元禄笑話 61~70
61 弱き者の喧嘩
62 嗇き親父
63 掛物の批判
64 親子倶に足らぬ
65 水仙を知らぬ人
66 短気なる浪人
67 米屋の番頭
68 粗怱なる医者
69 磔刑者に意見
70 碁に危がる人
61 ■弱き者の喧嘩
去る町に喧嘩あり。双方散々に踏合ひ擲(たたき)合ひをった。が、辺の人出でて仲に入り、まづ一方を宥めて、
『ママ平に堪忍おしやれ。此方のお相手はモー逃げた程に。』
といふを聞いて、かの喧嘩せし男、
『無念や。先を越された。己が先に逃げうと思うたに。』
62 ■嗇(しわ)き親父
去る所に、七つ八つ許りになる孫、急病で相果て、一家親族集まって嘆き居た。此処の親父といふは法無しの悋嗇(しわん)坊である。皆々を宥めて言ふやう、
『皆のものが嘆かさっしゃるは尤もぢや。……………イヤ己とても悲しいには悲しい。が、其様に声を立てて泣いては、近所へ聞える。ソレ弔ひに人が来れば、命日には茶の一杯も立てねばならず、其様な事では所帯がならぬ。……………ヤイ三蔵、此児が死んだが、葬を出すこと人に知らすな。野立(のだち)があれば、立酒(たちざけ)の一つも盛らねばならぬ程に。人の知らぬ様に畚(ふご)に入れて、其方一人で担(かた)げ行き、埋めて戻れ。そして是を埋めたら定めて土が余らう程に、戻りに其畚に一杯入れて戻れ。竃(へつつい)の上塗りにせう。』
63 ■掛物の批判
去る所に振舞あり。客一同座敷に居流れた。其中の一人、
『皆様、此お床に掛けられた鶴の絵は、何でも名ある方の筆ぢやとて、御亭主重宝致し置かれまするが、今日は皆様へ御馳走に掛けられましたさうな。』
と言ふに、何れもそれを拝見し居った。すると一人の無作法者、床際に進んで、暫し眺め居た。が、乃て、
『イヤモーシ、これは鶴ではない、雁ぢや。』
先の人嘲(せせら)笑って、
『能うお見やれ、これが鶴でなうて何とする。』
『イヤイヤ、雁に極まった。鶴であるなら蝋燭を銜へて居る筈ぢや。』
□三具足の燭台は、多く鶴に造られてある。
64 ■親子倶に足らぬ
去る阿房息子、月の夜に長竿を持ち、蹣跚(よろめ)きながら懸命になって空を打ち居(を)る。親父見て、
『ヤイ、オノレは何をする?』
『星を羸(か)つわ。』
親父抜(ぬか)らぬ顔で、
『下からは届くまい、屋根へ上れ上れ。』
65 ■水仙を知らぬ人
極月の頃、或座敷の床に水仙一株を瀟灑(せうしや)に挿してあった。去る男これを見て、
『偖も珍らしい。』
亭主得意になって、
『其方様にも花にはお心あるさうな。』
かの男不審な顔して、
『イヤ、些とも欲しうはないが、デモ寒の中(うち)に、大蒜(にんにく)に花が咲いたのは見始めでござる。』
66 ■短気なる浪人
去る浪人、焙烙頭巾、紙羽織、鍋の蔓のやうな刀を指し、寒空にも扇を離さず、山寺など謡ひながら、去る町人の所へ行き、見た事聞いた事己がしたかの様に尾鰭を付けて戦場の物語り長々とせられた。が、其中に夕餉の時分になったので、お内儀は叮嚀に手を支(つか)へ、
『侮(あなづ)りがましうござりまするが、今晩はお雑炊(みい)を焚きました。どうぞ緩り召上って下されませ。』
とて、膳を据ゑた。浪人は、『忝なう。』と、椀の蓋を把って見るや、散々に腹を立て、刀を把って反を打たすに、亭主顫へ上がって、
『粗末なお膳を差上げまして、何とも恐入りまする。お腹立ちは御尤も。どうぞ御勘弁を……………。』
と、辺にオロオロするお内儀を叱りながら、手を摺合せ平謝りに謝った。浪人猶も眼を瞋らし、
『イヤイヤ御亭主、お内儀への申分些とも無い。言分は此雑炊にある。……………ヤイ雑炊、オノレは何の意趣あって身共が行く先々へ附いて回りをる?』
67 ■米屋の番頭
高かった米の価(ね)も次第に下り、皆々喜合ふ折のこと、或日、雨上りの道いと悪きに、米屋の番頭高下駄を穿き、四斗俵担いで得意へ持ち行く。町の年寄、愛嬌ある人にか、是を見て、
『米を持って行かれるか。ナ、』
と声を掛けられた。番頭も、「年寄に逢うて、高下駄穿いたままは慮外、」と心得、
『ヘイ、これは高うござりまする。』
年寄肝を潰し、
『又騰ったか。』
□町の年寄とは任期あって町内互撰で撰ばれるもの、即ち年寄である。又私にこれを宿老とも称へ居た。所謂町総代。
68 ■粗怱なる医者
去る医者、風邪気で少し煩って居た。所へ病家より、「直ぐに診て貰ひたい。」と呼びに参った。医者も欲と相談、押して見舞うたが、
『愚老も少し風を引いて居まする。が、定めて其方のも風邪気でおはさう。』
と、脈を取りつつ、
『ムム、愚老のも其方のも同じ症ぢや。イヤ宜しい。薬を調合致し置きませう、取りにお越しなされ。容態が変ったなら、此方から申して進ぜう。』
69 ■磔刑者に意見
贋金拵へたる者、いよいよお仕置極り、粟田口で磔刑に懸った見物の男女は矢来の外に犇いて居る。罪人も今を娑婆の名残と、流石に転(うたて)しく思ひ、木の空より、
『皆様、一連托生のお念仏頼みまする。』
下に控えて居た奴、罪人を白眼(にらみ)上げ、
『サー今は念仏申してやらう。以後もあること、重ねてはお嗜みや。』
70 ■碁に危がる人
去る人、碁を打つを見て居た。が、最初の程から、『危い危い。』と、口癖のやうに言続ける。打つもの聞咎めて、
『何が危いぞ。抑へたら抜かうし、仕切ったら亘らうし。見な、石は此様に続くが、何が危いぞ。』
『イヤ、端な石が落ちやうかと、それが危うてならぬわ。』
コメント