元禄笑話 11~20

 11 灸下しの沙汰:4-10
 12 花見の提灯:4-13
 13 悋気話し:4-14
 14 文盲なる田舎侍書付を批判す:1-1
 15 恥を祝ひ直す:1-15
 16 推量と違うた:1-12
 17 一家中の物語:2-8
 18 親も閉口:2-6
 19 藤の丸が膏薬:2-3
 20 放し鳥の沙汰:2-4


11 ■灸下しの沙汰

ここに旦暮(あけくれ)ブラブラ煩ひの者あり。或日、医者の許へ行いて脈を診て貰った処、医者は小首を捻りながら、
『この病は薬だけでは中々治し憎い症ぢや。デ、これはふじ三里へ、思さま灸を据ゑられよ。』
と教へた。病人は、『重ねてお願ひ申しませう。』と、急ぎ宿に戻り、
『偖々空けたお医者の申されやう!ふじ〔富士〕とはまだ見たことはござらぬ。が、音に名高い大山さうな。其ふじ三里が間に灸をせよとは、如何に病が癒ると言うても、そりヤそも、艾(もぐさ)が続くものか。』

□フジ三里とは、灸点の名どころ歟。

12 ■花見の提灯

吾人ともに一日の遊興、千年の齢を延ぶる心地せらるるは春の楽しみである。ここに西陣の中、去る一町内、残らず東山双林寺へ花見にとて出かけた。が、春の永日も暮近く、夕陽漸く入相の頃、町の番屋の又助といふ男、『最早暮れまする程に、迎への人をお遣りなされよ。』と、家々を触歩いた。処で何れも絹屋のこと、内に居るは女弟子ばかり、男気とては更にない。………………『兎角町中の迎へぢやよって、総容の名代として、又助!其方何とか了簡しておくれヤ。』と、年取ったお内儀から頼まれた。又助畏まって、乃て会所の提灯を取出し、東山さして急いだ。偖町内の連中が一群を見付出し、『又助お迎へに参りました。』と、促したので、-同は座を立つた。折ふし宵闇の道闇(くら)ければとて、又助予(かね)て用意したる提灯に火を点(とぼ)した。点したは好いが、普通の提灯でもあらうことか、町中の互怨(かたみうら)みも如何と思ひ、町の高張提灯を長い竿竹に押立て、張肘厳(いか)らし腕捲りして持ったるを見れば、「西陣何組何町」と、筆太に書かれてある。花見戻りの群聚、これを見て肝を潰し、
『火の手も見えず早の音もせぬに、ハテ不思議や。如何様気違ひか。』
と笑ふもあれば、中には気の早い若者どもは、尻端折って、
『何処ぢや何処ぢや。』

13 ■悋気話し

去る所に至って悋気深い女房あり。或夜半のこと、其隣に酷く諍ふ容子。男の銅羅声、女の金切声の手に取るやうに聞えるので、何事にか。と、夫婦ともに起出でて聞き居た。処が、結局は男の悪性徒(いたづ)らから起つた悋気喧嘩であると知れた。するとここの女房気の早い女とて、隣のことをば我が身に指当て、貰腹立てて、何の理も非もなく、我が夫の頭を続拊(ば)りに拊り倒した。夫は不意を喰って、
『ヤイヤイ、これは何とする?気でも違うたか。』
と、避けんとするを女房は、遣るものか。と、武者振付いて、
『イヤイヤ、些とも気は違はぬ。其方も向後嗜ましやれ。この後とも、彼の隣の悪性男のやうに身をお持ちやるな!』

14 ■文盲なる田舎侍書付を批判す

掻暮(かいくれ)文字の解らぬ田舎侍、若党一人二人連れて、京は室町、大店の寄合った街を通った。家々に裾長く掛けられた暖簾の染抜どれを見ても読めた字は一軒もない。兎見れば傍に、日中戸を鎖して、其上に「かし家かし蔵」と、貼紙しあるを見とめ、仔細らしい面付で、暫らく立留って眺め居た。が、乃て若党に向ひ私語(ささやき)声で、
『これは何と申す字ぢや。』
若党畏まって、
『ヘイ、かし家かし蔵とござりまする。』
侍は小首を傾けながら、何やら打頷き、
『尤も手はよろしうない。が、如何にとしても文言は好い。ノー、』

15 ■恥を祝ひ直す

或町に町寄会するとて、会所の二階座敷で勤めた。何くれと相談畢って、一同帰らうと立上った。中に一人の麤怱(そそう)者、長座に草臥れたか、人前をも憚らず大欠伸すると同時に、尻の辺よりブウと一つ取外した。ハッと思ったが、モー取返しが著かない。唯顔を赤めてモジモジして居ると、其中に一人の頓作者、
『偖も天下泰平〔屁〕でござる。」
と祝ひ直したので、一同大笑ひで納まった

