元禄笑話 71~80
71 息子の自慢
72 犬の呪禁
73 碁に助言
74 親父の頓作
75 案じぬ事
76 足らぬ男
77 紺屋へ使に遣る
78 間に会ひなる年寄
79 謡初め
80 下馬札
71 ■息子の自慢
去る所に、四五人打寄って世上話しして居た。が、話しの上で、一人の男、
『私が親父は後生願ひで、毎日毎日寺参りばかり致して居まする。』
と言ふに、人々口を揃へて、
『偖々それは奇特な事でござる。』
と、サンザ褒めそやした。側に居た無分別なる男、己れも人に褒められう。と巧み、
『私が親父は生れてから以来、まだ女の肌には触れませぬ。』
と、小鼻ひこつかせて遣った。人々興を醒まし、
『其方は養子か実子か。』
『成程私は実子でござる。』
『それでは、其方は何処からお生れやった。』
『イヤ、其処へは気が付きませなんだ。』
72 ■犬の呪禁(まじなひ)
去る人、
『犬が喝(おど)す時には、小指に虎と云ふ字を書けば、それで喝さぬものぢや。』
聞いた人、
『それでも、何時ぞや書いて通ったけれど、上の町の犬は大分喝しをった。』
先の人、
『イヤイヤ、それは一概には言はれぬ。無筆な犬に係っては仕様事もない。』
73 ■碁に助言
去る人、癖にか、人が碁を打つとさへ見れば、ノベツに助言する。打手衆は皆々厭がって、
『今から助言言やるならば、科代に銭百文づつ取る程に、構へてお言やるな。』
と窘めた。かの人、初めの程こそ堪へても居たれ、今は堪へかねて、
『五十文で負けて給も……………そこな黒石渡れ!』
と言捨てて遁帰った。
74 ■親父の頓作
去る所の親父眼鏡を当てて物の本を見て居たが、トロリトロリと居眠り、了ひには横に倒れたまま高鼾を掻いた。お内儀見て、
『寝られるなら眼鏡も外して、碌に休んだら好からう。』
と揺起せば、親父目を覚まし、抜らぬ顔して、
『デモ夢を見る。』
75 ■案じぬ事
去る抜作男、額に手を当てて、
『偖々忘れた。』
側に居た男、怪訝な顔して、
『何を?』
『イヤ、去年の八月十五夜は、月か闇か、コロリ忘れた。』
『それは亦古いこと、シタが案じいでも好い、暦を見てみや。』
76 ■足らぬ男
去る出家、頚に珠数を掛け、網代笠被って通る。足らぬ男これを見て、「あら不思議や、あの珠数は笠より小さいに、何として頚へは這入ったぞ。但しは頚ともに珠数屋へ誂へたのか。」と不審がり、兎も角もと跡を尾けて行いた。すると此出家知己の人に行逢ひ、『偖久しうござる……………。』と笠を脱いだ。かの足らぬ男是を見て、
『偖は笠を著ぬ先きに珠数は掛けたものぢや。まづは是で安堵致した。』
77 ■紺屋へ使に遣る
仰山抜けたる男を、紺屋へ使に遣るとて、
『色は花色にして、霰小紋を付けて、と言へ。若しも霰を忘れたなら、あのそれ、二月十五日に煎って喰うた霰を思出せ。』
抜作男、『心得ました。』と、其儘紺屋へ行き、霰を忘れて、
『色は花色にして、小紋は……………ソレソレ、釈迦の鼻糞を付けて給もれ。』
□二月十五日涅槃会の日、豆に霰を交へ煎って喰ふ。これをば釈迦の鼻糞と云ひ、今も僅かに残れる習俗である。
78 ■間に合ひなる年寄
去る町に月次の寄会あり。会所で何時ものやうに法度書を読むとて、町年寄は分別顔に、
一、町内遊女野郎(のら)堅く禁制。
と読上げると、人々可笑しさにクスクス笑った。すると座中の一人、
『モーシ、それはのらではない。野郎(やらう)でござらう。』
と突込んだ。年寄首を掉って、
『イヤイヤこれはのらと読んだが好い。到底も此町に野郎抱へる程の者もない。所で得て若い者共はノラノラしたがる程に、矢張りのらと読まう。』
79 ■謡初め
正月のこと、去る者共寄会ひ、
『今夜は謡初めぢや。お互に番謡曲(うたひ)こそ知らざれ、小謡曲の一切づつなりとも謡はうではござらぬか。』
と相談する。座に居合わせたる一人、
『私は高砂や此浦舟に帆をあげて……………と、だけは覚えました。』
といふに、皆々可笑しがり、
『されば、それ程なりとも謡出されたら、跡は皆で附けう。』
『しからば、外聞でござる。何分お頼み申す。』
と、人並に座敷に列なり、偖思ふやう、「何様今夜は数ない謡曲、人に謡はれぬ先に遣って退けう。」と、真先に扇を取直し、友なしに、
高砂や此浦舟に帆をあげて、
と謡上げて、左右を目配せした。が、何れも呆れて附けうともせぬに、「偖は引きが短かったか。」と、又一段声を張って、
高砂や此浦舟に帆をあげてエー……………
と息の続く限り引張った。それでも附けてくれ手がない。いよいよ狼狽(うろた)へて、声を限りに、
『助舟!』
80 ■下馬札
紫野大徳寺の門前に、筆鮮かに「下馬」と制札を建てられてあった。周章(あわて)者これを見て、
『偖も廉いことぢや。一卜(ぶ)で馬があるさうな。』
□一歩(ぶ)は、一両の四分一。
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