元禄笑話 51~60
51 筆まめなる書付:1-3
52 重言苦しからず:1-6
53 茶といふ語を利口に取直す:1-5
54 河陥り
55 邪推者
56 夜食の飯鉢
57 小謡好き
58 鳥指し
59 今業平
60 一杯機嫌
去る人の所へ客が訪づれた。折節夏のことであったから、亭主の心入で索麺(さうめん)を振舞うた。さて芥子を掻かうとて芥子粉を捜した所、生憎紙袋に書付はなし、気は急ぐ。彼か是かと引繰返して、やうやっと捜し当てた。サンザ気を揉んだ末振舞ひしまうて客を送った。日暮の頃、ここの忰フラリ帰って来た。親父些(ち)と気が立って居るから、イキナリ、
持って生れたか、妙な口癖の男あり。何でも角(か)でも重言をいふ。或日、友に向ひ、
些と薄い男の、何か話しの次(ついで)に「茶道坊主』といふ言葉を、側に居合せた小物知の男聞咎めて、
去る人桂河の土手を通ったが、どうした機勢(はづみ)にか、早瀬へザンブとばかり陥(はま)ると、アともいはず下へ押流された。が、幸ひと河下で在所の衆に引上げられた。上げは上げられた。が、水を喰(くら)ったものか、早眼を閉ぢて歯を喫(くひ)縛って居る。人々様々介抱して、『其方は何処の者ぢや。名は何と言ふぞ。』と、銘々声高に問うた。が、返事がない。其内一人屹度思案して、
去る所に若い衆寄合った。其席で一人が、
当年の寒気怪しからぬ故、親炬燵を離れず、夜食の飯鉢を睾丸の辺に宛行(あてが)うて当り居る。所へ、十二三になる徒(いたづ)ら息子バタバタと駆来り、イキナリ炬燵へ足を踏込み、親父の足をば、厭といふ程踏付けた。親父暴腹(むかつぱら)立てて、
去る亭主、投節(なげぶし)が好きで、内でも外でもノベツに謡って居る。或夜のこと、此亭主用事あって去る所へ行いた。内にはお内儀一人留守をして居ると、表の方を意気な声で投節を謡って通る人がある。其声が如何にも亭主に違ひないので、お内儀は、「此方の人の戻られた」と、猿戸(さるど)を排(あ)けて待ち居った。が、其人は遂に謡ひ流して下の町へ行く容子、「ハテ合点の行かぬ。能う似た声の人もあればあるもの。」と、表を閉めて座敷に上った。所へ亭主はカラカラと表を排けて帰った。お内儀迎入れるや、
去るお大名の方、何かお祝事あって、御一門方始め御入魂の方方を召され、お振舞せられた。御主人の殿も御機嫌の余り、
町方の若い衆、二三人連れで去る町を通った。すると向ふより年の頃二十三四にもならうか、濃い髪を厚鬢に結ひ、眉を細く作った如何にも華奢な色男が通り懸った。此方二三人連れの一人、
去る檀那、八蔵といふ下部を呼付け、
51 ■筆まめなる書付
去る人の所へ客が訪づれた。折節夏のことであったから、亭主の心入で索麺(さうめん)を振舞うた。さて芥子を掻かうとて芥子粉を捜した所、生憎紙袋に書付はなし、気は急ぐ。彼か是かと引繰返して、やうやっと捜し当てた。サンザ気を揉んだ末振舞ひしまうて客を送った。日暮の頃、ここの忰フラリ帰って来た。親父些(ち)と気が立って居るから、イキナリ、
『この後もあること、あの紙袋にはそれぞれの這入って居る物を書付しておけ。総じて書付の無い物は、急いだ時とっと役に立たぬぞ。』
忰も藪から棒にお小言頂戴して、少々面喰った。が、親父の仰せと委細畏まって、それぞれ書付けた。其中に親父も寝床に入った。忰は親父の紙帳の中へ潜ったのを見届けて、墨黒々と、
『此内に親父有。』
□紙帳は今用ゐず。これは紙で拵へた蚊帳である。
52 ■重言苦しからず
持って生れたか、妙な口癖の男あり。何でも角(か)でも重言をいふ。或日、友に向ひ、
