

  第八 船のしかた

 一 町人四五人寄りて酒を呑みけり。其の中に始めての衆両人あり、たがひに杯をいただきけるに、肴をはさみぬる体をみて、われにくれると覚えて、杯を下に置き手をさし出せば、その人にはやらで、おのれが儘にはさみくふなり。かの手をさし出した人、はづかしくてにはあしくて、「まうし何れも様沙汰はない事、此の私が手は舟によく似ませぬか。」というて引きたり。(『元禄笑話』09「船の仕方」)

  第九 文盲なる者の仔細を習ふ

 一 さいさい医者衆へ出入致したる人有り、医師病人にむかひて、「瀉するか結するか。」ととはるるを聞きて、ある時其の仔細をとふに、「瀉するとはくだる事なり、結するとはくだらぬ事なり。」是れはこびたる言葉やと思ふ折ふし、親類中の商人来たりて、「明日長崎へ罷り下るが、なにも御用の事は候はぬや。」といふ時に、「何とて長さきに瀉するとや、やがて無事にて結せよ。」というた。(『元禄笑話』10「文盲なる者仔細を習ふ」)

  第十 灸おろしのさた

 一 あけくれぶらぶら病(わづら)ふものあり、医者の許へ行きて脈を見せければ、「薬ばかりにては中々治しがたきしやうなり、これはふじ三里におもさま灸をすゑられよ。」といふに、病人「かさねて談合申すべし。」と急ぎ宿に帰り、「扨々うつけたるくすしの申されやうや、富士はききおよびたる大山なり、其のふじ三里が間に灸をせよとは、いかに病がなほるとて、そりやそももぐさがつづく物か。」と。(『元禄笑話』11「灸下しの沙汰」)

  第十一 新仏一体の望み

 一 にはか道心おこし、新仏一体のぞみて仏師所へ行き、大座後光のせんさく申す折ふし、「それに付き、京の因幡堂の本尊、薬師如来は棋(ご)ばんに乗らせ給ふが、あれはめづらしき大座にて侍る、何と謂れの有る事か。」といへば、「成程いはれもあり尤もなる事なり。」といふ。「其の子細は。」「あの因幡堂は四町にかかつた。」といふ。

  第十二 同じく不審

 一 「又信州善光寺の如来は臼に乗らせ給ふと聞き及びたり、成程尤もさうなり、えんぶだんごなればうすへ入りましたもことわりなり。」「して立像か。」と問ひければ、「杵蔵(きねざう)にて有るべし。」

  第十三 花見の提灯

 一 われ人ともに一日の遊興、千年を延ぶる心地ぞせり。爰に西陣の内さる一町中のこらず、東山双林寺へ花見に行きけり。春宵一刻あたひ千金の永日も、夕陽にしに入りあひのなる頃、番やの又助家々をふれけるは、「迎へに人を御やりなされよ。」といふ。何れも絹やの事なれば、女弟子許りにて男ぎれは鼠もなし。「とかく町中の迎へなれば、総ようの名代に又助何とぞ科簡せよ。」と、宿老の内儀が申された。又助やがて会所の家より提灯を取り出し、東山さして行きける。「又助お迎へに参りたる。」といへば、いづれも座敷を立ちけるに、道闇なれば又助ちやうちんをとぼしける。常の提灯にてもあらばこそ、町中のかたみうらみもいかがとて、町のたて提灯を長きさを竹におし立て、はりひぢ肩まくりして持ちたるをみれば、西陣何組何の町と大筆にて書付の有るなれば、花見戻りの群集きもをつぶし、火の手も見えずはやの音もせぬにふしぎや、如何さま気違ひなりと諸人此のちやうちんをみて「どこぢやどこぢや。」と云うた。(『元禄笑話』12「花見の提灯」)

  第十四 りんきばなし

 一 りんきふかき女房あり、其のとなりに夜半のころいさかふ声しけり。何事にやと夫婦起きて聞きゐたれば、男の悪性いたづらなるによりおこりたるりんき、いさかひの修羅なり。此の女房もとなりの事を身にさしあてもらひ腹を立て、何の理も非もなく我が男のあたまをつづけばりにはりけり。男、「これは何とする事ぞ気が違うたか。」といへば、「いや少しも気はちがはぬ、そなたも向後たしなみ給へ、此の後もあのとなりのいたづら男のやうに身をもつなといふ事よ。」(『元禄笑話』13「悋気話し」)

  第十五 同講のくはだて

 一 わかき嫁の方より、隠居のかみ様方ヘこしもとを使にやりければ、「何事の使に来たぞ。」と仰せあれば、「いやおくさまの仰せられには、少し物の講を御むすびなされますにより、御いんきよのかみ様も、人数に御入りなされぬかとの使に参りたる。」と申す。「あらきやうこつや、是れ程いそがはしくてならぬに、それは何の講ぢや。」と問はれければ、「別の仔細にあらず、悋気講をおく様の大将にて、誰々も御入りむすび有り。」と申せば、「りんき講ならば、おれも二人前まじらうぞと云うてくれい、成程つねづねおれがこのむ所よ。」

  第十六 辻談義

 一 去る人辻談義を説く坊主に逢ひて不審するは、「あの鶏きじ抔といふ鳥をみるに、男鳥の毛色は殊に見事に侍るなり。あれは先生(せんしやう)は何ものが生まるる。」と問ひけるに、とんさくのよき坊主にてあれば、「大方役者の若女房若衆方の生まれ替りさうな、其の仔細はうつくしく衣裳がよい。」というた。「然らば女鳥は毛色あしきが何ものぞ。」「あれはびんばふなくわしや方の生まれたると、因果経にある。」というた。

  第十七 順礼捨子の咄

 一 関東の言葉になまりの多き順礼二人つれだち、はじめて京へのぼり、五條の橋を通りけるに、折ふし捨子あり。かの順礼此の子を見て先へゆく同行にいふは、「爰に子めがすてて有る。」といへば、つれ聞きて、「米ならばひろつてこい。」といふ。「しかも赤子めだ。」と云ふに、「それはたいたう米*であるべい、よしさくるしゆないこんだに、はやくひらつてこよせ。」というた。(いかい料簡ちがひぢや。)(『元禄笑話』28「順礼と捨児」。*「大唐米(たいたうまい)」)

  第十八 文盲なる人水瓜のせんさく

 一 祝言振舞のうへにて亭主水瓜を出しければ、其の座に文盲なる人のいふは、「此のすゐくわと云ふ物はくはぬ物ぢや、これをくへば神鳴につかみ殺さる。」と片じやうしきにいふ。座中興をさまし、「其方はちかごろそさうなる事をいはるる、さやうの言(こと)いはぬ物ぢや。」と笑止がりける。「扨はいづれもは、物のわけを御存じないとみえた、神なりは水瓜のたたりといふに。」

軽口露がはなし巻之四 終

校訂者注
 第十)底本は「。』といふに、病人かさねて談合申すべし。』」カギ括弧の脱落と見て、補った。

前巻  目次  次巻