16 ■推量と違うた

去る家の雇はれ人に久七といふ男あり。此男至って律義者にて陰日南(ひなた)無く働くものから、自然主人夫婦の気に入って居た。或日のこと、主人は余所へ行いて、内には年若いお内儀一人、居間にツクネンとして居った。所へ、久七極り悪さうに這入り来て、俯向き勝ちに、
『お内儀様!………………近頃お恥かしいことながら、私の心底包まず申上げたうござりまする。………………お情に、どうぞお許し下されませ。』
と、さも切ない思ひに焦るる風情である。お内儀はサッと耳元を赤め、
『あの久七わいナ………………。』
と、これも上目使ひで久七を偸(ぬす)み見るばかりである。久七今は堪へかねて、
『かやうに申しましても、お許し下されませねば、最早覚悟致してござりまする。』
と、如何様思ひ迫つた体である。お内儀も何となく不憫に思ひ美しく火照った顔をば半ば襟に埋め、
『それ程までに思うておくれるなら、また重ねての折もあらう程に………………。』
と、心苦しけれど、流石に情なくも言ひかねたるを、それと看て取った久七、
『幸ひ唯今は檀那もお留守………………此上も無い首尾にござりまする。』
と言いながら、其儘這寄り、ハラハラするお内儀の耳元へ口を寄せて、
『実は御飯を頂くのに、貴方が軽う下さるので、腹が透いてなりませぬ。どうぞ明日からは、些と杓子を押付けて下されい。』

17 ■一家中の物語

去る所に、一家中打寄り様々物語りせし次(ついで)に、中居の女房が、
『あのお正月あった事は、必ず五月にもあるとのこと、万事祝ひもし慎みも致したが好い。』
と言つたのを、十四五にもならうか、年よりはオボコなる腰元これを聞咎めて、
『さては左様におはすことか。なれども妾(わたし)はさうも思はぬ。お正月には餅々と言うて、見もし喫(た)べもした。が、五月の、今日は二十八日になるけれど、餅が一つも無いわ。サ、』

18 ■親も閉口

去る家の徒(いたづ)ら息子、年は十二三なるが、手にも足にも合はぬ腕白である。それで愛嬌らしい所は更に無い。親父は何時ものやうに呼付けて、
『ヤイ、オノレは伺を言ひ聞かしても、とっと返辞を致し居らぬ。宛(まる)で唖五郎のやうに、唯頭でばかり頷いて居る。が、いかう見苦しい態(ざま)ぢや。ただオノレのやうに、頷くばかりで物事が済めば、自然己の目が見えぬやうにもなったなら、その頷くのも見えまいし、兎ても一代埒の明くことでは無い。此後は些とサイサイ口を利け!』
と、散々に叱り飛ばして瞰(にら)みつけ居ると、徒ら息子は青洟(ばな)啜り啜り、
『己が大きな声で返辞したとて、父の耳が聞えぬやうになった時には、何とお仕やる?』

19 ■藤の丸が膏薬

去る町に、藤の丸の紋所染抜いたる暖簾を掛けた家を、町役所に宛てて自身番を勤め居た。折節田舎の人通りあはせ、フと其紋所をば見とめ、「ハテ、薬は何々丸といふが、ここも薬屋さうな。」と、其儘ツカツカと立寄り、
『モ-シ、里への土産にするぢや。が、何ぞ好ささうな膏薬を下されぬか。』
と所望したので、番の者、
『ここは薬屋ではおはさぬ。』
と答へると、田舎の人怪訝な顔で、
『シテ、此処は何でござるノ?』
と、ムキになって問うたので、
『これかナ、これはカウヤク〔膏薬〕でない、チヤウヤク〔町役〕ぢや。』
いと興ある答へにや。

20 ■放し鳥の沙汰

馬鹿堅意地なる男二人寄って何やら噂し居る所へ、門前を、「放し鳥イ放し鳥イ。」と売歩く声が聞えた。すると一人が、
『あの燕といふ鳥は、海に入って飛魚になるさうな。』
と言出すを、今一人の男、
『イヤ、それは大きな嘘説(うそ)ぢや。』
『何とお言やる。主は身が言うたことをば、嘘説ぢやと言やったナ。』
『嘘説ぢやさかいでに嘘説ぢやと申したが、それが又何とした?』
と、碌でもないことから、両人赤面になつて迫(せり)合って居る。処ヘ、何時も悪洒落ばかり言ひ歩く男来り、この穿鑿を聞付け、
『イヤ、燕ばかりではない。昔から山の芋の鰻になるなどといひ習はして居る。が、遂ぞ見たこととては無い。シタが、強ち無いとも限れまいテ。己も此の二十五日に、北野の天神へ参らうとて、十九文で淡竹(はちく)の皮草履を一足買うて履いたのに、宿に戻って見ると、ハヤ、その草履が長刀になって居たわい。』

前頁  目次  次頁