『この程、夜の夜中でもあらばこそ、昼の日中に、山中の山中でサ、馬から落ちて落馬して、腕の肱(かひな)を打折って、医者の医師(くすし)に懸けて、養生して療治したお蔭と、やうやう直って平癒した。』
聞いた友は目を円くして、
『偖も其方が言やる言葉は、皆重言ぢや。自分の前ぢやよって、好いやうなものの、余所で左様な言を滅多に申されな………………。』
と窘めた。すると例の男減らぬ口で、
『イヤハヤ其方は、テも文盲な仁ぢや。昔から聖人賢人の申された語に、随分と重言のござる。』
友は、憎い返し口と思ひ、
『シテ、それは何の書物に………………。』
『其方は知らぬかナ。彼のそれ、謡曲の本にサ………………高砂の浦に著きにけり著きにけり…………‥何と合点参ったか。』
『イヤ、それは目出度い言葉故、苦しうないのぢや。』
『申されな。外にもござるぞ。………………跡とぶらひてたび給へたび給へ………………といふのも有るぞや。』
53 ■茶といふ語を利口に取直す
些と薄い男の、何か話しの次(ついで)に「茶道坊主』といふ言葉を、側に居合せた小物知の男聞咎めて、
『尤も茶を立てる身分ではあれど、あれはサダウといふものぢや。総じてチャにはサといふ言葉を用ゐるほどに。』
と、一廉学者振って教へて遣(つか)はした。すると薄い男は亦薄いもので、
『それは、其方の申されやうが無理でござる。サとチャーと同じなら、笹屋ノ三郎兵衛を茶々屋ノ茶ブ郎兵衛というても大事ないか。』
54 ■河陥り
去る人桂河の土手を通ったが、どうした機勢(はづみ)にか、早瀬へザンブとばかり陥(はま)ると、アともいはず下へ押流された。が、幸ひと河下で在所の衆に引上げられた。上げは上げられた。が、水を喰(くら)ったものか、早眼を閉ぢて歯を喫(くひ)縛って居る。人々様々介抱して、『其方は何処の者ぢや。名は何と言ふぞ。』と、銘々声高に問うた。が、返事がない。其内一人屹度思案して、
『是では気が付かぬ。早う気付けに水飲ませ!』
と大声で度鳴った。すると河陥りの男、バチと眼を開き、ムックリ起き上りさま、
『水は下地がある。』
55 ■邪推者
去る所に若い衆寄合った。其席で一人が、
『あの毛氈と申すものは、何で染めるものぢゃやら。』
すると知った態(ふり)する男、
『あれは、猩々に酒を飲ませて其血を取り、それで染めるのぢや。』
と、仔細らしく講釈する。所へ、小者茶を持出でて侑めた。この男小者を瞰(ねめ)付け、
『偖も偖もお手前は利口な仁ぢや。己達に茶を飲ませて置いて、後で小便を取らうと云ふことか。それはなるまいなるまい。』
56 ■夜食の飯鉢
当年の寒気怪しからぬ故、親炬燵を離れず、夜食の飯鉢を睾丸の辺に宛行(あてが)うて当り居る。所へ、十二三になる徒(いたづ)ら息子バタバタと駆来り、イキナリ炬燵へ足を踏込み、親父の足をば、厭といふ程踏付けた。親父暴腹(むかつぱら)立てて、
『この罰当り奴が!アタ勿体ない。親の足を踏むといふ法が何処にあらう。』
と頭貶(ごな)しに歪めた。息子面脹(ふく)らかして、
『何しに罰が当らう。己は飯鉢を踏みはせぬ。』
57 ■小謡好き
去る亭主、投節(なげぶし)が好きで、内でも外でもノベツに謡って居る。或夜のこと、此亭主用事あって去る所へ行いた。内にはお内儀一人留守をして居ると、表の方を意気な声で投節を謡って通る人がある。其声が如何にも亭主に違ひないので、お内儀は、「此方の人の戻られた」と、猿戸(さるど)を排(あ)けて待ち居った。が、其人は遂に謡ひ流して下の町へ行く容子、「ハテ合点の行かぬ。能う似た声の人もあればあるもの。」と、表を閉めて座敷に上った。所へ亭主はカラカラと表を排けて帰った。お内儀迎入れるや、
