元禄笑話 91~100
81 何も知らぬ男
82 商売露はる
83 阿房なる丁稚
84 子供の軽口
85 小癪なる子供
86 反対
87 粗怱者二人
88 福の神には油断ならぬ
89 柴売の言訳
90 移渉祝儀の使者:3-9
81 ■何も知らぬ男
去る人、十月十六日に東福寺の開山忌に参り、
『偖も目出たい此伽藍、聖一国師より、遂に炎上のないお寺ぢや。又通天の紅葉、爰許の名木ぢや。誠に諸木多い中に、紅葉の色著いたは、一段と見事なものぢや。』
といへば、何も知らぬ男、
『お言やる通り、偖々大きな紅葉の木ぢや。が、可惜(あつたら)葉が皆赤う枯れた。』
□聖一国師は、東福寺の開祖である。
82 ■商売露はる 、
去る髪結の若い衆、傾城買ひに行き、兎有る揚屋へ上った。偖女郎を呼びに遣り、其支度を待つ間に、トロリトロリと居眠りして居た。其処へ女郎来り、
此処は端近、どうぞ床へお越し……………。』
かの若い衆、眼を擦り擦り、
『イヤ、今日は床へは行かぬ。代りに日手間を雇うた。』
83 ■阿房なる丁稚
或夜のこと、去る檀那、丁稚を連れて余所へ行き、座敷へ上りがけに、
『少し談合もあるよって、定めて暇入らう。其方は提灯の火を消し、其所に腰を掛けて休んで居よ。』
と言付けられた。丁稚畏まって火を吹いた。が、消えぬ。
『モーシ檀那様、火が消えませぬ。』
『ヤイ、立てて置いては消えぬぞ。下に置いて消せ。』
『下に置いては皺が寄りまする。』
84 ■子供の軽口
去る所に、五歳供(くらゐ)を頭に頑是もない子供が四五人集まって、「飯事(ままごと)せう。」とて、蜜柑の皮を盃にして、実汁を絞込んでは酒盛して遊び居った。すると中で一人の賎(いやし)ん坊、絞捨てた実の糟を拾ひ頬張った。友達咎めて、
『其方は衆にせぬ。』
『なぜ?』
『デモ、お燗鍋を喫(く)やった。』
85 ■小癪なる子供
去る人、兄は十歳弟は七歳になる二人の子を持って居た。或日のこと、此児の母、物参り致すとて、髪結直し著物着替へて出られた。兄息子見て、
『母様も内では好うないが、出立ちやれば満更捨てられぬ。』
父親聞いて、
『口の過ぎた餓鬼!』
と瞰(にらみ)付けるを、側に居たる弟、
『それや、主ある者に浮か浮かと物言うて、能い面ぢや』
86 ■反対
双六と呼ぶ座頭、夜歩くに提灯を点して行いた。去る人見知って、
『其方は目も見えぬに、提灯は何の為ぢや。』
『イヤ向ふより来る者が、若し行当らうかと存じてのこと。』
87 ■粗怱者二人
去る町に、草履草鞋を沢山吊って商ふ小店があった。其処を通合せた人表に立懸り、軽く会釈しつつ、
『伏見へはかう行きまするか。』
と指させば、店の者、
『ハイ、向ふのは四文、前のは六文』
『これは忝なう。』
とて去った。
88 ■福の神には油断ならぬ
正月のこと、去る身上好(よ)き家の内庭へ、大黒舞入来り、
ござったござった、福の神のござった。大黒のござった。大黒の能には、一に俵踏まへて、二にニッコリ笑うて……………。
と、手付腰付可笑しく踊る。檀那も見て居られた。が、思出して、ソと小者を呼び、
『ヤイ三蔵!大黒様のござった、早う雪駄隠せ。』
□大黒舞は、昔の穢多が大黒に扮して、正月戸毎戸毎を踊り歩き、銭を乞うたものである。この舞は早く廃ったらしい。何が賎民のこととて、得て家人の目を偸み、雪駄下駄などを盗み去ったものか。
89 ■柴売の言訳
丹波の柴売親父、馬に柴を付けて、京の七條口まで来懸った。すると其日は引回(ひきまはし)ありとて、辻々に人垣造って騒いで居る。此柴売の親父陽気者とて、引回と聞いては見たくて堪らず。付けた柴をば捨売に売飛ばし、徒走(かち)では遅からうと、乃てかの痩馬に打跨り、細引手綱を煽りつつ、室町通りを北へ上った。辻々に立てる見物の男女この体を見て、
『引回は上からばかりと思へば、アレ下からも来た。』
と、口々にぞよめいた。親父馬上で狼狽へ、
『イヤイヤ是は丹波の柴売でござる。』
□引回は今はないこと、昔は斬罪以上の罪人に附加へた刑で犯人を縛めの儘小穢い馬に乗せ、其罪状を旗に書記し、府内を引回したのである。偖此柴売親父の馬に乗った姿が、それに似て居たと見える。
90 ■移渉(わたまし)祝儀の使者
去る人、知音の者の新しく家造りたるを祝はうとて、召使を呼付け、
『常の所へ使に行くとは違ふぞ。構へて、一言でも粗相なことを申すな。』
と、呶(くど)く言含めた。召使の男、『畏まってござりまする。』と、祝儀の品抱へて、イソイソと出掛けた。先方の亭主悦び、酒肴を侑(すす)めて、剛(したた)か馳走した。偖使者に立った男は更に物を言はず、宛(まる)で唖のやうである。亭主も何とやら気が済まず、
『其所は如何な仔細で唖黙って居やる。かういふ節は喚き叫(ぞめ)くが目出たいものを。』
『イヤ、されば先程から、物が言ひたうて言ひたうて、この胸〔棟〕が焼ける程におはしたわヤ。』
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