『偖も能う似た声の人もあるもの、今し表を謡うて通られた仁を、此方ぢやと思うて迎へに出たが、其儘下の町へ行かれた。ホンに能う似た声の人ナ。』
『イヤ、それは己ぢやった。謡が余ったさかいでに、下の町まで行て、謡ひ了(しま)うて今戻った。』
□投節は、明暦の頃、島原柏屋方の抱へ河内といへる者の謡初めたもの、遂に三都に流行するに至った。
58 ■鳥指し
去るお大名の方、何かお祝事あって、御一門方始め御入魂の方方を召され、お振舞せられた。御主人の殿も御機嫌の余り、
『何と方々身共方に珍斎と申す小坊主、無調法ながら小舞を舞ひまする。が、お座興に一指し舞はさせまする程に、お許し下されい。』
お客方も興あることに思ひ、
『これは一段の御馳走是非とも………………。』
と所望せらるるに、殿は給仕のお坊主に仰せて、『珍斎是(これ)ヘ。』と召された。乃て珍斎と呼ぶ十二三の小坊主出来り、殿の前ヘ手を支(つか)へて、
『お召し遊ばされましたか。』
『ヲヲ何れも様へ御馳走に、其方何ぞ一指し舞へ。』
珍斎畏まって、お座敷の真中へ立上り、節可笑しく、
指いた指いた見さいナ。鳥を指いた見さいナ。一日の日は又一つ鵯(ひよどり)、日和好かれと囀る所を、チウで指(さ)いて押捕(おつと)った。二日の日は又々、二日の日は又々、又々………………
と、行詰り居ったが、この小坊主頓智な奴で、殿が脱置かれた縮緬のお羽織が、お座の脇に在るを見出し、
………………殿様のお羽織を………………
と、其儘お羽織を指しをった。するとお客衆は、
『珍斎能い物を指された。為になりさうなもの………………。』
とて、ドッと笑はれた。殿も可笑しく思して、
『それは其方に取らせる。』
とて、其儘珍斎坊に下された。珍藩坊これに味を得て、
三日の日は又々、又々………………殿様の………………
と謡ひさして、お指替の金作のお刀があったのを見付け、忽ちこれを指さうとする。殿は此容子を御覧じて、
『ヤイヤイ、それは身共が指すのぢや。』
59 ■今業平
町方の若い衆、二三人連れで去る町を通った。すると向ふより年の頃二十三四にもならうか、濃い髪を厚鬢に結ひ、眉を細く作った如何にも華奢な色男が通り懸った。此方二三人連れの一人、
『偖々能い器量ぢや。あの様なのが正真の今業中ぢや。』
と、羨ましげに褒めそやすを、中の一人これを聞いて、「あの様なのは皆業平と言ふか。己もああ遣って業平と褒められう。」と、宿へ帰ってから、髪結を呼びにやり、月代を好み鬢を厚く結はせ、眉を細く作らせた。偖鏡に向ひ、「これで好い。」と独り悦びつつ、フラリフラリ町ヘと出かけた。が、久々の人に行逢ひ互に久闊の挨拶を述べた。すると向ふの人は心得ぬ顔で、
『偖々久しうお逢ひ申さなんだ。が、其方は何時の間に癩病(なり)におなりやったぞ。』
『偖も其方は通った仁ぢや。平を退(の)けて業(なり)とは、洒落た申分言はしやる。』
□癩病のことを、俗にナリンバウと云ふ。ナリはナリンバウを略した言葉、上方にては今も用ゐる。
60 ■一杯機嫌
去る檀那、八蔵といふ下部を呼付け、
『八蔵、其方これから伏見まで使に参れ。シタが、今日は殊の外寒いよって、酒を一つ飲んで参れ。』
と言付けながら、下女を呼んで、
『成るだけ暑う燗して、八蔵に飲ませ。』
下女は畏まって台所に引下り、銚子を銅壺に掛けたが、乃(やが)て、
『檀那、お燗が宜しうござりまする。』
『それでは此処へ持って参れ。己が燗を見て遣らう。』
と、有合ふ茶椀で二つ三つ続けざまに煽り、八蔵には遣らず、
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